皆さん、こんにちは!
ひなたです気づき

 

普段、カウンセリングをさせていただいていると、相談者さんとの信頼関係が築けてきたり、取り立てて相談したいこと(悩みごとや困りごと)がないというときなどには、相談者さんがご自身の好きなことや推しのお話をしてくださることがあります。

 

最近は、年齢に関係なく「推し活」を楽しまれている方が多いと思うのですが、皆さんにも「推し」がいたり、好きなことがありますか?

 

私は「このキャラクターが好き!(トトロが一番好きです!)」や「美味しいものを食べるのが好き!」というものはありますが、これまで推し活をするほど何かにどっぷりハマるという経験が残念ながらこれまでありません。

 

そんな私ではありますが、相談者さんに限らず、周りの方々からその人の「好き」の話を聞かせてもらう時間は大好きです。
どうしてかというと…好きなことの話をしている時って、どんな人もみんな本当にいいお顔をされているから!

 

普段は少し緊張した表情をされていたり、あまり自分の話をされなかったりする人でも、好きなものについて話し始めると、少しずつ目がキラキラし始めて、表情がパッと明るくなっていくんです。

 

「このキャラのこんなところがすごくカッコいいんです!」「こんな見た目だけど、実はこういうところがあって…」と、その人が「推し」を好きになった理由や推しの魅力を嬉しそうに話してくださるので、話を聞いているこちらまで楽しい気持ちになってくるほどです。

 

だから私はこんな風に「その人が大切にしているものや、その人らしい感性が自然と見えてくる時間」がとても好きです。

 


実は、このようなことは「好き(推し)」についてのお話だけではなく「得意なこと」のお話でも、同じようなことが言えるなあと感じています。

 

例えば、私は自分のことを芸術的な感性がない人間だと感じているので、絵が上手な方や楽器の演奏ができる方などに出会うと毎回感激してしまうのですが、とても絵が上手な方に「すごーい!上手ですね!」と伝えても「いや……自分なんて……」と返されてしまうことがあります。

 

ご本人にとっては「まだまだ自分が到達したいレベルじゃない」と感じていたり、周りと比べてしまって「もっと上手な人がいるから」と思っていたりするのかもしれませんが、私にとっては純粋に感動するレベルです。

 

このようなとき、私はただ「上手だね」と伝えるのではなく「ここの色の使い方がすごく素敵ですね!」「こういう発想を思いつけるのはきっと○○さんだからですね!」「細かいところも手を抜かない!と思えるのは絵を描くのが好きな○○さんだからこそですね!」など、その方が実際にこだわっていたり、工夫や努力をされているであろうところを見つけたりしながら、具体的に伝えるようにしています。

 

そうしていると、最初は「いやいや、そんなことない…」とおっしゃっていた方も、少しずつ嬉しそうな表情を見せてくれるようになり、何度かそんなやりとりをしているうちに「うまくできたので見てください!」なんて、自分から見せてくださるようにもなります。

 

こんな風に言っていただけると、その方の大事にされている世界を見せてくださっている気がして、私はすごく嬉しい気持ちになります。

 

「自分なんて……」と少し自信なさげだった方が「私はこれが好き」「これは自分の得意なところなのかもしれない」と、自分の中にあるものを少しずつ認められるようになっていく。

 

このような変化は、きっとその方の人生においても貴重な瞬間だと思うので、そのような変化を見せてもらえることが、私はとても嬉しいんです。

 

こんなことを言っていると「褒めすぎると調子に乗るから、褒めすぎない方がいい」とおっしゃる方もいます。
もちろん、何でもかんでも「すごい!」「一番!」と持ち上げればいい、ということではないと私も思っています。

 

ですが、私は「自分には何もない」と自分の中にあるものに蓋をしながら過ごすよりも、自分の好きや得意を自分自身で認めながら過ごせた方が、色々なことに挑戦したりもできて、人生が充実していくのではないかなと感じています。

 

そのためにも、私たちは誰かとかかわる時に「その人ならではの魅力に目を向けて伝えていくこと」が、とても大切なように思います。

 

なぜなら、自分で自分の良さに気づくのは意外と難しくて、自分にとっては当たり前にできることだったり「こんなの誰でもできる」と思っていること、逆に、できていないところばかりが目について「自分には何もない」と思ってしまいやすいからです。
皆さんもこのようなご経験はありませんか?

