こんばんは。プラススタディの福嶋です。
僕自身がそうなのですが、基本的に人はほめてこそ伸びるものだと思います。
「厳しい指導」というと、できないことを叱り飛ばすようなイメージもありますが、「間違えて先生に怒られないようにするために頑張って解く」というのはやはりちょっと違う。
ただ、子供はやみくもにほめるとすぐに気づきます。どうしてか分かりませんが、「ほめようとしてほめた」時にはたいてい気づかれてしまうものです。で、そういうトンチンカンなほめかたをすると生徒に信用してもらえなくなります。
やはり、そのときそのとき真剣に向かい合って、できたときに「すごい!」「やったな」とかける一声が自信になり、次の問題に取り組む力になるのだろうなと思います。
ではほめる側に立とうとするとき、どんなことが大切になるのか。
文字にすると非常に陳腐ですが、「線でとらえる」ということなのだろうと思います。
つまり、常に「以前どういう状態だったか」を覚えておき、それと現在を比較して評価を伝える、ということです。
トルストイの「アンナ・カレーニナ」に「幸せな家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸なものだ」みたいな一節がありますが、「幸せ/不幸せ」を「正解/不正解」に置き換えるとそのまま子供たちの状態に当てはまります。
「正解できるときはたいていみなきちんと問題文を理解し手順を追っている(算数などでいろいろな解き方が考えられるときでも、論理の組み立ては同じ)のに対し、間違えるときはみなそれぞれ違うところでつまづいている」ということです。どこでつまづいておりそれをどうクリアするか考え、できたときにはそれをしっかり伝える。講師にとって大切なのはそういうことの積み重ねなのだなあと思います。
今日のホームワークルームで、そういう声かけができました。
授業の時にはなかなか意識しきれなかった内容が問題を解きながら自力で思い出せたようで、自分でも驚いていました。指摘すると表情が一気に緩んでいました。
僕も嬉しかったし、言われた生徒はもっと嬉しそうでした。
こうやって自信をつけた内容は、なかなか忘れないだろうと思います。
もっともっと、自信をつける手助けをしたいなと思っています。