「ここまでにしておこう」
レギアスはそういって、構えを解いた。
それと同時に、あたり一面を支配していた緊張感が解け、心地よい風がこもった熱を奪い去っていく。
体が程よく冷やされていく感覚は気持ちよく、すがすがしい。
だが、俺は不満だった。
「まだやれるぞ」
そう、まだまだやり足りなかった。不完全燃焼と言っても言い。
惑星ナベリウスに降り立ち、レギアスと訓練を始めてから数時間、俺は一度もこの男から勝ちを拾う事が出来ずにいた。
自惚れていると言われるかも知れないが、アークスとしての経験と実績はそれなりに積んできたという自負はある。
それにも関わらず、模擬戦でいいようにされっぱなしなのはすっきりしない。
体はあちこち痛むが、闘争心はまだまだメラメラと燃え上がっていた。
そんな俺を見て、レギアスは自嘲気味に笑った。
「勢いのある若者の相手をするには、私は年をとり過ぎてしまった」
とてもその様には見えないが、本人がそういうのでは仕方がない。
俺は大人しく、訓練用のソードを下ろし全身から力を抜いた。
緑豊かなナベリウスの草原地帯。
この日は天候に恵まれ、空は青々と広がり、深呼吸をすれば熱のこもった体に穏やかな空気が入り込む。
若干、小腹もすいて来た。
マトイをピクニックにでも誘ってやれば喜ぶだろうか。
訓練が終わり、緊張感を解いてそんな事を考えている俺の手元に、レーションが放り込まれる。
慌ててそれを受け取ると、まるで俺の考えなどお見通しだといわんばかりにレギアスが笑っていた。
「太刀筋、反応、いずれも。素晴らしい動きをしていた。さすがだな」
「珍しいな。アンタも人を褒める事があるのか?」
「あまり人を頑固者呼ばわりするんじゃない。私とて、褒めるべき時は十分に褒める」
「そうか……」
だが、素直には喜べない。六亡の一であるレギアス相手に自惚れがすぎるかと言われるかもしれないが、少しくらいは渡り合えるかと思っていた。
俺は八つ当たり気味にレギアスから受け取ったレーションを開き、中身をほおばった。
アークスに支給されているミートレーションだが、かみ応えがあり、濃縮された肉汁が口の中にあふれていく。
決して量は多くないが、すきっ腹を満たすには十分なポテンシャルだ。
「模擬戦の勝敗なら気にする事はない。単純に経験の差が出ているだけだ。その差も、お前が思っているほど大きなものではない」
俺の心を見透かしているのか、レギアスはそう言った。
「模擬戦と実践は違うとでも言いたいのか? 仮にそうだとしても、悔しいものは悔しいさ」
「その負けん気の強さも、師によく似たな」
「……俺はおっさんほど我がままとは思わないがな」
「そう思いたくなるのはわかる。だが、私からすればそっくりだ。まるで。本当の親子のようにな」
「……よしてくれ」
俺は軽く頭を抱えた。
ボサボサの髪と無精ひげと言う、お世辞にも清潔感があるとは言えない男の嫌みったらしい笑みが脳裏に浮かぶ。
レギアスが言う『師』とは、十年前俺をダーカーの軍勢から救い出してくれた一人のアークスの事である。
彼には……バテルからはフォトンの扱いから生き延びる術に至るまで、全てを授けてもらった。
だが、どうもあの人を『父親』と呼ぶ気にはなれない。
レギアスもよく文句を言っていた、自分勝手で独りよがりな性格の事もある。
かといって嫌いでもない。
だが、『父親』と呼ぶほどあの人を身近に感じているつもりはない。
想像すると、体がかゆくなって来てしまった
「気持ちはわかる」
レギアスはおかしそうに、そしてどこか懐かしそうに笑っていた。
「嬉しそうだな」
俺はふとそう言った。レギアスは少し驚いたように俺を一瞥すると、
「ああ。そうかもしれん。お前の中に、友の面影を見たような気がしてな」
「そうか」
