第834回「MR.BIG」 | PSYCHO村上の全然新しくなゐ話

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発売より時間が経過したアルバム、シングル、DVD、楽曲等にスポットを当て、当時のアーティストを取り巻く環境や、時代背景、今だから見えてくる当時の様子などを交え、作品を再検証。

MR.BIG/MR.BIG

エリック・マーティン(Vo)、ポール・ギルバート(g)、ビリー・シーン(b)、パット・トーピー(ds)。既にハードロック界で活躍している名の知れたミュージシャンによって結成されたMR.BIGは、正にスーパー・グループと呼ぶに相応しいバンドである。

 

そのMR.BIGはデビュー・アルバムの本作「MR.BIG」(1989年)によってシーンに登場した。バンド名は、フリーのアルバム「ファイヤー・アンド・ウォーター」(1970年)に収録された「MR.BIG」から頂戴したエピソードは有名。

 

MR.BIGの特徴は、その音楽性にある。技巧派のミュージシャンが揃っているだけに、すべての楽曲で火花散るテクニカルなプレイが炸裂している。だが、楽曲の主役となるのは飽くまでヴォーカル・メロディ。この点を見逃せない。

 

この顔ぶれを見ると、インストゥルメンタルのパートに比重を置いた玄人向けの楽曲を披露することも可能と思うが、そういった方向には舵を取らず、誰もが楽しめるキャッチーな曲作りがバンドの特徴だ。MR.BIGが今日まで愛される理由のひとつには、この音楽性が挙げられるはず。

 

以降、作品を重ね音楽性が変化して行くものの、誰もが思い描くMR.BIGのサウンドは本作で確立したと言っても良い。それは1曲目「アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ」から表れている。

 

何と言っても本曲はイントロのテクニカルなフレーズが印象的だ。ビリーとポールのタッピングを駆使したプレイから勢いよくリズム・インする。その反面、聴き手が一緒に歌える歌メロが判り易い。本曲はライヴの定番曲となる。

 

パットの軽快なドラムで始まる「ワインド・ミー・アップ」「フレイム・イット・オン・マイ・ユース」は、ロックン・ロール的なアプローチ。「マーシリス」はグルーヴが特徴的な1曲。

 

「ハード・イナフ」は、これまたビリーのテクニカルなベースで始まる。だが曲自体はパワー・バラード調。エリックのエモーショナルなヴォーカルが堪能できる。

 

重量感のある「テイク・ア・ウォーク」は、このグルーヴを作り出すうえでリズム隊の2人が重要な役割を果たしている。「ビッグ・ラヴ」は、ハードロック・サウンドの中に哀愁が宿る。切々と歌うエリックと、そのバックで鳴るポールのギター・プレイが美しい。

 

活動全般を見ると取り上げられる機会が少ないものの「ハウ・キャン・ユー・ドゥ・ホワット・ドゥ・ユー」は、スリリングな色合いを放つ楽曲。ギターのクリーン・トーンで始まる「エニシング・フォー・ユー」はバラード系。

 

「アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ」と並び、本作を代表する楽曲が10曲目に収録された「ロックン・ロール・オーヴァー」である。ライヴにおける定番曲であり、観客が一緒に歌えるサビは、アリーナ・ロック的なスケール感を兼ね備えている。「30デイズ・イン・ザ・ホール」は、ハンブル・パイのカヴァー。

 

デビュー作でありながら、良い意味で新人らしい初々しさはなく、既に熟成したサウンドとの印象を受ける。また、全曲においてアメリカらしいドライなサウンドを軸としながらも、L.A.のような派手さとは異なる都会的な空気が宿っている。冒頭でフリーの名前を挙げたが、バンドのルーツとなる音楽が大きく関係しているではないか。

 

演奏面で言うと、キャッチーな楽曲でもバックのプレイを聴くと、高度な技術のうえで成り立っている。しかしながら、キッチリと構築された一方で、ジャムのような余白を残している点にも注目したい。

 

例えば「アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ」では、冒頭のカウントやエンディングの談笑、即興で弾いたようなギター・フレーズが残されている辺り、ジャム・セッションの風味がある。

 

その精神性はアルバム以上にライヴで表現されている気がする。カヴァー曲の披露や、メンバーが担当楽器をチェンジして繰り広げる演奏など、4人が集まってプレイを楽しんでこそ、このサウンドになるという主張をライヴ・パフォーマンスを通して感じさせる。

 

これはバンドの「核」たる部分とも言える。キャリアが長いバンドだけに、2000年頃にはこの精神が失われ、残念ながらメンバーが分裂した時期もある。こられを踏まえて考えると、デビュー作である本アルバムでは、サウンド面においても、精神面においても、MR.BIGというバンドの「らしさ」が純粋に注ぎ込まれた作品と言える。