PSYCHO村上の怪奇骨董音楽箱
・・・続けたくないが、まだまだ続く。
聞こえて来る声のやり取りからするに、真剣に怒っているのは彼女だけで、彼氏の方は「ハハハ~ッ!」と笑い飛ばしている。この流れに恐怖を感じた。もし彼女の怒りがピークに達し「こ〇してやる!」とか、彼氏の声で「やめてくれー」と叫び声がしたら、部屋が事故物件になる前に通報した方が良いと考えた。
私は眠る事ができず緊張状態が続いたが、結局、通報するような場面はなく朝に。私は不眠のまま仕事に出掛けた。夜に帰宅するとさすがに喧嘩の声は止んでいた。とにかく眠りたかった。
23時頃に玄関のドアがバタン!と閉まる音がして、下の部屋から女性の悲鳴が聞こえる。何事かと震え上がったが、どうやら彼氏が荷物をまとめて出て行ったようだ。それを帰宅した彼女が察して悲鳴を上げたのだ。
誠に申し訳ないが、私は「とにかく今夜は眠れそうだ」と思った。が、これは考えが甘かった。彼女はすぐさま友達か誰かに電話を掛け、今のアパートの状況と彼氏への不満を大声で喋りまくる。
「昼間に電話しても出ないから、おかしいと思ってた!」との叫び声で深夜2時に目が覚め、「何で出て行ったの~!!」と泣きわめく声で朝4時に目が覚め、朝の7時になっても電話の声は続いていた。電話の相手も大変だろう。
因みに彼女は、彼氏と遊んでいる女性のSNSを突き止めているご様子で「今、女のインスタ見たら動画が投稿されてて、あいつ(彼氏)が出てたの!一緒に朝ご飯を食べてるみたいなの!あいつ(彼氏)が目玉焼きが美味しいで~すとか動画で言ってるの!」と叫んでいる。私は、その叫び声を聞きながら朝の身支度をして仕事に出掛ける。何とも狂気に満ちた日常だ。
その夜は彼女も不在のようで、不気味なほどに静かだった。いや、本来の日常とはこのようなものだ。が、古畑任三郎ならぬ村上任三郎は、この静寂はすぐに終わるだろうと思っていた。何故なら、出て行った彼氏は仕事をしていないので所持金はすぐに底を尽きるだろうと。遊び相手の女性に経済的な余裕があり、よほど器の大きい方でない限り、その男に住まいを提供したり生活費を出す事は無いはず。
予想は的中し、明け方に男女が言い争う声で目が覚めた。彼氏が戻って来たのだ。私は寝ていたので、彼女が連れ戻したのか、彼氏の方から戻って来たのかは判らない。朝4時から6時頃まで喧嘩が続いた後、彼氏が「俺は家を出て本当の気持ちに気付いたんだ!やっぱり愛してるのはお前だけだ!あの女は遊び相手で、そこに愛はないんだ!」と言う。
ドラマのようなセリフに、もしかすると下の部屋は撮影スタジオか何かで借りられており、俳優が演技しているのではないか?と思ったほどだ。しかしながら、今までのやり取りが現実とするならば、彼女は「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」と言い返す場面だろう。いや、彼女にはこう言い返して欲しかった。
だが、下の部屋から聞こえて来た彼女の声は「わかった」「その気持ちは嬉しい」とか何とか言っている。更に彼氏は続ける「本当はお前が心配だったんだが、携帯の充電が切れて電話できなかったんだ」「終電がなくなって帰れなかった」「歩いて帰ろうと思ったが、東京の夜道をひとりで歩くのは危ないだろ?」と。
映画「ブルース・ブラザーズ」(1980年)にも似たような言い訳があり、これは観客が笑うためのギャグとして用いられるもの。だが、ギャグのような言い訳を彼氏は真剣なトーンで話し、彼女は「それなら仕方ないね」と受け答えしている。こちらの精神がどうにかなりそうだ。
そこから数分、静かになる。カップルも喧嘩に疲れて寝たのだろう。これで私も眠れると思ったら「ああ~!ああ~!」と例の声が聞こえ始めた。大喧嘩して数分後、あまりにも展開が急と言うか軽々しい。世の中、こんなに物事が軽く進んで良いのか?
しかも「ああ~!」どころではない。彼女が「があああ~!グギャ~ッ!ぐがあああ!」と叫ぶ。その他の叫び声は放送禁止、健全な場所で言うに適さない用語ばかりなので止めよう。見方によっては、彼氏の気持ちを繋ぎとめるために彼女が身体を捧げたとも言え、何とも悲しい気持ちに。
そういった気持ちもありつつ、私は冷静に「よくこんなに低音が出るもんだな~」「ここは動物園か?」と驚きながら朝の身支度をして仕事に向かっている。朝のBGMは爽やかな音楽ではなく、下の部屋から聞こえる例の声なのだ。ウルトラQの如く、アンバランスゾーンに迷い込んでしまったようだ。
その日の夜、外で彼氏が電話している声で起こされた。どうやら彼女に聞かれては不都合な電話は外に出て掛けるようだ。これが寄りによって私の部屋の窓の真下。6月ともなれば暑いので、こちらは窓を開けて寝ている。聞きたくなくとも話す声が聞こえてしまう。
どうやら相手は遊びの女性。彼氏は「俺も住むところがないから、取り敢えず あの女(彼女)のとこに戻ったんだ」「しばらく連絡できないけど許してくれ」「また今度会おうな!」と言っている。明らかに彼女は「いいように使われている」立場で気の毒だ。
それに対し、電話の内容を知らない彼女は「2人の将来のために住宅展示場の見学を申し込んだから見に行こう」と言っている。人様の事情に口を出すつもりは全く無いが、彼氏を一生養って行くのだろうか。また収入がない中、どうやって家を買うのだ。
7月になっても両名は基本的に24時間、アパートの部屋で過ごしている。食事は宅配サーヴィスらしく配達員が頻繁に来ていた。誰もが憧れる素晴らしい生活だ(?)。
生活に規則性がないため就寝や起床時間が5月とは変わっており、私は夕方に「あああ!グガガガガ!」と例の声が聞こえて来る中で夕食を取ったり、朝10時に例の声が響く中、ネットでライヴ・チケットの購入操作をするような日々が続く。昼間は外で近所の子どもが楽しそうに遊ぶ声、下の部屋からは例の声と狂気のサンドウィッチを味わった。
こちらは夜に安眠を妨害されようとも、下の部屋のカップルが眠っていると思わしき時間帯には音楽を聴くステレオの音量を気にしたり、足音やドアを閉める音に細心の注意を払うのだから何とも情けない。全くロックな生活とは呼べないものだ。これがヘヴィ・メタル・リスナーの実態である。
まだまだ終わりそうにないので、次回に続く・・・。