https://www.youtube.com/watch?v=nr4HnMlZb7k&feature=youtu.be&fbclid=IwAR07hCxF-EWQvKcFLWRlhVewGI9RNioIg7b-31PcS78BKwrRpYX8sdvg40E

 

 

浦崎太郎さんが、公教育のど真ん中で奮闘されています。「様々な大人が立場を越えて未来を探究するコミュニティ」が重要なのだそうです。いずれお話を聞いてみたい。

 

https://youtu.be/nr4HnMlZb7k?fbclid=IwAR07hCxF-EWQvKcFLWRlhVewGI9RNioIg7b-31PcS78BKwrRpYX8sdvg40E

【普通科改革をどう捉えればよいか】を解説します。 令和 2年 7月 17日に開催された、中央教育審議会 初等中等教育分科会 第11回「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」において、「新時代に対応した高等学校教育...

「学ぶ力」の学校について、ヒアリングを続けていますが、最近では、こちらから教育の話題を持ち出さなくても、出会う人の方から新しい学校づくりの話題が出てくるようになっています。

 

私が学校づくりに着目しているから、その情報を受け取るのだと思う一方で、それを割り引いても学校談義が続きすぎです。やはり、コロナ禍で人々の考え方がシフトしてきていることを実感します。

 

本日印象に残ったのが井上淳之典さんの「新しい学校をつくることは反対の立場です。むしろ、引き算で学校をいかに減らすかが大切だと思っている」という意見でした。これまた唸りました。

 

よく聞けば、自学自習を導くために先生が教えることを基調とした学校は間引きした方がいいという考えで、この間、私がつぶやいてきた「学ぶ意欲をできるだけ削がないこと。教える側が先回りしすぎて邪魔をしないこと」の考えと重なるものでした。「先生不要。用務員だけの学び場」仮説を支持するものと受け取りました。

 

”教育や学校というコンセプトは消えていくべきものである”という井上さんの考えに全く同意した次第であります。

 

まだ、学ぶ力のヒアリングは始まったばかりです。次に会える方のお話で自分の考えがどこまでシフトしていくのか、さらに楽しみになってきました。

ホモサピエンスの強みは、身近な者同士の助け合いにあった。体型的に大きく力持ちで脳容量も多かったネアンデールタール人を駆逐して生き残ったのは、ホモサピエンスの助け合いの力=「協働力」であったと言われている。

 

そして、産業革命以後のホモサピエンス社会では、資本制により商品交換が広がり、わずらわしい共同体での助け合いに代わってケアサービスをお金で買うようになっていった。その結果、今では、都市部の世帯数の50%以上が一人世帯で暮らすようになっている。

 

サブスクリプション・ビジネスで、衣食住の身辺商品を定額で買えるところまでは、便利で良さそう(?)だが、いよいよ家族内の助け合いまで商品化されて、定額でケアサービスを消費するようになることを考えると恐ろしい。高齢者介護は、すでに国家主導によるケアサービスのサブスクリプション・ビジネスのようなものである。

 

ペットのサブスクリプションは、毎月定額を払うと気分次第で好きなペットをとっかえひっかえできる。もうこれは実現している?。そして、ついに子供も、妻も、、、? 離婚が一般化すると実態としてサブスクリプションに近い。

 

さて、末は自分自身のサブスクリプションである。遺伝子が商品化されるようになると、サブスクリプションにより気分次第で遺伝子を交換し、身体のパーツ交換をするようになる。自分自身の意思についても、AIの方がより有利な意思決定ができることがわかるようになると、、、。魂を定額で買うようなものとなる。

 

「武器としての『資本論』」(白井聡著)を読みつつ、サブプスクリプション・ビジネスの浸透を想像すると、資本制の末恐ろしさが襲ってくる。これは、どうもSFではない。

 

ヨーロッパ中に資本制が浸透しはじめる1860年頃、マルクスは、労働が商品化する末に、こうなっていくことを指摘していたようである。