エレノアを乗せた車は滑るように宮殿の門をくぐると、真っ暗な闇の中に消えて行きました。
「エリー・・・!」
宮殿のエントランスの明かりの下で待っていた王子が、エリーの震える体を抱き締めました。
「フェリスが・・・。
フェリスが大変な事に・・・」
「もう大丈夫だよ。
彼女は助かった・・・。
君の迅速な処置が、フェリスの命を救ったんだよ」
「良かったわ。
フェリスに何が有ったの?」
王子はエリーを居間のソファーに座らせると、唇に当てていた彼女の両手をそっと離して上げました。
「エリー。
驚いただろう・・・。
隠し事はしたくないんだ・・・。
僕達はお互いに、素直に生きて行くって約束した・・・。
君には真実を知って欲しいんだ」
「そうね・・・。
私達は約束したわ。
何が遭っても2人で乗り越えるのよ。
フェリスに何が起こったの?」
王子はエリーの瞳を真っ直ぐに見つめて言いました。
「エリー・・・。
フェリスは自ら命を絶とうとしたんだ・・・」
「アァ~・・・なんて事を!
フェリスにスコットの事で大事な話が有るって呼び出されたの。
今夜で終わりにしたいって・・・。
あの写真の事だと思ったわ。
それなのにこんな事になってしまって・・・」
「この件は僕の問題なんだ。
中途半端にフェリスを突き放した僕の責任だ。
僕が決着をつけるから心配しないで欲しいんだ。
明日にでも、彼女の所へ行って話をするつもりだ」
「そうね・・・。
早い方が良いわ。
そうして上げて。
フェリスも貴方を愛していたのよ」
「僕を信じてくれて有難う。
2人でちゃんと話をするよ・・・。
僕がもっと気遣いを示してあげたら、こんな結果にはならなかった。
後悔しているよ」
王子は自分がフェリスに取った冷たい態度が、彼女を傷つけたと思いました。
別れたとはいえ、少しでも傷心のフェリスの気持ちを救いたいと、病院を訪ねる事を決心しました。
昔・・・。
愛した初恋の人との哀しい記憶が重なりました・・・。
きっと、フェリスも立ち直ると信じて、密かに彼女の元へ向かいました。
フェリスが入院した病院は彼女の父親が経営していました。
王子は護衛官に守られながら、最上階の一番大きな特別室に急いで入って行きました。
三方を大きな窓に囲まれた広い病室の中央のベッドで、フェリスが長い髪を束ねて眠っていました。
今まで見た事も無い、穏やかな美しい表情でした・・・。
枕元に立って、しばらく彼女の顔を眺めていました。
「生きていてくれて良かった・・・」
しばらくすると、ドアが開いて眼鏡を掛けた白衣の紳士が入って来ました。
王子は黙って、そのドクターを見つめていました。
「初めまして・・・。
私はこの病院の院長でセイガンと申します。
フェリスの父親です。
娘の為にわざわざお越し頂いて恐縮です」
丁寧に挨拶をするこのドクターがフェリスの父親と知って、王子も落ち着いた声で言葉を発しました。
「初めまして。
この度は、僕の見舞いを快く受け入れて下さって感謝します。
フェリスが大事に至らなくて安心しました」
「どうぞ、お掛け下さい。
娘は今眠っています・・・。
殿下が来た事も知りません」
2人はテーブルを挟んで、立派なソファーに向かい合って腰掛ました。
王子は何を言われようとも覚悟をしていました。
「率直にお話致します。
この娘には幼い時から、何でも自由に手に入る環境を作ってしまいました。
殿下と付き合っている事は承知していましたが、こんなに真剣に思っていたとは正直驚いています。
今までとは違う恋愛だったと確信しました。
しかし・・・。
殿下の心が娘に無い事は明らかです。
ただ一つ、お伺いしたいのです。
殿下は真剣にフェリスを愛して下さった事がお有りのでしょうか?」
眼鏡の下の哀しそうな眼差しが、王子の心に突き刺さるようでした。
思わず視線が、その瞳から逃げ出しそうになりました。
そして・・・。
踏み止まって、堪えながら言いました。
「僕達はお互いに恋愛関係も含めて友達同士の存在でした。
恋人と言うには、足りないものが有りました。
これは正直な気持ちです・・・」
「一度もフェリスを愛おしいと思った事が無いのですか・・・?」
「・・・・・。」
「正直なお方だ・・・。
娘はそこに惚れたのですな」
「大事な娘さんを、このような状況に追い込んだ責任は感じています。
出来る限りの事はするつもりです。
許されるなら、フェリスとお互いに分かり合うまで話し合いたいと思います」
「この事は新しい恋人は承知されているのですね。
未来の皇太子妃は賢明な女性なのですね。
国民の一人として感服致します・・・」
「はい。
理解してくれています。
ただ・・・。
フェリスとの事は、彼女とは一切関係有りません。
今回、フェリスに呼び出されて、たまたま事故に遭遇したのです。
今も、フェリスの様態を本当に心配しています」
「そうですか。
お2人は相思相愛なのですね・・・。
娘が嫉妬するのも致し方の無い現実でしょうか・・・」
「すみません・・・。
僕の配慮が足りないばかりに、フェリスを追い込んでしまいました。
許して下さい・・・
王子は深々と頭を下げました。
どうしようも無くやり場のない気持ちが、その姿に滲み出ていました。
「どうぞ頭を上げて下さい。
今回の事は私にも責任が有ります。
フェリスの我がままは、今に始まった事では有りません。
ただ、父親として真実を知りたかっただけなのです。
お分かり頂けますか・・・?」
「分かります・・・。
愛が実らない苦しみは理解出来ます。
昔・・・、僕が味わった同じ痛みからフェリスを救いたいのです。
他の事は考えていません」

★~悪夢~★
「有難うございます。
正直なお気持ちを話して頂いて、これからの治療に役立てましょう」
そう言うと、安心した様に席を立ち王子と握手を交わしました。
温かな手の温もりが伝わって来ました。
「もう少し此処に居ても良いですか?」
「勿論ですよ。
娘も喜ぶでしょう」
病室から父親が出て行くと、ベッドに横たわるフェリスの体が動き出しました。
「スコット。
来てくれたのね」
突然の事に、王子は少し驚いてフェリスの顔をまじまじと見つめました。
「フェリス!
大丈夫・・・?」
そして力無く、ベッドから起き上がろうとする彼女の体を、思わず抱き締めてしまいました。
「ダメだよ・・・。
無理しちゃ・・・」
「スコット!!」
フェリスが勢い良く王子を抱き寄せました。
その腕の力は、眠りから覚めたばかりのものとは思えませんでした。
しかし・・・。
今の王子には、それに抵抗する余裕が有りませんでした。
「フェリス・・・。
生きていてくれて良かった!!」
それだけ言うのが精一杯でした・・・。