皆さん、こんにちは!
ひなたです気づき

 

 

突然ですが、皆さんは普段、誰かと雑談をされますか?

そもそも雑談とは「重要な目的や結論を持たずに気軽に交わす会話
と辞書的には説明されています。

 

 

最近は、家族やカップルが食事をしにお店で過ごしているときなどでも、
それぞれがスマホを触っていて、会話もなければ目すら合っていない
というような情景を目にすることもあり、
そのくらいに、雑談をする人は減っているのではないかなと感じています。

 

 

また、雑談の「目的や結論を持たない」というところに
違和感を感じられる方もいらっしゃるようで

 

「雑談がどうも苦手で…」
「ああいう中身のない話って意味あるんでしょうか?」

このような言葉をカウンセリングの中でお聞きすることもあります。

 

 

毎日、忙しない生活を送る中で雑談をする心の余裕がなかったり、
何を話せばいいのかわからなかったり…。
「雑談=無駄なもの」と感じている方も少なくないのかもしれませんね。

 

 

 

さて、私が雑談をどのように捉えているかというと、
あまり深く難しく考えたりせずに、心の赴くままに表現したり、
心を通わせたりできる点で
心を整えるための大切なコミュニケーションの一つ」と考えています。


 

 

実は、カウンセリングでも
「今日はなんだか雑談ばかりになっていますね。すみません…」と
少し申し訳なさそうに話される方が時々いらっしゃいます。

 

私は基本的に「カウンセリングの場でのどんな会話(やり取り)にも意味がある」と考えているので
単なる愚痴とか嬉しかった話なども、お悩み相談などと同じようにお話を伺っているのですが、

 

終わり際には
「今日はこの話ができてよかったです!」
「今までなかった考え方ができました!」
と、晴れやかな表情で帰っていかれる相談者さんが多いのも事実で。

 

 

このような回がある度に、
雑談にはちゃんと役割(意味)があるのだな」と私は実感しています。
 

 

それではなぜ、「意味のない無駄話」と思われることもある「雑談」が
カウンセリングでは違った印象を持たれるのか、
その謎を解明していきたいと思います。

 

 

 

【心理的に見る「雑談」の正体】

心理学的にも、雑談は「単なる情報交換」というよりも
感情の換気のようなもの」とみなされています。


なぜなら、あえて深刻な話をしなくても、
感じたことや思ったことをシンプルな言葉で表現することそのものが、
心の中を整理する助けになる
からです。

さらに、それを価値観や考え方が少し異なる他者と話をすることで、
自分の考えの見え方が立体的になってくる
こともあります。


 

そのため、私の場合、相談者さん(曰く雑談)のお話を伺った際に、
「今のお話を聞いていて、こんな印象を受けました」
「そのときの行動には、どんな理由があったと思いますか?」

という風に、私がふと感じたことをお伝えすることがきっかけとなって
それまで閉じられていた思考の扉がふっと開く瞬間があるというわけです。
 

 

 

このように、雑談とカウンセリングでは目的が大きく異なってはいますが、
どちらも「心の整理ができる」という共通点があります。

 

 

なぜこのような共通点がうまれるかというと、

それは、どちらも「頭や心の中にあるものを言葉にして外に出す
という行動だからです。


自分の内側にあるもの(気持ち)を外に吐き出すことで、
「自分(もしくは相手)はきっとこんな風に考えていたんだな」
「あらためて考えてみると、意外と大したことじゃなかったのかもしれない」

など、その人の頭や心の中を占領していた物事と距離を取って
自分や他者、出来事の全体像などを捉えられるようになります

 

 

 

【雑談が苦手な人に捉え直してほしいこと】

これまでさまざまな方のお話を伺ってきて感じていることは、
雑談が苦手な方ほど

「面白いことを言わなきゃ」
「ちゃんとした話をしなきゃ」

と、その会話(雑談)を意味のあるものにしなければならないと感じて
雑談のハードルを上げてしまっているのではないかということです。


 