 

だからこそ、まずは誰かから「ここ、あなたの素敵なところだと思うよ」「こういうところ、あなたらしくていいね」と教えてもらうことが大切で、このような経験が積み重なっていくことで、最初は「そんなことない」と思っていた方の心の中に「たくさんの人が同じように言ってくれるということは、もしかしたら、自分にはこういうところがあるのかも」という気持ちが芽生え始め、少しずつ自分自身の見方が変わっていくのではないかなと私は感じているんです。

 


「自信を持つ」ということは「私は誰よりもすごい!」と思うこと、というイメージを持っている方が多いかもしれませんが、私は「私はこれが好きだ」「こういうことが得意な自分もいる」「私はこういうことを大切にしている」という風に、自分の中にある「自分だけの魅力」を知って、それを認めてあげられること。

これも「自分を信じること」につながっていくのではないかなと思っています。

 

ただ、大人になると、自分自身や子どもの「好き」や「得意」を見つけたときに、つい「それ、将来仕事にできる?/何かに活かせる?/それで食べていける?」という風に現実的なことを考えてしまいがちです。

 

もちろん、好きなことや得意なことが、将来の仕事につながることもあるので「どうせ…」と最初から諦めたりはしないでもらいたいなと思っていますが、私は直接的な何かにつなげようとする以前に「自分はこれが好きなんだ」「自分はこういうことが得意なんだ」と知ること自体に大きな意味があり、将来のことを考えていく際にも色々なヒントをもらえたりするのではないかなと感じています。

 

好きなことを、すぐに役に立つものに変えようとしなくて大丈夫。
得意なことを、すぐに将来につなげようとしなくても大丈夫。

 

まずは自分の中にある「こういうことなら、いつまでもやっていられるな」「こういうことをしていると楽しいな」という感覚に気づいてあげること。

 

この積み重ねの先に「この好きや得意はもしかするとこんな風に生かせるのでは?」「自分の好きや得意を生かしてこんなことをしてみたい!」という気持ちが芽生えてくるのではないでしょうか。

 

私がカウンセリングの中で出会わせていただくことのある

・好きなことを嬉しそうに話してくださる姿
・「これ、見てください!」と、自分の作品を誇らしそうに見せてくださる姿
・以前は「自分なんて」と言っていた方が、少しずつ自分のことを認められるようになっていかれる姿

 

このような瞬間を何度も目の当たりにしていると、誰かに自分の好きや得意を認めてもらうことや誰かに見つけてもらった「自分のいいところ」を、少しずつ自分でも認めてあげられるようになることは、人生を豊かにするためにとても大切なことのように私は感じます。

 

「私はこれが好きなんです」「これが私の得意なことなんです」と、自分のことを自分で認められている方はきっとキラキラ輝いているはずです。

 

皆さんの「好き」や「得意」が、誰かと比べるためのものではなくて、自分らしく生きていくための色とりどりに輝くビー玉のように、皆さんの心の中に大切に貯めていってもらえる。

 

そんな過程を、私はこれからも全力で応援していきたいなと思っています。

 

それでは皆さん
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

皆さん、こんにちは!
ひなたです気づき

 

「誰かと関わっていると楽しいけれど、なぜか疲れるな…」
こんな風に感じたことはありますか?

 

実はカウンセリングなどでも「人とのつながりを求める気持ち」と「人と関わった後の消耗感で関わりを避けたい気持ち」との狭間で悩まれている方が少なくありません。

 

友達といても、家族といても、職場の人といても疲れてしまうと「一人でいるほうが楽だな」と思ってしまうこともあると思います。

 

たとえば、いつも特定の人といると疲れを感じるということならば「この人とは合わないのかな」と考えて、距離感を調整することもできると思いますが、相手が変わっても疲れるからこそ、この状況とどう向き合えばいいのか分からなくなってしまいますよね。

そして、周りは疲れていなさそうで、自分一人だけがこのような状況に陥っているように感じると「私は人付き合いが苦手なのかな」「人と関わることが向いていないのかもしれない」と考えてしまうこともあるかもしれません。

 

実は、そんな風に感じてしまうのは「誰といるか」ということが重要なポイントなのではなくて、「別の視点でも普段の人との関係の築き方を見つめてみてはどうですか?」という自分からのメッセージかもしれません。

 

というのも、私たちは誰かと一緒にいるとき、無意識に自分の意見や気持ちを後回しにしたり、相手のことを気にしすぎたりすることがあるからです。

 

今回は、そんな「誰といても疲れるな」と感じる人に、知っておいてほしいことを4つのタイプに分けてお話させていただこうと思います。
今回は久しぶりに長くなりそうなので、ゆっくりと皆さんのペースで読み進めてもらえたら嬉しいです。

 


① 相手に合わせすぎる人

まずは、相手に合わせすぎる人。このタイプの方が疲れてしまう理由として考えられることは
「相手のタイプや性格に合わせて、自分の意見や思いを後回しにする」
「一緒にいる相手が誰であっても自分を抑えている」などではないでしょうか。

 

例えば「この人はこういう性格だから、こうした方がいいかな」とか「この人はこういうことを嫌がるから、言わないでおこう」と、相手に合わせて自分の気持ちや意見を飲み込んでしまうので、相手との関わりの中に「自分」がいない状態になってしまいます。

 

もちろん、人と関わる上で、相手に合わせることが必要なときもありますし、ひたすら「自分」を出し続けて我が道を歩んでいたら、周りから少し距離を取られてしまうこともあるかもしれません。

ですが「自分100:相手0」がバランス悪いように「自分0:相手100」でもやはりバランスが悪く、いつも相手基準で自分の表現を変えているのだとしたら、自分の気持ちや意見に蓋をし続けている状態になるので疲れてしまうでしょう。

 

 

「自分は①のタイプかもしれない」と心当たりのある方は、ぜひこれからは「相手に合わせる範囲を決める」ことを心がけてみてください。

 

具体的にどういうことかというと、例えば「相手の意見をまずは聞いてから自分も話す」とか「決めつけた言葉の出し方はしない」、「まずは相手の話に共感してから、自分の考えを伝えるようにする」などで、これは相手のタイプに合わせたり、相手への気遣いなども大切にしつつも、自分自身の表現も抑えすぎないようにバランスをとっている状態になります。

 

良好な人間関係を築くためには、「相手のことを考える」という視点をもつことは大切なことですが、自分の意見や思いに蓋をしてまで相手の意見や立場だけを守ろうとする必要はありません。

 


② 「嫌われないように」「ちゃんとしなきゃ」が強い人

次は、「嫌われないように」「ちゃんとしなきゃ」という気持ちが強い人。このタイプの方が疲れてしまう理由として考えられることは「人と一緒の時に、その場を楽しむことよりも、自分の言動に意識が向きすぎてしまう」という状況が考えられます。

 

たとえば「今の言い方、大丈夫だったかな」「変に思われなかったかな」「嫌われないようにしなきゃ」という風に、目の前で繰り広げられている相手との会話そのものよりも「自分が相手からどう映っているか」を気にしてしまっている状態なので、相手のちょっとした表情やしぐさ、発言に一喜一憂して疲れてしまうのではないかなと思います。

 

誤解のないようにお伝えしておきたいことは「相手に気持ちよく過ごしてもらおうと考えて振る舞う」とか「相手が楽しいか/退屈していないか/嫌な思いをしていないかにも注意を向けておく」など、相手を思いやることは決して悪いことではありません。

 

ですが、相手に気持ちよく過ごしてもらおうとすることに意識が向きすぎると、相手への興味関心ではなく、「相手の顔色」にばかり意識が向いてしまう可能性があり、客観的にみると、心と心の部分ではつながれていない状態になります。

 

 

だから、まずは「相手の話の中身にしっかり意識を向けて集中する」こと。

 

具体的には、相手の話を頭の中で視覚的にイメージできるくらいに想像力を働かせて聞いてみてください。
すると「それって、こういう感じだったのかな?」「その時、どう感じたんだろう?」という風に、自然とさらに相手の話に質問したいことが浮かんできたりするはずなので、その質問を通して、さらに話を膨らませることもできますし、場合によっては、自分の話を少し盛り込んで自己開示することだってできます。

 

相手との対話の時間を「ちゃんとしなきゃ」と自分に意識を向けて頑張る時間ではなく、相手と自分の両方に意識を向けて心のつながりを育む時間にしていくことが大切なのではないでしょうか。

 


③ 相手の感情を背負ってしまう人

3つ目は「相手の感情を背負ってしまう人」。このタイプの方が疲れてしまう理由として考えられることは、相手が不機嫌だったり、落ち込んでいたりすると「私が何かしちゃったかな?」「私がなんとかしくちゃ」と相手の感情を自分の責任だと受け取ってしまうところではないかと感じています。

 

誰といるときも相手の状態(主に感情)の管理、別の言葉で言い換えると「相手をコントロールすること」に意識が向きすぎてしまっている状態と言えます。

 

こんな時には一度立ち止まって、こんなことを考えてみてください。
「この人が今、不機嫌なのは、本当に私のせいなのかな?」

 

まずは「自分の態度や発言で相手を不快にさせたのか、そうではないのか」をしっかり見極める。
そして、このとき、自分の責任だと捉えやすい方は「自分の責任とみなせる理由を探そうとしてしまいがち」なので、無理に探そうとしないように心がけることもとても大切になります。

 

そして、もしも自分の態度や発言に反省点があるなと感じたのであれば、謝罪をして関係修復を試みたり、次回に活かせるように改善できれば十分だと思います。
逆に、自分が原因ではないなと感じたのであれば、「不機嫌な人の近くにいるのがしんどいなら離れる」など、自分にとって心地のいい環境を整えたり、そうしても相手の態度が気になるのであれば、不機嫌な理由などを尋ねてみるのもいいかもしれません。

 

 

こんな風に、相手の機嫌に一喜一憂して「自分がなんとかしなきゃ!」と考えるのではなくて、自分ができることと、相手の問題とを分けて考える視点や時間を持ってみることが大切です。

 

きっと皆さんも「言われてみればその通り」と感じてくださると思いますが、自分も相手も人間なので、色んなときに、色んなことで、色んな感情を抱きますし、ちょっとしたことで変化もします。
楽しいときもあれば、悲しいときもあるでしょうし、イライラするときもあれば、落ち込むときだってあります。

 

だから、常にお互いにポジティブでいようとする必要はありませんし、相手が不機嫌だからといって、自分まで無理に明るくする必要もありません。
相手の感情を全部、自分の責任として背負って、自分を押し殺してしまうよりも、素直に感情表現ができる方が、よっぽど健康的なのではないかなと私は思います。

 


④ 本音と建前の差が大きい人

最後は「本音と建前の差が大きい人」。このタイプの方が疲れてしまう理由として考えられることは「自分の本当の気持ちに気づきながらも、本音を飲み込んで、目の前の状況や相手に合わせた回答をしている」のではないかなと感じます。

 

たとえば、本当は「嫌だ」と思っているのに「いいよ」と言ったり、本当は疲れているのに、「大丈夫」と言ったり、本当は違う意見を持っているのに、相手に合わせて「そうだよね」と言ったり…。

 

このようなことを続けていると、人といる時間が長くなればなるほどに「本当の自分」と「相手に見せている自分」とのズレが大きくなり、その場ではうまくやれているように見えても、自分の気持ちは少しずつ置き去りになっていきます。

 

そして、こうした状況を続けるということは、感情を抑え続け、自分を満たすどころか、不満を溜めさせることにもなるため、心が少しずつ荒んでいき、喜びなどのポジティブな感情に鈍くなったり、様々なことへの満足感や充足感が感じにくくなってしまう可能性もあります。

 

 

だから、まずは「私は今、言葉でも行動でも自分に嘘をつき続けている状態になっていないかな」と自問してみること。

 

その上で、その場の環境やTPOに合わせながらも、少しずつ自分の意見や気持ちを伝えるようにして、少しずつ自分に嘘をつくのをやめてみてください。

 

もちろん、いつでも思ったことをそのまま言えばいい、ということではありません。それでは、相手を傷つけたり、不快にさせてしまう可能性もあるので、相手やその場に合わせることも、人と関わる上では必要で大切なことです。

