PSYCHO村上の怪奇骨董音楽箱

 

今年(2024年)は辰年であるが、今回取り上げるのは鼠。大群獣ネズラである。

 

大半の方がネズラとは?となるに違いない。これは大映が昭和のガメラ・シリーズを制作する前に企画し、実際に撮影もスタートしていたが事情により中止になった幻の怪獣映画の事。

昭和の怪獣ブームの中、大映は怪獣モノの作品で他社に負けない恐怖映画、パニック映画を企画。巨大な空想怪獣ではなく、日常生活の身近に存在する生物が異常行動をして人間を襲うというストーリーを発案した。白羽の矢が立ったのがネズミで「大群獣ネズラ」の元となる。

 

その後の流れを簡単に書くと、ネズミの大群が街を襲うシーンのリアリティを出すために、撮影では本物のネズミを使うと決定。一般家庭から1匹50円で買い取るとアナウンスしたり、スタッフが夜の繁華街に出掛けてネズミを確保して「主役」を集めた。

 

いざ撮影が始まり、大量のネズミをミニチュアセットに放つが、台本通りにネズミが演技するはずはなく撮影が難航した。やがてはスタジオにノミやダニが大量発生し、スタジオから脱走するネズミもいた。直後、近隣の住民から苦情が入り、感染症の恐れ、衛生上の問題から保健所の指導が入って、製作自体の中止が決定。

 

以上が1963年の夏から秋にかけての話。時が経った2020年。本作「ネズラ1964」が制作~公開された。本作は「大群獣ネズラ」の本編になるはずだった部分ではなく、当時の撮影スタッフの奮闘を描いたドキュメンタリー作品。つまり映画の製作決定から中止に至るまでの舞台裏を現代の役者が演じたもの。

 

出演者が豪華で、社長のナガノ約に螢雪次朗氏。平成ガメラ・シリーズの大迫警部補役でお馴染みの方だ(厳密に言うと警備員や浮浪者にもなるので、すべてで警部補ではないが)。他にも映画「宇宙怪獣ガメラ」(1980)年に出演したマッハ文朱氏、2000年代のゴジラ作品に出演した佐野史郎氏、ウルトラセブンのアマギ隊員で有名な古谷敏氏などが御出演。

 

本作は「ライバル会社の怪獣映画に打ち勝てる案はないか」と企画会議をするシーンから始まる。映画館のスクリーンでナガノが鳥の大群を見て、恐怖の対象がネズミに決定するに至る。この作品名は出て来ないが、アルフレッド・ヒッチコックの映画「鳥」(1963年)に影響されたようだ。

「鳥」は港町に鳥の大群が飛来し、次々に人間を襲撃するストーリー。深く追求すると「人間と鳥の立場が入れ替わったらどうなるか」がテーマとしてあり、普段の人間は自然界を支配して鳥は籠に入れられるが、映画では人間が家から出られず鳥の大群が空を飛び回る。正に立場逆転という、ある種の皮肉が込められている。

 

また「鳥」は劇中の音楽を一切排除して、その分、鳥の羽音が不気味に強調される。「サイコ」(1960年)に代表される人間モノのサスペンスで有名なヒッチコックであるが、「鳥」には新たな試み、実験的な手法が満載されており、見た人に衝撃を与えたのは間違いない。ナガノの行動も、その衝撃が伺えるエピソードと言えそう。

 

そこからネズミの収集、撮影と話が進んで行く。本作は1963年当時のムードを出すためか、2020年の映画でありつつモノクロ作品となっている。部分的にフィルム特有のチラつきが入るが、これは雰囲気を演出するため意図的に入れたと思われる。

 

また、見る前は1963年当時に撮影されてお蔵入りとなった映像が一部で流用されているのかと思ったが、実際はすべて2020年に撮影した再現映像。ネットで調べてみると当時のフィルムは残っていないようだ。予告編の短編フィルムも大映が現在の角川になる際に処分されたらしい。

 

撮影が難航する中、近隣住民の団体が「撮影反対!」「中止しろ!」とスタジオに乗り込み、保健所からの警告もあって制作の中止が決まる。感染症や衛生面の観点から、最後はネズミが焼却処分されるという悲しい結末に。「大群獣ネズラ」は幻の作品となった。

 

改めて見ると、あらゆる点で1963年という時代性が強く反映された作品と感じる。CGがなく全てのシーンがミニチュアとカメラ技術、そしてアイディアによって撮影が進められ、当時のスタッフの熱量をヒシヒシと感じる次第。

 

例え人間の生活に害を与える生き物とは言え、現代の倫理観からすればネズミのこういった扱いは決して良くはない。それでも当時からすれば撮影の新しい技術を確立させようとする制作陣の奮闘が伺える。長い目で見ると、成功あり、失敗もありで新しい可能性を追求した事が、今日の怪獣映画の歴史を作って来たのだ。

 

最後に1964年の正月のシーンがある。ナガノがたまたま発見した鼠花火に火をつけ、クルクルと回転する様子を見ながら「回転しながら空を飛ぶんだ!」と言いながら、撮影所に向かって走ってエンディングを迎える。

 

大映は翌年「大怪獣ガメラ」(1965年)を制作して大ヒット。同社を代表する怪獣作品となった。鼠花火が回転する様子を見てガメラを思い付くという流れは映画用の脚色かも知れないが、このシーンには「失敗から学んで成功に繋げた」というメッセージが込められていると解釈できる。

 

尚「大群獣ネズラ」は街を襲撃する大量のネズミに加え、着ぐるみアクションで表現する大ネズミも登場予定だった。むむむ!ある意味「ガメラ2 レギオン襲来」(1996年)ではないか!