ですが実際には
雑談にそのような役割はないのではないかなと私は思います。

私自身も相談内容とは直接関係のない話をすることがあります。

例えば、相談者さんの好きなもの(推し)のお話や、
これから楽しみにしている予定の話など。


これには私なりの理由があって、
相談者さんには、非日常の深いお話をしていた時間から日常へと
自然な流れで戻っていってもらうため。


私自身、相談者さんと笑い合える時間が好きですし、
ふとした他愛のないやりとりが、目の前の人の緊張を下げてくれて、
「また明日から頑張ってみようかな」と思える力に変わってくれる
ところを
私はこれまで何度も見聞きしてきました。

 

 

このように、雑談とは

“その場の空気を緩めるため”にあるのではないかなと私は感じています。
 

 

 

【まとめ】
 

そろそろ長くなってきたので、まとめに入っていきますね。

 

 

今日のブログで少しでも雑談に興味をもってくださった方はぜひ

雑談では「話を広げる」ことよりも
相手と気持ちを少しだけ共有するイメージをもってみてください。


たとえ、やり取りが一往復で終わっても大丈夫です。

なぜなら雑談は、うまく会話をするためにあるものではなくて、
話をしている者同士の心をほぐすためにあるものだから。

 

 

一往復のやり取りででも、気持ちが少しでもほっこりしたり
お互いに笑顔になれたりしたのならそれで十分だし、立派な雑談です。

そして、もしもあなたに少しでも心の余裕があるときには、

「最近ちょっとホッとしたときのこと」
「今、少し楽しみにしていること」
などについて自分から話をしてみたり、

 

 

相手の話に興味をもてたなら
「それのどんなところが好きなんですか?」
と尋ねてみることから始めてみてください。


 

そうすればきっと、
お互い笑顔になれる瞬間や話に花が咲くような時間が増えていくはずです。

 

 

 

それでは皆さん
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

皆さん、こんにちは!
ひなたです気づき

 

 

普段、カウンセリングをさせていただいている中で
会社を休職中の方や不登校の子どもさんや親御さんからのご相談も
よく受けさせていただいています。

 

その中で、皆さんからよく尋ねられるテーマの一つに
「休職中や不登校中の休み方」があります。


 

さて、このブログを読んでくださっている皆さんは
会社や学校をお休み中の方にとって「いい休み方」とは
どのような状態を思い浮かべられるでしょうか?

もしかすると、
「家でずっと横になってゴロゴロすること」
「特に何もせず、ただただ規則正しい生活を送ること」など
「大人しく過ごすこと」を想像されている方が多いかもしれませんね。


実際にカウンセリングの場でも
「心身の不調で休んでいるのに、出かけていいんでしょうか?」
「好きなことをすると、自分のわがままでサボっているだけな気がして…」
というような言葉をよく耳にします。


そしてこれは、会社や学校をお休み中のご本人だけでなく、
周囲の方も同じような認識をもってらっしゃることが多い印象を受けています。

周囲の無意識の期待や不安からくる言動がご本人のプレッシャーになることもあるため、
今日は会社や学校をお休み中の大切な心得を皆さんに知っていただけたら嬉しいなと思います。

 

 

【休職中や不登校中の「休む」とは】

まず初めに、私の考える休職中や不登校中の「休む」とはどのようなことなのか。
それは第一に「心と身体を休ませてエネルギーを回復させること」です。

 

皆さんは毎日、一日の終わりには睡眠をとって翌日に備えていると思います。
これは、一日色んなことを頑張った「身体や頭を休めるため」ですよね。


つまり、身体が疲れているときには
横になって眠ることで疲労を回復させることができるので、先ほど出てきていたような
「家でずっと横になってゴロゴロすること」も身体を休めるための大切な一つの方法といえます。

 

 

ただし、ここで大事なことが一つあります。
それは、心は「何もしない」だけでは回復しないということ。
 

 

【心の疲れは身体の疲れと性質が異なっている】

多くの場合、“心が疲れている”と、

・緊張感や恐怖感を感じやすくなる
・自分を否定したり、責め続けたりする
・安心できる感覚が失われていて心が休まらない


といった状態が続きます。


そのため、このような状態で何もせずにゴロゴロしていると、
時間だけがただ過ぎていく感覚が強まるだけでなく、
頭の中では不安や自己否定がぐるぐると回り続けてしまったりもして

