PSYCHO村上の怪奇骨董音楽箱

 

・・・早く終わらせたいが、まだ続く。

 

彼氏の家出によって本当の愛に気付いた2人は絆を深め(ホントか?)、これまで通りの生活に戻った。いや、見方を変えれば、共同生活を経て互いに表面上はうまく付き合う術を習得したのかも知れない。

 

夏になると「花火しようよ~」と楽しそうな声が聞こえ、深夜3時に住宅街で打ち上げ花火が始まった。私の部屋の真下の道路である。彼女が「全部使うと勿体ないから、半分は今夜に取っとこうよ」と言い、今夜も同様のやり取りを聞くと思うと、私は布団の中で眩暈がしてきた。

 

部屋に戻り、バタン!とドアが閉まる音がしたかと思えば、30分後に「あああ~!」と例の声が聞こえて来る。食べるか、寝るか、アレか。正に生物の本能に忠実な生き方だ。この辺りから2人は普通のアレに飽きて来たのか、様々な趣向を凝らし始める。

 

夜中に「そのコスプレ、マジで〇〇(禁止用語)だー!」と絶叫する彼氏の声で叩き起こされ、またある時は「今日はどうされましたか?あら~、お熱を測りましょうね~」という彼女の声で目が覚めた。「先生、やめてください!」「〇〇(禁止用語)にしてやる!」と迫真の演技が深夜に続く。やかましい。

 

あの声が止んだ後、通販サイトでも見ているのか「このコスプレも良い」と話し合う声が聞こえる。アパートの外にあるゴミ置き場には、回収日でもないのに通販サイトの段ボールが毎日ように出されていた。彼女の親の仕送りで購入したのだろうか。

 

またある時は、彼氏が外に出て携帯電話をスピーカーモードにして、部屋の中にいる彼女と通話。部屋では彼女がソロ活動をして、彼氏が外から電話で指示を出す。そして「オラ!スマホの音量を最大にしてんだから、大きな声出すとお前の〇〇の声が近所に聞こえるぞ!」と言う。よくこのようなプレイが思い付くものだと、ある意味、感心した(?)。

 

またまたある時は「あああ~!」と例の声が聞こえた後、先ほどまでと同じ声がもう一回聞こえて来る。つまり、2人の試合を動画撮影か録音しており「ここのこれが良かった」「これはこうすると良いかも知れない」と反省会をしている様子。究極の快楽を追求しているのか、異様なまでの執念を感じる。

 

猛暑の中、寝不足で倒れそうになりながら、Y氏(音楽に詳しいイケメン)にアパートの状況を聞いてもらい「もしかして、それを配信して収入を得ているんじゃないんですかね?」「かも知れませんね。普通に考えてあまりにも声の頻度が多すぎる」「コスプレもそのためだ!」「ずっと家に居ても実は大金持ちかも知れませんね」といった会話をした。

 

しかしながら、8月になってこの推測は外れていたと判る。聞こえて来る喧嘩が生活費に関する内容ばかりになったのだ。彼女が「携帯代を払っている私に無断でゲームに課金するのを止めて欲しい」「お金ないんだから節約に協力して」と悲痛な心境を打ち明けていた。ある時は、煙草を買うか買わないかで喧嘩している様子だった。

 

そして8月のある日、大噴火が勃発する。彼女が「自分が渡しているお金以上の買い物をしているように見える。どこかの女からお金を貰っているのではないか」と言い、彼氏が「お前に関係ないだろ!」と爆発。23時頃から言い争う声が聞こえ、彼氏が壁を叩いたり、明らかに物を壊している音が聞こえて来た。

 

前回の大喧嘩では「ハハハ~ッ」と笑い、ヘラヘラしていた彼氏が何故か今回は真剣に怒っている。指摘されたくない部分を指摘されたようだ。彼氏は「もう俺は部屋には入らない!」と捨て台詞を吐き、アパートの外の道路に出て電話を掛け始めた。

 

どうやら電話は遊び相手の女性のようで、わざと彼女に聞こえるように「この前のカラオケ、楽しかったよね~」とか何とか大声で言っている。このタイミングで、深夜1時にゲリラ豪雨が降り始める。とにかく凄まじい雨だった。彼氏の行動に天罰が下ったのだろうか。

 