「不服か?」
「いや、そうでもない」
俺とあの人を完全に重ねられるのは勘弁してもらいたい。
だが、あの人に……バテルにあこがれていたのは確かだ。
子供の頃、火の手の上がった市街地で見たあの人の強さに、俺は憧れた。
「アッシュよ。アレからバテルからの連絡はないのか?」
「まったく。あんたの所には」
「ルーサーとの決着がついた後、ひょっこり現れてな。それ以来、姿は見せていない」
「ルーサー……あの後に」
「ああ……」
レギアスは苦い記憶を思い出し、少し苦しそうに声を出した。
かつて俺は、オラクルとアークスを影から支配していたルーサーの陰謀により、レギアスをはじめ、全アークスを敵に回すことになった。
それまで苦楽を共にした味方全てに命を狙われると言うのは、正直言ってキツイなんてものじゃなかった。
だが、レギアスも辛かったはずだ。
ルーサーはアークスシップの管制を手中に収めていた。それはつまり、オラクルに住む全市民とアークスの命運を握っていると言うことになる。
言ってしまえば人質のような物だ。
その為、市民と全アークスを守るレギアスはルーサーの手駒にならざる終えなかった。
数十年もの間、屈辱にじっと耐えながら。
今思うと、マザーシップで対峙した時のレギアスはどこか憔悴し、疲れ果てているようにも見えた。
だが、今はそんな楔は粉々に打ち砕かれていた。
レギアスを始め、三英雄と言うアークスの最大戦力が壁として立ちふさがったのを、マリア、ヒューイ、そしてゼノ先輩に助けられ、エコー先輩に励まされ、マトイやクーナと戦い……。
最後には大勢の仲間達と共に、ルーサーを倒す事が出来たのだった。
ルーサーとの戦いに決着がついた後、レギアスは正式に謝罪に来てくれ、その事はそこで終わりにしている。
だが、本人にとっては忘れられない、いや、忘れるべきではない失態として記憶に残しているのだ。
俺の知る限り、レギアスほどくそまじめな男は見た事がない。
「っふ……」
「どうした、何がおかしい?」
「いや、悪い」
つい、笑みを浮かべてしまった俺に、レギアスは顔を上げた。
俺は空を見上げ、青空を見つめる。
「あんたとおっさん。……正反対だなっと思って」
「そうだな。確かに、かつては私が奴のブレーキ役だった。私の頭もこうして固くなったのは、きっと奴のせいだ」
「二人はそんなに頻繁に組んでいたのか?」
「ああ。私達がまだ若かった頃にな。あの時のバテルは、戦闘本能の塊のような男だった。誰よりも早く敵陣に切り込み、敵を切り裂いていく。
恐れや憎しみではない。ただ、純粋な破壊衝動が、奴の全てだった」
「あのおっさんが?」
俺は目を丸くする。
まるでやんちゃな子供をそのまま親父にしたような男が、そんな獰猛な男だったとは思わなかった。
レギアスは「知らないほうがよかったか?」と聞いてきたが俺は首を振った。
思えば、育ての親でもあるにも関わらず、俺はバテルの事を知らなかった。
その為、レギアスの話には興味がわいた。
「奴には大分苦労させられた。命を落としかけたのも、一度や二度ではすまなかった」
「けど、俺の知っているおっさんには、あまりそういう感じは見られなかった。単純に年をとったから……って訳じゃなさそうだな」
「色々あったのだ。奴にも……私にも」
その時だった。
アークスシップにいるシャオから、通信が入った。
「どうした?」
『訓練中にゴメン。直ぐ、こっちに戻ってきてもらえないかな?』
「何かあったのか?」
『君宛にメッセージが届いているんだ。僕も把握していない形式で』
「わかった。直ぐ戻る」
ちょうどミートレーションも腹に収まっていた頃だ。
俺は立ち上がると、ぐっと伸びをした。
「厄介ごとにならなければいいがな」
「そうだな」
今まで立て続けにいろんな事があった。
惑星ハルコタンでの【双子】との死闘。【深遠なる闇】の復活。依代を失った【若人】の出現。
全てを通じて宇宙の命運を左右する大きな戦いだった。
それも、未だ終結しているわけではない。戦いは今でも続いているのだ。
「アッシュ。あまり考えすぎるな」
いつの間にか顔をしかめていたらしい。俺の肩に、レギアスの手が置かれた。
「自分一人で抱えようとするのは、お前の悪い癖だ。忘れるな。お前には仲間がいる」
「ああ。わかっている」
脳裏にさまざまな人たちの顔が浮かんだ。彼らは総じて、『お前は働きすぎた』と言う。
「ありがたいもんだな」
「ん? どうした?」
「いや、なんでもない」
シャオを待たせるのも悪い。俺はテレパイプを開き、キャンプシップへの道を開いた。
「またよかったら訓練に付き合ってくれ。やられっぱなしなのは癪だからな」
「いいだろう。だが、そう簡単に勝ちを譲るほど、私は大人じゃないぞ」
「むしろ、そうじゃなきゃ困る」
笑って手を振りながら、俺はアークスシップへの帰還を急いだ。
◆
「ああ。来たね」
ショップエリアの中心にあるモニュメントの前……シャオはいつもの場所で待っていた。
「俺宛のメッセージって、一体何なんだ?」
開口一番、俺はシャオに質問を投げかけた。
背の低い少年のような外見をしている彼は手元に立体ディスプレイを表示させ、眉間にしわを寄せる。
「僕やシオンが調査対象として定めていなかった惑星からのメッセージでね。アークスには馴染みのない形でメッセージが届いたんだ……『助けてくれ』とね」
「救難信号とでも言った所か。 発信源の惑星は、どんな所なんだ?」
「ナベリウスに似た所でね。緑が豊かで綺麗な星だ」
シャオのディスプレイに表示された星を見て、俺は目を見開いた。
惑星一面を覆う鮮やかな緑と、星を包み込む鮮やかな青い光。
「やっぱり、知っているんだね」
俺の反応を見て、シャオはそういった。
「俺は子供の頃、六年間この星で生活をしていた」
「例のバテルというアークスと一緒に……だね」
「ああ」
いわば俺の起点となった惑星でもある。
懐かしさから、バテルと共に過ごした日々が脳裏を駆け巡り……。
……その殆どが、自由気ままなおやじの気まぐれに振り回された思い出だとわかり、慌てて頭を振った。
「それで、調査に行け。ってことなのか?」
「端的に言えばそうなるね。本当は、君にはしばらく休んでいてもらいたいんだけど……」
「名指しで呼び出されているんだ。無視をするわけには行かないだろう」
「それもそうだね」
話は決まった。
メッセージの意味や、あの星に何が起きているのか。
あれこれ考えていても仕方がない。
「僕が把握する限り、あの星にはダーカーの影は見られない。でもだからこそ注意してくれ」
「ああ。わかっている」
何もない所から『助けてくれ』などと大それたメッセージが来るはずもない。
早速出発の準備をしようと踵を返した。
その目先に、顔なじみの姿があった。
「うおッ!?」
唐突の出来事に、思わず変な声が出てしまった。
「あ、ごめんなさい!」
その声に驚いて、彼女は反射的にそうそう言った。
一連の流れが面白かったのか、シャオが愉快そうに笑っていた。
「やあマトイ。検査は終わったの?」
「うん。問題ないって。任務にも戻って良いって言われたよ」
「そうか。それはよかった。けど、無理をしちゃだめだよ?」
「うん」
奥歯をかみ締めながら睨み付ける俺に見せないようにしながら、シャオは笑いをかみ殺していた。
俺はため息が漏れた。
惑星リリーパでの防衛戦が終わってから、緊張の糸が切れたかのように精神がたるんでいるように思えた。
皆は無理をするなと言ってくれるが、こういうのは非常によくない。
そもそも、さっきの訓練だって、この精神の緩みが招いた結果なのではないだろうか。
「ゴメンゴメン。アッシュ、そんなに怒らないでよ」
「別に怒ってなんかいない。自分の間抜けさに飽きれていただけだ」
俺の不機嫌面を見て、マトイが焦り出すのを見て、俺は彼女の頭に手を置いた。
多分、謝ろうとしていたんだろう。
それを先回りで「気にするな」と諭してやる。
「それでマトイ。俺達に用事があったんじゃないのか?」
「え?……え、えっとね? アッシュ、これから任務に行くんでしょ。よかったら、連れて行って欲しいな……なんて」
「マトイ。それは僕の方から許可できない。アッシュがこれから行く場所は、今まで調査の行き届いていなかったまったく新しい星だ。
そんな何が起こるかわからない惑星に、病み上がりの君を送るわけには行かない」
「うう……」
シャオにそういわれると、マトイはしょんぼりとしょぼくれてしまった。
叱られた子犬のように頭をたれる彼女を見て、俺はつい居たたまれなくなる。
「シャオ。この惑星は、他の星にはないフォトンの特性があって、心身共にリフレッシュさせてくれる。今のマトイにはちょうど良いかもしれない」
「アッシュ。君はマトイに対して少し過保護な所があるよ?」
「ダーカーの反応は見られないんだろ?」
「でも、さっきも言ったとおり何が起こるかわからない。いくら君がこの惑星に関して詳しいといっても……」
「なら、私も同行しよう」
俺とシャオの問答に、鋭い一声が割ってはいる。
「レギアス」
意外な人物の登場に、その場にいる全員が目を丸くした。
「レギアス。君自らが出撃するって……」
「私も長い事務仕事で体が訛ってしまってな。たまには船から下りなければ、実践の勘を失ってしまう」
「君の事だ。誰に留守を預けるのかは、もう目処はついているんだろ?」
「散々文句を言われたがな」
シャオがまた笑いを堪えているのを見て、なんとなく予想がついた。
パルチサンを豪快に振り回すキャストの女性と、その弟子である少女の怒りに満ち溢れた形相を思い浮かべて戦慄する。
後でとばっちりがこちらに来なければ良いが……。
「わかった。それじゃあ、二人の事はよろしく頼むよ」
「え? 私も行っていいの!?」
マトイがぱっと顔を明るくする。
シャオは笑ってうなずいて、
「でも、くれぐれも気をつけて。ちゃんと二人の言う事を聞くんだよ? いいね?」
「もう、私子供じゃないもん。それじゃあ、支度してくるね」
まるでピクニックに行く子供のように嬉しそうな顔で走っていくマトイを見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
「レギアス。理由を聞かせてくれないか?」
マトイの姿が見えなくなったところで、俺はレギアスに問いかけた。
「あんたが俺達に同行する理由。単なる運動や、マトイの護衛、と言うわけじゃないだろう?」
「やはり、見通されていたか」
するとレギアスは目の前に立体ディスプレイを表示し、俺に見せる。
「先ほどメールを確認していたところ。こんな物を見つけてな」
『レギアス。あいつの事、頼む。今度は絶対令なんて使うなよ?』
悪戯じみた文面。
短いメールだったが、俺はその背景にいる人物を即座に思い浮かべた。
「おっさん……」
「そうだ。送り主は、バテルの物だった」
◆
「綺麗な星だね」
アークスシップを飛び出し、目的の星へと辿り着く。
キャンプシップから見える鮮やかな緑色の惑星を見て、マトイが目を輝かせる。
「ああ」
俺はその後ろから第二の故郷ともいえる星を見て、目を細めた。
バテルによって発見されるも、ダーカーの出現が見られなかった為、名前をつけられていない惑星。
俺はバテルと共にそこを『ラージウッド』と呼んでいた。
Ep3 外伝 『父と子と』