活動報告(アッシュ・J・ケニーの日記、マター3 その1)不気味なナベリウス | とあるアークスの日常

とあるアークスの日常

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惑星ナベリウスは奇妙な星だ。
青々と広がる緑はとても優しく、吹き抜ける風も穏やかだ。
そんな緑の森を抜けると、景色は一変する。
青々と茂っていた木々はなりを潜め、視界は真っ白な雪で覆い尽くされる。
ツンと鼻を刺す寒さが逆に心地がいい、凍土地帯が広がっている。
そう、ナベリウスは二つの顔を持っている。穏やかな気候の森林地帯と白銀の凍土地帯。
この二つがつながっている。
奇妙だった。
本来なら、この二つのエリアは、キャンプシップ等の移動手段を用いなければならないほど離れて居なくてはならないはずだ。
それが歩いていると突然景色が一変する。そんな事がありえるのだろうか。
当時、ナベリウスを探索していた多くのアークスが疑問に思っていたことだが、その疑問にいち早く目をつけた人物がいた。
科学者のロジオ。
終了任務の後、数々のクライアントオーダーをこなしている内、彼に出会うことになる。
惑星の地質調査を専門とし、自分の研究内容に誇りと熱意をもった男だ。
それ故、専門分野の事となると周りが見えなくなってしまうのが玉に瑕だ、
そんな彼の依頼は、簡単なナベリウスの地質調査だった。
初めは、数多くのクライアントオーダーの一つにしか考えていなかった。
アークスとしての経験を積むつもりで挑んだこの任務が、それから先の事態を大きく動かすことになるとは、流石に考えもしなかった。
多分、あの調査が全てのきっかけだったと思う。


その頃、また新たな噂話が出回るようになっていた。
何でも、アークスを無視し、何かを探し回るような行動をとるダーカーが目撃されたという。
パティとティアという情報屋を名乗る、双子の姉妹に出会ったのもこの頃だ。
いつでも向こう見ずな元気百倍と言った感じの姉パティと、落ち着いていて暴走気味な姉のブレーキ役となっている苦労人のティア。
これから長く続くことになる交流の切欠は、何でもキチンと話を聞いた俺のことをパティが気に入ったから……、という理由らしいのだが、申し訳ないことどんな話をしたのか覚えていない。
何はともあれ、情報屋姉妹が快く提供してくれた情報の中に、探し物をするダーカーの件も入っていた。
通常よりも戦闘力が高く、油断したチームが返り討ちにあったのだと言う。
パティとティアも事実を調べる為、謎のダーカーを追ったと言うが、発見は出来なかったらしい。
だが、相手は一チームを全滅させる強敵だ。
出会わなくてよかったのかも知れないと、妹のティアは小さく笑っていた。


そんな奇妙な話を色々聞く中、ロジオから再び調査の依頼があった。
一度目の調査で持ち帰った森林地帯のデータを解析したところ、やはり奥地の凍土に疑問を見出したようだ。
熱帯地帯の奥にいきなり凍土が広がるなど、ありえない話だという。
だが、現実にそういった現象や地域が存在してしまっているのだから、彼も認めるしかなかった。
だからこそだろう。
何故、そんな奇妙な現象が起こっているのか。
ロジオは違和感を感じたが、それについてのデータを集めようにも、まるで、故意に隠されているかのように集まらなかったのだという。
俺はロジオの依頼を引き受けた。
個人的に、自身の専門分野に熱心な彼を気に入ったのもあるし、話の内容にも興味がわいた。
それまではさして気にしていなかった事実だが、改めて言われるとどうしてあんな変わった事になっているのか、確かめてみたくなったのだ。
好奇心もあったんだと思う。
それに、凍土で探し物をするダーカーの話も気になった。
確証は無かったが、この二つの事柄は、結びついているような気がした。
俺は再びナベリウスに降りた。



それにしても、アークスになってから、随分と様々な依頼をこなしてきたと思う。
ゼノが暇つぶしと称して、仕組みを説明するために依頼されたクライアントオーダーに始まり、俺は我武者羅に動いてきたと思う。
アフィンが心細いという理由で一緒に調査に行ったり、エコーが無くした杖を探しに行ったり……。
ただ生き延びる事だけを考えていた俺にとって、誰かに必要とされる事は新鮮で、嬉しくもあった。
それに、そうして沢山の人々と触れ合える事がとても心地よくもあった。
十年前、俺を拾って育ててくれたバテルによって、流されるまま生きてきたような物だから、アークスになった時はなんとも思わなかったが、
多分その時からアークスになってよかったと思っていた。
そして、今ではその気持ちはきっと強くなっている。



…話が逸れてしまった。
そうして、俺はロジオの依頼を受け、凍土の調査に降り立った。
熱帯から突然凍土へ移ると、その気候差に頭がくらくらしてしまう。
一面を覆う銀世界では、時折吹雪が襲い掛かり、苛酷な環境に対応した屈強な原生生物が牙をむいてくる。
一方、キラキラと光り輝くダイヤモンドダストが発生するなど、容赦の無い厳しさと神秘的な美しさと二つの顔を持つ。
その日の天候は穏やかで、調査は滞りなく進んだ。
そして、引きも良かった。


「妙ですね。ダーカーはアークスと確認すると、攻撃を仕掛けてくるはずですが」


その時の状況をモニターしていたロジオが言った。
そう、俺はダーカーに遭遇した。
パティとティアから聞いた、『探し物をするダーカー』に。
腹の大きなダニを思わせるダーカー、ブリアーダだ。それが二体。
遭遇した時、攻撃に備えて身構えたが、奴等はは一瞥もくれず、去っていこうとした。
噂の通りだった。
俺はロジオに断りをいれ、十分注意してくださいという了承を得て、奴らの後を追った。
そして、


「どうしました? 座標が止まっていますが、何かありましたか?」


ロジオの通信に心臓が飛び出すかと思った。
ブリアーダ達の後を追いかけたはいい物の、程なくして深い崖が行く手を遮り、それ以上の追跡は不可能になってしまった。
あきらめて本来の任務に戻ろうと、周囲を調査をしている時だった。
また、あの不快感が全身を襲った。
ロジオの声が遠くなる。一瞬、意識を失いそうになった。
ギリギリで踏ん張れたのは、それが二度目だったからなのかもしれない。
俺はブリアーダを見失う代わりに、奴を見かけた。


「あの、あの人は。もしかして、噂にあった」


やはり、ロジオの耳にも届いていたらしい。
そう、ナベリウスで目撃され、先日遭遇した仮面の男だった。
先日の記録で、奴については男か女か分からないと書いたが、今はあえて男であると言って置く。
その方が記述しやすいし、聞いた声音は明らかに女の物ではなかった。
音声加工されている可能性もあったが、一度ここで男としておこうと思う。
それよりも、俺は再び仮面の男と遭遇した。
それも、今度はこちらが見つけると言う形で。
俺は慌てて物陰に隠れ、様子を伺ってたところで、先のロジオの通信が入り、心臓が飛び出す想いをしたのである。


「すみません。しかし、あの人は……。何かを探しているようでしたけど」


ロジオの言うとおり、奴は辺りを見回していた。
崖の先に去っていったブリアーダー達と同じように、奴も探し物をしているのだろうか。
程なくして、仮面の男は移動を始めた。
俺は追おうとは思わなかった。
奴は俺の姿を見るなり突然斬りかかって来た。つまり、俺に敵意を抱いている。
もし戦闘になってしまえば、駆け出しアークスであった俺の実力では太刀打ちが出来ないし、さらに先日感じた体調不良もある。
奴が何者で、何を探しているのか気になったが、深追いは危険だと判断した。
仮面の男の姿が見えなくなり、体を蝕んでいた不快感も収まっていった。
だが、体から力がガクッと抜けてしまい、立ち上がるのも困難なくらいに疲労してしまった。
ロジオがそんな俺の異変に気がつき、大丈夫かと声を掛けてくれる。
これ以上の任務続行は辛い。申し訳ないが、調査の一時中断を申し出ようと思った。
その時だった。


音が聞こえた。


「音ですか? いえ、こちらでは感知できていませんが」


突然脳裏に響いた、キインという甲高い音。
その音が何故か体の中に反響していく感覚があった。
すると、体に力が戻っていった。
立ち上がるのも辛かった足に力が入り、気力が溢れていく。
体調を気遣うロジオに大丈夫だと告げると、俺は調査を再開した。
依頼主の科学者は気のいい奴だった。
本当なら、自身の依頼した調査を優先して欲しいと言う所だが、ロジオは嫌な顔一つせず、俺の申し出を了承してくれた。
俺が聞いた音の出所の調査だ。
体調不良から来る幻聴の可能性だってあるのに、本当に気のいい奴だ。
仮面の男が近づいた事によって引き起こされた不快感は完全に解消し、そのまま調査を続行することが出来た。
音は頭の中で鳴り続けていた。
不思議と、その音に呼ばれているような気がする。
雪を踏みしめ、歩いていくと、次第に音は大きくなっていき、やがて消えた。
そこは巨大な氷の壁に阻まれた袋小路の様な場所になっている。
行き止まりか。ふとそう思った矢先だった。


「あ! あそこに」


ロジオが気がつく。
消えた不思議な音と入れ違いになったかのように、奇妙な結晶体が姿を現した。
みたところ、氷の塊の様な形や色をしていたが、どういうわけか自然に出来た物ではない気がした。
そもそも、自然に出来た氷の塊が、宙にフワフワ浮いているというのが不自然だ。
それと同時、ロジオには聞こえなかった不思議な音は、この物体から発せられていると確信した。
何故そう思ったのかは分からない。
ただ漠然と、この謎の物体が、俺を呼び寄せている。そんな気がした。
直感に従い、ロジオが警告する声を無視し、無造作に手を伸ばした。
予想していた氷の冷たさや固さはまったくなく、伸ばした手はスルリと結晶の中へ入っていく。
まるで、この不思議な物体が幻であるかのように。
伸ばした手に、何か感触を感じる。俺はそれを握り締めた。
すると、結晶は光を放つと、役割を終えたとばかりに姿を消した。
残された俺の手の中には、奇妙な棒があった。


「何でしょうか。パラメーターからみると、武器……のようでもありますが」


ロジオは俺と同じ事を考えていた。
握り締めた棒には細かい装飾が施されており、先端は花のつぼみの様に膨らんでいる。
まるで、綺麗に彩られた杖のようでもある。
だが、ロッドにしては短すぎるし、ウォンドにしては打撃に向く形状をしているようには見えない。
アークスの残留物ということも考えられるが、奇妙な結晶の中に隠されていた点を考えると、そんな単純な代物だとは思えなかった。
凍土の景色に溶け込んでしまいそうな真っ白な物質。
俺はしばし、それから目を離す事ができないでいた。
頭の中に響いてきた音は、間違いなくこの物体から発せられた物だと思った。
そして、その音は俺を呼ぶ声だと何故か確信していた。
ならば、何故、これは俺を呼んだのだろう。
俺に発見されることを望んでいたのなら、何故、俺を選んだのだろう。
考えても仕方が無い事だが、俺はしばらくの間、視線を奪われ、身動きが取れないでいた。
だが、突然襲い掛かった不快感に体が反応した。

――背後から、黒い剣の斬撃が飛んできた。

咄嗟に身を投げてかわせたのは奇跡だと思う。


「あの人は」


目の前に佇んでいたのは、仮面の男だった。
俺の頭を叩き割ろうとした真っ黒なソードを向けて、奴はいう。


――それを渡せ。


後は問答無用だ。
こちらの返答などお構い無しに、奴は襲い掛かってくる。
かなりの長時間に及んだ探索の疲労に、奴と対峙した時に掛かる得体の知れない気持ち悪さも重なって、まともに応戦できる状態では無かった。
正直、死を覚悟した。
だが、俺は先輩に恵まれていた。


「危ないところだったな」


どうやら、熱心に人々の依頼をこなしている俺を、ゼノは暖かく見守ってくれていたようだ。
ロジオの依頼を受けて、ナベリウスに出撃した俺の後を追って、その様子を確かめに来てくれたらしい。
まったくお人よしな先輩だが、そのお陰で九死に一生を得た。
ゼノと共に俺の後を追いかけていたエコーが仮面の男の姿を見て戸惑っていた。
お世辞にも、正規のアークスとは思えない禍々しさを漂わせている仮面の男のデータを、ゼノに叱咤されて調べ上げる。
依然、森林地帯でゲッテムハルトがつれていた女性、シーナが調べた時と同じように、該当するデータはない。
さらに混乱するエコーを尻目に、ゼノは問いかけた。


「オイ、お前。所属を言え」


その問いに、仮面の男は斬撃をもって回答した。
邪魔をするなら殺すと言わんばかりに。
仮面の男との戦闘が始まった。



ゼノが仮面の男の攻撃を防ぎ、俺は隙を見計らって攻撃を仕掛ける。
それをエコーがテクニックでバックアップする陣形で、戦いに挑んだ。
体を動かすのが苦痛なほど不調だったにも関わらず、戦いに参加することが出来たのは、先輩に助けられっぱなしじゃあ格好がつかないという、くだらない意地のせいだ。
多分、それ以外に理由は無かったはずだ。
そう、未熟で疲労困憊だった俺の助けなど必要なかったのだ。
目が回るような仮面の剣さばきを、ゼノは楽々と防いでいたのだから。
……これは後の話しになるが、これでハンターに適正が無かったというのだから驚きだ。
ともあれ、お互いに決定打を出すには至らず、戦闘は硬直状態にもつれ込もうとしていた。
その時だった。
俺の手に握られた不思議な棒の先端が光り輝いた。
仮面の男はその現象に意識をとられ、ゼノはその隙を見逃さなかった。
強烈な一撃が、仮面に叩き込まれた。


「オイオイ。業物がかけちまったよ」


ゼノは己のソードを見つめてつぶやいた。
そして、不敵に笑う。
鍛えた業物の一撃は、敵の仮面を砕いていた。
男はヒビの入った仮面を押さえ、露出しかけた素顔を隠しながら、憎憎しげに俺の名をつぶやいた。
そして、引き時と判断したのだろう。
驚異的な跳躍をみせ、瞬く間に俺たちの前から姿を消したのだった。


「ふう。おっそろしい奴だったな」


そういって、ゼノは笑った。
俺は直ぐにでもその場に座り込みたかったが、妙なプライドがそれを許してくれない。
そんな俺を、頼りになる先輩はウンウンと頷いてみていた。


「お前もその状態でよくがんばったな。色々と気になることはあるが、細かい話はロビーに帰ってからでも出来るだろ。とっとと帰ろうぜ」


それには大賛成だった。
早く帰って、ゆっくりと休みたい。
ゼノは欲しかったデータも集まっただろうと確認を取ると、依頼人のロジオは通信の向こうで「はい。十分に集まりました」。
と答えた。


「しかし、何故、依頼の内容をご存知なんですか?」


ロジオのそんな疑問に、ゼノは得意げに胸を張ってみせる。


「先輩ってのはな、気になる後輩の行動は、全部把握してるもんなんだよ」


まるで、小さな子供が危ない目にあわないように、常に気を張っている保護者の様な言い方だ。
未熟者であることを痛感させられ、少し悔しく思った。
だがそれ以上に、自分の任務だってあるだろうに、凄い人だと感心した。
したのだが……。


「何言ってんのよ。全部私に調べさせたじゃない」
「っちょ、いきなりばらすなって!」


エコーがジロリと睨むのに、ゼノはあーあと声を上げた。
この二人のやり取りを見て、一気に緊張感がほぐれて行った。
最初にであった頃から、この二人のやり取りは好きだった。
本人達には悪いかもしれないが、みていると和やかな気分にさせてくれる。
いい先輩にめぐり合えたな。
その出会いに感謝し、俺達はアークスシップに帰還した。

謎の武器の破片と共に……。