下の部屋から「中に入らないの?」という彼女の声が聞こえ、「絶対に入らない!」と彼氏が豪語する声が聞こえた。まるで子どものやり取りだ。声を聞いただけなので姿を見たわけではないが、大雨に打たれながら外で電話する彼氏・・・何ともシュールな光景だ。

 

私は、これまでの経験上、喧嘩は朝まで続くが最後はアレの声が聞こえて終幕するのだろうと思った。暫し寝ていたものの、深夜3時頃に下の部屋から言い争う声が聞こえ、彼氏は結局部屋に入ったんだなと思った。

 

彼氏の怒りは収まらず「ちゃんと俺も2人の将来を考えて、そのうち仕事しようと思ってんだ!それなのにお前は煙草を吸いたければ自分で働いたお金で買えと言うのか、この無神経な女め!」と怒鳴りまくっていたが、何とも説得力のない言葉を叫んでいる。ツッコミどころ満載だ。

 

早朝4時ぐらいには彼氏が「お前は無神経な女だったが、この数か月で成長した」と意味不明な発言をしていたものの、口調が穏やかになったので喧嘩は収まって来たようだ。暫くウトウトしていると、予想通り彼女の「あああ~!ぎゃああああ!」という凄まじい声が聞こえて来た。こちらは眠れていないのに起床時間となったので、彼女が「好き好き好き~」「ぐああああ!愛してるううう!」と叫ぶ声をBGMに朝の身支度をした。

 

この状況を踏まえると彼女の「愛している~」は演技のように思えるが、彼女は彼氏の浮気癖や仕事をする気がないところ、自分が都合のいいように使われている事も承知のうえで、この生活をしているようだ。ここ数か月の会話でそれが見えて来た。私には理解し難いが、2人には2人の価値観があり、この2人の人間関係が出来上がっているのは間違いない。

 

8月も中旬。今年のお盆も猛暑だったので、2人は絶対に外出しないと決めているのか常に部屋にいるご様子。食事は宅配サーヴィス、生活用品は通販で買っていると思われ、これまたアパートの前には段ボールの空き箱を大量に廃棄。先ごろ生活費を巡って喧嘩していたものの、この状況を見るとお金があるのか無いのか、よく判らない。

 

この時期、彼女が「ウチらはご飯食べるか、ゲームするか、〇〇するかぐらいしか、やる事ないでしょ!」と叫んでいた。その言葉通りの生活音が聞こえて来るのだが、音から推測するにベッドを買ったに違いない。

 

何せ急にミシミシ、ギシギシと、今までなかった騒音が聞こえる。また、ベッドは壁に面しているのか、例の声が聞こえる時は、私の部屋の壁がミシミシと振動し地震かと思うほどだった。8月後半のある日、深夜1時から3時までの間に3試合する声が聞こえ、彼氏も彼女も「ぐがああ!」「うごおおおお!」「ぎゃああああ!」と動物のように吠えている。

 

が、予想外と言うか、この生活はあっさり終幕する。8月25日ごろより下の部屋が急に静かになったのだ。外から見ると窓のカーテンが取り外され、明らかに部屋の中が何もなくガランとしている。私が出掛けている間に荷物を運び出していたのだ。つまり8月いっぱいで退去したのである。

 

結局、2人揃って別の住居に移ったのか、これを機に別れたのかはわからない。とにかく、これで夜が静かになった。しかし4ヵ月のうちに出来上がった生活習慣とは恐ろしいもので、カップルが居なくなった後も、そろそろ例の声が聞こえる時間帯だと考えて眠れなくなったり、下の道路で足音が聞こえるとカップルが帰宅したのではないかと恐怖を感じたりした。

 

夜に眠る本来の生活リズムを取り戻したのは10月になってからだ。今改めて振り返ると、数時間の睡眠でよく夏を乗り切ったものだと思う。世の中、いろいろな方がいるので否定する気はないが、自分の常識の尺度では計り知れないやり取りを体感した4ヵ月だった。これによって4ヵ月の話は成仏されて行く事だろう(?)。

 

しかし安心はできない。これを読んでいるあなたの住まいの隣りの部屋が空いているならば、例のカップルがそこに引っ越して来るかも知れないのです(ウルトラQの石坂浩二氏風のナレーション)。