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ななころびやおき

七回転んで八回起きる。
1型糖尿病と共に生きる、転びつつ、起きつつの日々を綴っております。

先日、お仕事で小学校に行った時の事。

待合室で保健の先生が対応してくださり、

お茶を出してくださったり

いろいろと子ども達のお話をお聞きしたりして。

保健の先生って

とてもお忙しいんですね。

集会が終わったら、

具合の悪くなった子どもが出たので、と

出たり入ったり。

そして、小さなポーチを持ってきて、



「今から、補食に行ってきます!」


わぁ
ここに、同じ1型の子どもがいるんだ〜




 


頑張れー

そして頑張ろうね






食事毎にインスリンの注射を


打たなくてはならない体になって


半年くらいトイレに入って打っていました。


でもトイレが近くになかったり、


あっても、とても人が多く並んでいたりすると、


中でガサガサするのもアレですし、


入るのも申し訳ない感じもして。


そして、相手の方を待たせてしまう事にも


とても引け目を感じていました。




そのうち、よくよく考えてみると、


わたしにとって、


インスリン注射は食事とセットだから


何もトイレで打たなくても良いのではないかと、


思いましてね。



とはいえ、人前で注射針出して、


お腹やら腕やらにぶすっとするのは、


とても勇気のいることで。


でも、やっぱり思ったんです。


人の目を気にしているのは自分のみ。 


食事の時に、誰が何をしているかなんて、


そんなに他人は気にしていないはず。


もし、見られても、


そういう人もいるんだって


知ってもらえる機会になったら良いのだからって。



それからというもの、


少しずつ横浜ウォーキングに出かけたり


外出する機会の際に食事をして、


その場でインスリン注射を打つ練習をしたのです。




 


時には焦って、針を落としちゃったり、


血管に刺さって


服に血がついちゃったりしましたけれど、


今では、打っている所に店員さんがいらしても


大丈夫な心持ちになりました。



こういう角っこのスペースが安心




皆と一緒に、同じタイミングで食事をする


そんな当たり前の事がとても嬉しいデスニコニコ





本日受診日にて、HbA1c7.5

いや〜わかっていても結果聞くのツラ…。
(´;ω;`)

昨夜、血糖値がずーっと高くて心配で。

先生にお聞きしたら、

「リブレは正確な数値じゃないから
指で測ってね。」

正論です

特に異常を感じないので、そこは受け止めるとして。


血糖値のグラフを見ながら、先生の視点は

「この朝の血糖値スパイク
どうにかしたいよね!」

そうなのです。

朝はガーッとグラフが突出して右肩上がり。

コレで良いのかしら…?

と思っていたところでして。

今より速く血糖降下作用のある

インスリンに変更となりました。

そして単位数も上げるという指示が。



工エエェェ(´д`)ェェエエ工


という私の声もどこかに行き、


「すぐに下がっちゃうから、
低血糖の対処しっかりしてね」


…ん~~(ー_ー;)

こればかりは、

やってみないとわからないデス


 

頑張ってこ。

夕食作るのに少し時間かかりまして

やっと食べよう〜!と思ったら、

なんだかおかしい。

これは、アレでしょと血糖値測りましたら


 

わぁータラー急に落ちるのヤメて。

急ぎ、コーラとたまたまあったじゃがポックル。




落ち着こうと座ったら、

うちのモフモフブラザーズ2号 

スムチーのポチ子さんがやって来ましてね。


 
顔を見上げてる〜(≧▽≦)
抱っこまちラブラブ


すまんのう。

少しだけ待っててケロ〜。




 
15分ほどで回復ナリ。



1型糖尿病になって、初めての海外旅行

行き先は、常夏の島、ハワイ虹

準備の段階で相当悩んだのは、

腕に着けているリブレのセンサーの隠し方。

リブレを装着し始めたのは12月。

長袖の服装で隠れていたセンサーが、

常夏の島では、あらわになるわけで。

普通の人ならこんな所に、

500円大の丸いものなんて着いてないから、

なんか恥ずかしくて。(ノД`)

ネットで隠す方法をいろいろと探していたのです。
「腕 バンド」 とか 「アームバンド」とか


それがですね、

コレと思うような物が無くて、

何日も何日も、探していたら、

なんか疲れちゃって
(´ε`;)ウーン…



よくよく考えてみると、

この病気が一生治らないなら、

ずっと付き合っていくしかないなら、

このリブレセンサーをずっとわたしは

腕に着けているわけで。

もう、わたしの一部なのです。

それならば、わざわざ隠す必要など

無いのではないかと。




わたしは、隠さず生きて行こう

 

悩みに悩んだ末、そう思えたのでした。