結果として、
「(物理的には)休んでいるはずなのに、(頭も心も)しんどい」
と感じ続けることになってしまいます。
 

 

【「心を休める」とは、自分を安心させる行動をすること】

このように、心を休めるために大切なのは、
「心が穏やかになれる時間(体験)を過ごすこと」です。


 

具体的には
・好きな音楽を聴く/香りをかぐ
・美味しいものを食べる
・自然のある場所を訪れる
・安心できる人と過ごす
・「楽しい」「心地いい」と感じることをする
・行ってみたかった場所へいく(計画を立てる)
・やってみたかったことに挑戦する

これらは決して「贅沢」でも「怠け」でも「甘え」でもありません。

 

心の回復にとってはとても重要なプロセスで
心理学的に見ても、こうした行動は
「再び社会と関わるための土台となる情緒的エネルギーを回復させることにつながる」
と考えられています。

 

【「休んでいるのに楽しんではいけない」という誤解】

とはいえ、残念なことに、私はこれまで多くの方が無意識のうちに

「苦しんでいないと休んでいる資格がない」
「好きなことを楽しめるなら、他も頑張れるはず」


このような考えに縛られて
苦しい思いをされている姿を何度も見てきました。


これではいつまで経っても心も身体も元気にはなれないですし、
会社や学校に復帰する展望もなかなか見えてこないでしょう。

 


心が回復するからこそ、再び学校や職場に前向きな気持ちをもつことができるようになります。

 

「楽しむこと」は、
心身の回復の“サイン”や“結果”であると同時に、回復の“手段”でもある

ということをどうか忘れないでいてくださいね。

 

【周囲の人に知ってほしいこと】

もし、あなたの身近な人が休職中・不登校中であったとしたら、

まずはその人が今「何をしているか」よりも
「少しでも心穏やかに過ごせていそうか」という視点で、
その人の様子を観察してみてください。


外出できる日があってもいい。
誰かと笑える瞬間があってもいい。
好きなことなら楽しめる時間があってもいい。

これらは「心の回復がちゃんと進んでいるよ」というサインかもしれません。


最後にもう一度だけ…
「休む」とは、「ただ大人しくして過ごすこと」ではありません。

 

 

ゴロゴロしながら身体の疲れを回復させることを試みながらも
楽しいことや好きなことなどに触れる時間を通して、
枯渇した心のエネルギーを満たしていく
ことも、
とても大切なことといえます。


もし今、あなたやあなたの大切な人が休んでいる最中なら、
「自分を喜ばせること」をどうか許してあげてください。

その時間は、もう一度、
その人が自分の人生や未来へ軸を戻して歩み出すために、
必要で大切な時間になるはずです。

 

 

 

それでは皆さん
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

皆さん、こんにちは!
ひなたです気づき

 


私は普段、不登校で悩む親御さんのお話を伺うことがよくあります。
その中で、不登校や行き渋りが始まったばかりの頃には
多くの保護者の方が、

 

“一日でも早く学校に戻さなければ”
“早いうちに動かなければ取り返しがつかないのではないか”

 

このような焦りと心配で胸がいっぱいになった状態でカウンセリングに来てくださいます。
 

 

そして、

「このまま学校に行けない日が続いたら、将来、引きこもりになってしまうんじゃないでしょうか…」

という不安を漏らされます。

 

もしかしたら、このブログを読んでくださっている皆さんの心の中にも、同じような不安があるかもしれませんね。


 

ですが、まず知っておいてもらえると嬉しいなと思うことは
必ずしも「不登校の長期化=引きこもり」というわけではないということ。


 

私はこれまで同じような心配をされている親御さんとその子どもさん達のその後の姿も見聞きさせてもらってきましたが、
私の経験上、お家から出られなくなってしまったという方はいらっしゃらなくて、

それぞれ年齢や時期は違えど、一人ひとりが自分のタイミングで自らの道を歩き始めてくれています

 

 

とはいえ、なかなかすぐには納得しづらい現実だということも理解しています。
 

そりゃあだって、「夜更かしして朝は起きてこない」
「学校の話をすると不機嫌になる」
「体調不良と言いつつ、家では元気そう」

 