 

ですが「相手に合わせること」と「自分に嘘をつくこと」は同じではないので、自分の気持ちを大切にしながら、その場に合った伝え方を探していくことはできると思います。

 


ここまで「誰といても疲れる」と感じる人に、知っておいてほしいことを4つのタイプに分けてお話させていただきました。

 

「誰といても疲れる」と感じることが重なると「私は人間関係が苦手なんだ」「人が嫌いなのかもしれない」と感じてしまうこともあると思います。

 

ですが、その疲れはもしかすると、人といるときに自分を抑えすぎているというサインなのかもしれません。

 

・相手に合わせすぎて、自分の意見や思いを後回しにする。
・嫌われないように、ちゃんとしようとして、自分がどう見られているかを気にする。
・相手が不機嫌だったり、落ち込んでいたりすると、その感情まで自分の責任として背負う。
・本音に気づいているのに、それを飲み込んで、相手やその場に合わせる。

 

これだけのことを人と会うたびにしていたら、疲れてしまうのも無理はありません。

 

だから、「誰といても疲れる」と感じたときには「私は誰といるから疲れるんだろう?」だけではなくて「私は人といるとき、何を頑張っているんだろう?」と、自分に問いかけてみてほしいのです。

 

人間関係では、相手のことを考えることも大切ですが、自分をなくして(抑えて)まで相手を大切にする必要はありません。

 

「相手に合わせつつ、自分も抑えすぎないこと」
「相手の話に興味を向けながら、自分のことも話してみる」
「相手の感情と自分の責任を分けて考えてみる」
「その場に合わせながらも、自分に嘘をつかないようにする」

 

こんな風に、相手も大切にしながら、自分のことも大切にできるようなバランスを少しずつ探していくことが、「誰といても疲れる」という状態から抜け出す一歩につながっていくのかもしれません。

 

 

それでは皆さん
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

皆さん、こんにちは!
ひなたです気づき

 

「どうして私の周りには、いつも同じような人がいるのだろう?」

 

たとえば、
・高圧的な人が周りにいることが多く、いつもビクビクしてしまう
・なぜか人から見下されたり、軽く扱われたりする
・自分の時間やエネルギーを相手の都合のいいように使われてしまう

 

そんな風に感じたことはありませんか?

 

一度だけなら「たまたま、そういうタイプの人に出会ってしまっただけかも」と思えるかもしれませんが、環境を変えても、付き合う人が変わっても、なぜかまた同じような人に出会い、同じような関係になってしまう。

 

そんなことが続いてしまうと、さすがに「私には人を見る目がないのかな」「私が弱いから、そういう人を引き寄せてしまうのかな」と自分を責めたくなる人もいるかもしれませんが、自分のことを傷つけたり、利用したりする人の責任まであなたが背負う必要はありません。

 

相手が人を傷つけたり、嫌な思いをさせたりするような関わり方をしているのなら、それは相手の問題だからです。

 

ただ、忘れてほしくないことは、人間関係というのは、相手だけで作られるものではなく、お互いの言葉や態度、反応の積み重ねによって作られていくものなので、自分では意識をしていなくても、自分の在り方が相手との関係に影響を与えることになります。

 

そのため、同じような人間関係を繰り返しているのだとしたら、一度「私は人との関係の中で、どんな自分でいることが多いのだろう?」と考えてみることも大事なのではないでしょうか。


例えば「いつも自分を低く見せてしまう」人。

 

もしも「私なんて…」が口癖になっていたり、心の中でそう思ったりして、自分を卑下する発言が多くありませんか?

 

自信が持てないこと自体が悪いわけではありませんが、こうした言動を繰り返していると、本人にはそのつもりがなくても、相手に対して「この人は自分よりも下の立場の人なんだ」というメッセージを送り続けることになってしまうため、お互い気づかない間に、上下関係のようなものがうまれてしまうことがあります。

 

だからといって「見下される方が悪い」という話ではありませんが「自分では気づかないうちに、相手との関係の中でどんな立ち位置を取っているのか」ということを一度考えてみていただけたら嬉しいなと思います。


実は、これと同じことが「人に合わせることが多く、自分の意見や想いを伝えられない」人にも言えます。

 

・何か頼まれごとをされた時に、本当は嫌なのに「いいですよ/わかりました」と言ってしまう
・自分が本当はどうしたいのかわからないまま、相手の意見に合わせる」
・嫌なことを言われても、その場の空気を悪くしないために平気な顔をしてあり過ごす
など、いつも相手の意見や反応に合わせていませんか?

 

TPOや人に合わせること自体は悪いことではありませんが、このような関わりばかりを続けていると相手にはあなたの性格や人柄、本当の考えや気持ちなどが伝わらないまま「この人は何を言っても大丈夫」「多少無理を言っても断らない」という風に相手から位置づけされ、自分の時間やエネルギーを相手の都合のいいように使われてしまうかもしれません。


もう一つ、皆さんに考えてみてほしいことは「「相手の為に」と思って、自分が何でもしてあげていないか」ということです。

 

・言わなくても察してあげる
・頼まれていないのに、相手が困らないように先回りしてやってあげる
・相手が喜ぶはずだと思って、自分の判断で色々してあげる

 

このような行動をとることに心地よさや自分の存在価値を感じられる人もいるかもしれません。

 

このような行動自体が悪いというわけではありませんが、相手からすると「そこまでしてほしいとは思っていなかった」というようなありがた迷惑な状況になる場合もありますし、なんでもしてもらうことが当たり前になってしまって「やってもらって当然」という関係になってしまう可能性だってあります。

 

ですので「私は相手の為に心からそこまでしてあげたいと思っているのか?」や「相手のためと思っていることは、果たして本当に相手のためなのか?」、「自分が必要とされたり、感謝されることで、安心したり、自分の価値を感じようとしていないか?」ということを一度自分に問いかけてみてください。

 

このようなことにも気づいていくことも、自分と相手との関係のバランスをうまくとるとともに、自分との関係を見直す大切な一歩にもなるのではないかと私は思います。


それでは、具体的にはどのようにしたら、同じような人間関係から抜け出せるのでしょうか。

 

私が感じていることは「自分の直した方がいいところに気づき、自分の在り方を少しずつ変えてみること」です。

 

もちろん、いきなり強くなろうとしたり、なんでも言える人になろうとしたりする必要はありません。

 

まずは「むやみやたらに自分を卑下しない」「人に合わせるだけでなく、自分の意見や想いを少しだけ伝えてみる」「必要なときには「NO」を言ってみる」

 

そして「相手から感謝されることや、愛されている実感によって、自分の存在価値を見出そうとしすぎない」

 

・自分にはいいところも悪いところもある
・うまくできたこともあれば、失敗したこともある
・いい経験も良くない経験もどちらもしてきた

 

こんな風に、完璧ではない自分の生き様を、自分自身でちゃんと認めてあげながら、少しずつ自分の在り方を変えてみることで、きっと自然と周りに集まる人たちや、新しくご縁のできる人たちとが変わっていくはずです。

 

これまであなたの我慢や無理に甘えていた人とうまく距離をとれるようになったり、反対に、自分の意見を伝えても尊重してくれる人や、あなたの「NO」をちゃんと受け止めてくれる人との関係が色濃くなったりしていくかもしれません。


最後にもう一度…

 

「どうして私はいつも同じような人に傷つけられてしまうのだろう」と感じた時には、「私が悪いから」とか「私が何もできないから」という言葉で片づけないでください。

 

これまでは、そうして人との関係を築きながら自分の立場や心身を守ってきたのかもしれませんが、今その生き方が「生きづらい」と少しでも感じ始めているのなら、それは「人との関係における自分の在り方」を少しずつ変えていった方がいいというサインであり、行動を変えていくいい時期だということなのだと思います。

 

まずは「これから私は、どんな人と、どんな関係を築いていきたいだろう?」と考え、そのために今できる自分の言葉や行動を少しずつ変えてみてください。

 

人間関係は相手を変えようとするだけでは変わりませんが、自分の在り方が変わることで、きっと周りとの関係性が大きく変わっていきます。

 

これまでの心が締め付けられるようなしんどさを感じるような人間関係から少しずつ解放されて、自分も相手も無理をせずにいい距離感で関われるような関係を増やしていきませんか?

 

それでは皆さん
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!