しばらくぶりにブログを書きます。申し訳ありません。


友達が一昨日、私を心配して遠くから車を飛ばし来町し、2日間付き合ってくれました。

その後、隣町の穂別からも高校の後輩が、力付けにきてきれました。名前を言われてもなかなか思い出せません。40年以上前のことですから。お互い顔は変わりましたが、私を忘れず顔を出してくれて感慨ひとしおです。

こうした温かい人たちの心をエネルギーにして今日まできました。明日からもがんばります。

ある家庭を訪ねると、子どもが妻に抱きついてきました。そのかわいいこと。

 しばし、子どもの話題に花が咲きました。小さくてもいいから、この子たちが、誇ることがとできる町を作っていくことが私たち大人の責任です。厚真町は、世界に一つしかない町なんです。町民みんなが、それぞれの地域、立場、職業の垣根を取り払って力を合わせていきたいものです。



1週間前の話になります。軽舞を走っているとさくら保育園の園児たちと出会いました。「おはようございます」と、とても元気な声であいさつをしてくれ、とても、素晴らしい元気をもらいました。

この園児たちも、雪が降る12月には保育園が閉園し、自宅か、違う保育所に通うことになります。

特に、年長さんは4月から小学校に入るのに、集団生活から離れることになります。

その昔(入所基準は今も同じです)、保育園は保育に欠ける子どもが入るものとされていました。

そうでしょうか。小学校に入る前の子どもの成長過程の中で、集団生活から離れることは決してプラスにはならないと思いますし、親も納得はしていないと思います。

でも、古い基準のなかで、みつば保育園とさくら保育園は12月から翌年3月まで閉園となります。

通年制にして、3か月に要する経費は、保育士さんの人件費(常設保育所の保育士よりはるかに安い)と保護者会への委託料、燃料代程度。子育て支援のためには大きくないコストだと思います。

担当だった時代に変えれば良かったのに、という指摘もあると思いますが、なかなか・・・・。

子どもたちの幸せを考えると努力が足りなかったと反省しています。ごめんなさい。

同じマチに生まれ、育っている子どもたちに地域格差があっては絶対ダメです。

子どもたちに「さよなら」と手を振りながら、こうした格差を今すぐ解消することが何より大切だと感じました。


小さな、高齢者中心の後援会活動です。

戦争と貧困を経験し、日本の経済を立て直す原動力となった人たち。今では70歳代となっています。

その人たちが私の選挙戦の中心となって、町内各地でがんばってくれています。

このマチの将来は若い人たちのがんばりにかかっています。

でも、今日の厚真があるのは、こうした人たちのがんばりと辛抱があったことを忘れてはならないと思います。

今の、豊かな社会は突然として現れたわけではありません。

子ども大好き、お年寄り大好き、町民みんな大好きです。いい人たちばかりです。


今年79歳になったIさん。胃がんの大手術を受け、胃はありません。糖尿病でもあります。

毎日朝4時に起き、夕食後も運動をして血糖値を下げているそうです。

いつもいつも私たち夫婦に側にいてくれて、毎日元気付けられています。ほんとにありがたいと思います。

「温故知新」の言葉のとおり、車の中で昔の話を聞きながら、厚真の歴史を勉強させられます。

勝つか負けるか、選挙はその一点で闘いが繰り広げられます。そのとおりです。

でも、その闘いのなかで、先輩から学ぶ教訓の多いこと!

「こうこう(漬物)2(に)切れ、博打は見切り」とか。納得!

昔の選挙は、地縁、血縁も一つの大きな要素でした。

でもこれからは、自分の町をどうするか、どうすべきか、という戦略的視点で考えていきたいものです。