このような子どもさん達の姿を一番近くで目の当たりにしていたら、
どうしてもただの逃げやサボりに見えてしまいますもんね。

 

 

 

ただ、今日のブログを読み進めていただくにあたって、
何度だって私が皆さんにお伝えしたいことは、
「不登校が長く続いたからといって、必ず引きこもりになるわけではない」ということ。

 

 

ここからは、その理由などをお伝えしていきますね。

 

まず初めに、「学校に行けない状態」と「社会から完全に切り離された引きこもり状態」は、実は同じものではありません。

このブログでも軽く触れましたが、


不登校の背景には、

環境(集団生活)への不適応感対人関係による疲れ心身のエネルギー低下など、様々な理由が存在しています。

 

 

また、行き渋りを始めた多くの子ども達は
「ストレス耐性が低いがゆえに、動けなくなってしまった状況」ではなく、

「動けなくなるほど頑張りすぎていた結果として、今少し立ち止まざるを得ない状況になってしまった」状態だと言えます。


 

それでも、「早く学校に戻さないと、子どもがこの状況(環境)に居心地の良さを感じたり、

慣れてしまったりしたら、ますます学校に行かなくなる(行こうと思えなくなる)のでは?」

と感じる親御さんはたくさんいらっしゃると思います。
(実際、この考えはほとんどの親御さんが通ると言っても過言ではなく、そのくらいにとても自然な親心なのだと思います。)


 

ただし、ここで皆さんに忘れないでいてほしいことは、
実際にどれだけ家での様子が「元気そう」「いつも通り」に見えていても、
子ども達の心の中には「学校に行けていない(休んでいる)ことへの不安や葛藤が存在している」
ということ。

 

 

そのため、心が疲れ切っている状態で無理に元の場所へ戻そうとしたことで、一時的に登校できるようになったとしても、

残念ながらその状態は長くは続かず、再び不調を繰り返してしまうケースも少なくありません。


 

つまり、このようなタイミングで大切なことは
“学校に行くこと”をゴール(目標)にするのではなくて、
まずは“安心してエネルギーを回復することに重きを置くこと“です。

 

 

なぜなら、エネルギーが回復すれば、
子ども達は自分のタイミングやペースで、
再び外の世界と繋がろうとし始めるからです。

 

 

私たちは大人も子どもも特に不安を感じたときには、自分が少しでも安心できる状況を求めやすくなります。
そのため、子ども達をすぐに元の場所(学校)に戻すことで、大人側の安心を得ようとしてしまいやすいのですが、

子どもさん達が動き出すためには少々時間が必要です。

 

 

ところで皆さんは、

仕事や家事などで疲れたときにどのようにリフレッシュしたり、元気を回復させたりしますか?
 

きっと甘いものを食べたり、誰かとお酒を飲みながら笑ったり、

思いっきり泣いたり、趣味や推し活に力を入れたり、自然に触れたり、欲しかったものを買いに行ったり…と
本当に人それぞれのリフレッシュ法があるのではないかと思います。

 

 

学校を行き渋ったりしている子どもさん達にもそのような時間が必要です。
「ただただベッドで横になって寝続ける時間」
「何の制限もなく趣味やゲームに没頭する時間」
など。

 

 

このように大人から見れば「ただの娯楽」に見える時間も、

子ども達が心身のエネルギーを回復させるには必要不可欠な時間で、大人のリフレッシュ法となんら変わりはありません。


《遠回りのように感じる道が実は近道である(急がば回れ)》
 

 

これは、私が不登校の親御さんや子どもさん達と関わらせていただく中で常々感じていることです。

 

「学校を休み始めている子ども」の問題は「学校を休んでいること」だから
「学校に行かせさえすればいい」というのは安易な考え方で、

本当の問題解決にはつながらないかもしれません。

 

 

「それまで問題なく学校に行けていたし、行くことが当然と思っていた子が学校を休み始めた」という現実が起こっているので、
本当の意味での問題解決をするならば

 

「それまでの生活が送れなくなっている(学校を休み始めた)背景に目を向けて、必要なサポートや環境調整をおこなう」ことで
「再び、これまでの生活を送れるようになる(学校に通えるようになる)」につながっていくことができます。

 

 


それでは皆さん
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました!