キッス・キラーズ/キッス
キッスはこれまでのキャリアの中で幾つかのベスト盤を発表しているが、本作もまたベスト盤のひとつである。しかしながら、本作は非常に複雑な事情を内包する、ある意味、曰く付きのアルバムだ。
当時の最新スタジオ・アルバムだった「エルダー~魔界大決戦~」(1981年)は、キッス初のコンセプト・アルバム、壮大な音楽性と重厚なコーラス、ドラマティックな展開、ジャケットやブックレットのアート性など、細部まで拘った挑戦作であったが、あまりにキッスのイメージからかけ離れた作風だった事もあり、多くのリスナーはお手上げ状態になった。今やマニア層からは支持される同作ではあるが、後にジーン・シモンズ(Vo.b)も「作るべきではなかった」とも発言している。
1980年辺りを境に世の中にはヘヴィ・メタルと称される新時代の音楽が登場し、キッスが披露しているようなロックン・ロールは古い部類に入れられていた。更にはオリジナル・メンバーの崩壊や、キッスのイメージから離れた音楽性のアルバムを発表した事など、あらゆる要素が重なり、それがセールス不振と直結していたのではないかと思われる。
セールス的にも苦戦していた「エルダー~魔界大決戦~」は、アルバム発表に従うツアーも行われておらず、ブートレグで聴けるアルバム収録曲のライヴ音源はテレビ出演などで数曲演奏した際の音源がほとんどだ。やがてアルバムはもうこれ以上売れないと判断したレコード会社はベスト盤の発表を企画。そこでリリースされたのが本作「キッス・キラーズ」(1982年)であった。
単にこれまでリリースした楽曲を寄せ集めた内容では無く、新曲+即発曲のヴァージョン違いを中心としたベスト盤という企画に。そこでポール・スタンレー(Vo.g)、ジーン、エース・フレーリー(g.Vo)、エリック・カー(ds)は新曲をレコーディングした・・・とは表向きな話で、エースは既に水面下でキッスの活動を離脱しており、新曲では影武者としてボブ・キューリックがギターを弾いている。
アルバムの冒頭にまずは新曲が収録されており「伝説の魔人」「闇への祈り」がそうだ。こういった書き方をするとアレだが、「エルダー~魔界大決戦~」のセールス不振が本作「キッス・キラーズ」発売するに至った理由だけに、ここに収録された新曲は必然的に「エルダー~魔界大決戦~」とは異なる音楽性となり、これら2曲はキッスらしい軽快なロック・ナンバーに仕上がっている。
「コールド・ジン」「ラヴ・ガン」「狂気の叫び」はバンドの代表曲であるため、このベスト盤にもセレクトされたと思われる。「激烈!大脱走」は現在「エルダー~魔界大決戦~」からの楽曲という印象が強いが、当時の日本盤LPには未収録でシングル曲のB面曲だった。「シュア・ノウ・サムシング」は余り取り上げられる機会が無い曲ではあるが、実は繊細なメロディの隠れた名曲。
「絶対絶命」はポール作。今になれば後のアルバム「アニマライズ」(1984年)に収録される「スリルズ・イン・ザ・ナイト」を想起させるドラマティックな色合いもあり、80年代にポールが世に出す楽曲の空気感は、既にこの辺りから出来上がっていたとの見方もできる。「悪魔のパートナー」はシャープなギター・リフが素晴らしいが、曲自体はそこまで派手では無い。これらも本作用の新曲だった。
「デトロイト・ロック・シティ」「雷神」「ラヴィン・ユー・ベイビー」はライヴで欠かせないバンドの代表曲。「シャンディ」はこれらの曲と比較すれば一般的な知名度は落ちるが、ファンの間では名曲として語られる1曲。「ロックン・ロール・オールナイト」はライヴ・テイクで、これは「アライヴ~地獄の狂獣~」からの音源。
新曲以外の楽曲は既に出ている音源と未発表テイクという名目ではあるが、例えばアルバム「地獄の軍団」(1976年)に収録された「雷神」は冒頭と曲中に子どもの声が入っているが、本作のヴァージョンには入っていないなど、よほど曲を聴き込んだリスナーで無ければなかなかその違いには気付きにくいほどの違いである。確かに未発表テイク、ヴァージョン違いである事に誤りは無いが・・・。
「デトロイト・ロック・シティ」も冒頭のドラマ・シーンの会話がカットされてギターのリフから始まる事と、ベスト盤「ダブル・プラチナム」(1978年)収録版とはヴァージョンが異なるので初登場テイクと銘打っても嘘では無いが、よほどのマニアで無ければ気にしない話ではなかろうか。とにかく本作に収録された音源は、アルバムを発表するに当たり何とか未発表曲、初登場音源収録といった宣伝文句を付けたかったので、何とか搔き集めて来たような音源がほとんどだ。
ハードロックからヘヴィ・メタルへと時代のサウンドは変化し、キッスも次なるアルバム「暗黒の神話」(1982年)にてハード路線を打ち出している。キッスのベスト盤は数あれど、本作は当時の時代性とバンドを取り巻く状況がダイレクトに反映された、ある意味、人間臭さを感じてしまう1枚である。
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