病院に通っていて違和感や不満を感じた場合、通いやすい範囲で転院を検討すること自体は特別なことではありません。実際、過去のブログでもそのようにお伝えしてきました。


ただし、精神科で転院を考える際にはいくつか注意しておきたい点があります。


別の所から当院への転院理由としてたまに聞かれるのが「前の先生と合わない」というものです。実際にお話を伺うと、確かに前の医師の対応に問題があったのだろうと思えるケースや、単純に相性や医療機関の診療スタイルと合わなかったのだろうと納得できるケースもあります。(例えば担当医が行くたびにかわる、予約時間に行ってもかなり待たされるなど)


とは言えども合うか合わないかも知れない当方を受診をしようと決心したのもよっぽどの事があったのでしょう。


一方で、患者さんが医療機関に求めているもの自体が、医療の役割とは少しずれている場合もあります。例えば….


・眠れないので先生にもっときつい薬を出してほしいと頼んだのに出してくれない。(既に多剤で容量も多くでてる場合) 

 もしくは希望した薬を出してくれない

・診断書を希望通りの内容で書いてくれなかった。

といった理由です。こうしたケースでは、必ずしも前の医師の対応が悪かったとは言えない場合もあります。(障害者年金の診断書の記載を診てもらっていた担当医に断られたと言って転医して申請されようとする方がいますが、そのような方は原則お断りしております、悪しからず)


精神科に通っている以上、医師には親身に話を聞いてほしいという気持ちは当然あると思います。しかし、「親身になること」と「患者さんの言いなりになること」は別の話です。医学的に適切でない、むしろ患者さんに不利益と判断した場合、患者さんの希望であっても薬を増やさないことや、希望通りの診断書を書かないことはあり得ます。


当院でも、医学的に適切でない投薬であったり、診断書の内容として妥当ではないと判断した場合には、患者さんの希望であってもお断りすることがあります。


よく誤解されている点がありますが、医師は患者さんから診断書を求められた場合、発行自体を正当な理由なく拒むことはできません。しかし、その内容を患者さんの希望通りに書く義務はありません。診断書の内容は、あくまで医師の医学的判断に基づいて作成されるものです。

医療機関に求める役割を誤解していると、自分の希望通りの対応をしてくれる医療機関を探して、病院を次々と変えてしまうことがあります。いわゆる「ドクターショッピング」です。(遠方からのお問い合わせにそのようなケースが多いような気がします。)


もちろん、1〜2か所で合わない医師に当たることは誰にでもあり得ます。しかし、3か所、4か所と続けて「すべての医師が悪かった」という状況は、実際にはそれほど多くありません。その場合には、医療機関に対してどのような対応を期待しているのか、一度立ち止まって考えてみることも大切かもしれません。


精神科医療は、患者さんの希望をただ叶える場所ではなく、医学的な判断に基づいて最善と思われる治療を一緒に考えていく場です。


ここまで読んで、少し上から目線に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。ただ、転院というのは、新しい医療機関を探し、初診の予約を取り、これまでの経緯をまた一から説明し直す——想像以上に時間も気力も要るものです。だからこそ、その大きなエネルギーを使う前に、自分が医療機関に求めているものは何なのか?そしてそれは妥当なものか一度整理してみる時間も大切ではないかと思い、あえてお伝えしました。


転院を考える際には、その点も少し頭に置いておいていただければと思います。


精神科では、初診の予約が取りにくいと感じられることが少なくありません。
その大きな理由の一つが、初診では十分な時間をかけて診察を行う必要があるからです。

初診では、現在の症状だけでなく、
家族構成や生い立ち、学歴・職歴、これまでの病気や通院歴、服用中のお薬などを詳しくお伺いします。
場合によっては、心理検査を行い、状態を多角的に評価することもあります。(当院では簡単な心理検査しかできませんが)

こうした診察を「じっくり話を聞いてもらえて安心した」と感じてくださる方がいる一方で、
「眠れないだけなのに、なぜ関係のないことまで聞かれるのか」と
疑問や戸惑いを感じられる方もおられます。
中には、予診の段階で多くの事を尋ねられ不安や不満が強くなり、診察前に帰られてしまうケースもありました。

しかし、一見関係なさそうな事まで伺う必要があります。
例えば「眠れない」という一つの症状の背景には、生活環境やストレス、心身の不調など、さまざまな要因が隠れていることがあります。
そのため、症状だけを切り取って薬を処方することは、必ずしも適切とは言えません。

精神科の診察では、患者さんご自身もまだ気づいていない背景や問題を、
一緒に丁寧に探っていくことを大切にしています。
その上で、必要な治療や支援を考えていく――
それが、精神科初診に時間をかける理由です。

クチコミは「利用者の本当の声」なのか?


皆さんは、利用したお店やサービスについて、ネットにクチコミを投稿したことがありますか?

Amazonのような通販サイトに限らず、飲食店、商業施設、さらには医療機関まで。地図上に載るほぼすべての場所が、今やネットのクチコミにさらされる時代になりました。

一見便利な仕組みですが、クチコミはアカウントさえあれば誰でも書けてしまう。だからこそ、そこにはさまざまな「意図」が入り込む余地があります。

たとえば──

 •ライバル店を貶めるために、利用者を装って低評価を書く

 •身内や関係者が、応援のつもりで高評価を投稿する

あってはならないことですが、仕組み上は可能です。(プラットフォーム側が情報開示に応じれば投稿者は特定できますが、実際にそこまでたどり着くケースは稀でしょう)


Amazonが行った「クチコミ改革」

こうした問題を踏まえ、Amazonではかなり前から、実際に購入したアカウントや一定の利用実績があるアカウントしかレビューを書けない仕組みに変更されています。

それでも万全とは言えませんが、「誰でも書けるクチコミ」の弊害に対する、ひとつの明確な問題意識の表れだと思います。


医療機関のクチコミは、特に偏りやすい

医療機関のクチコミを眺めていると、あることに気づきます。

「良い体験をしたから書こう」という動機よりも、不満や怒りを吐き出すために書かれたものの方が、どうしても目立つのです。しかも面白いことに、そうしたネガティブな投稿に限って「参考になった」「いいね」の反応が多い。

考えてみれば当然で、満足して普通に通院できた人ほど、わざわざクチコミを書こうとは思わないものです。


良いお店ほど、そっとしておきたい心理

飲食店でも同じです。

「ここは穴場で、本当にいいお店だな」と思ったとき、積極的にネットで宣伝して混雑させるよりも、親しい人にだけそっと教えたい──そんな気持ちになること、ありませんか?

(登録者数や再生回数を稼ぎたいインフルエンサーやYouTuberは、また別の話ですが)

だからこそ、良い評価ほどネット上には集まりにくく、結果としてクチコミはネガティブに偏りやすくなる構造があるのです。


不自然に多すぎる高評価は、逆に怪しい

一方で、件数が異常に多く、しかも高評価ばかり並んでいるクチコミを見ると、今度は逆に「何か見返りがあるのでは?」と疑ってしまう。

実際、こんな経験はありませんか?

•「クチコミを投稿してくれたらドリンク1杯サービス」

•「投稿画面を見せたら次回の割引券」

スタッフに投稿画面を見せてからお店を出る──そんな経験をした人も少なくないはずです。

ここで一度、立ち止まって考えてみたいのです。

その一杯のドリンクのために書いた★5が、次に店を選ぶ誰かの判断を狂わせているかもしれない。


「ちょっとしたオマケ目当て」の軽い気持ちの積み重ねが、あの不自然な高評価の山を作っている可能性はないでしょうか。クチコミに振り回されていると嘆く自分自身もまた、知らず知らずのうちに、そのクチコミ経済圏の一部になっているのかもしれません。



クチコミは「相性を見る材料」くらいがちょうどいいかも

医療機関のクチコミをよく見ていると、良い・悪いという単純な話ではなく、**「合う・合わない(マッチング)」**の問題だと感じることがあります。

ある人には合わなかった場所が、別の人にとっては居心地の良い場所になる。逆もまた然り。

だからクチコミは、「正解を探すもの」ではなく、自分との相性を考えるためのヒント。その程度に受け取るのが、ちょうど良いのかもしれません。

そして同時に、自分が書く一行も、誰かの選択にそっと影響を与えているということ。それだけは、少しだけ心の片隅に置いておきたいですね。