ファッションのパワーを伝えたい~
はじめまして 。
PSJ13期生 YOYOこと オサレノト陽子と申します。

ナイジェリアとイギリスの血を引く夫と小学生の娘2人の4人家族。
鎌倉在住 43歳の主婦です。
物心ついた頃から着ることはワクワクすることでした。母の手作りを着て育ったことが 少なからず影響しているのでしょう。
夢は 「ブティック経営」(小学校の卒業文集にそう書きました) 。
中学校の修学旅行には 決まりを破って 人一倍派手なシャツを作って着て行ったり 着ることが大好きで 装うことが最大の自己表現でした。
折しもDCブランド全盛期 高校は私服。ねだって買ってもらうには限りがあり 足りないものは 自分で作り それを着て通学しました。休日には 好きなブランドのショップを巡り 鏡の前でデザインを見たり 服を裏返しては 縫製手順や作り方のヒントを探しました。
短大被服科を卒業後 紳士服 婦人服の接客販売を4年経験。その後 2年間専門学校で学び直し アパレル企画会社に就職しました。
アパレルメーカーの企画室で デザイナーやマーチャンダイザー 商社マンと 時には工場にも足を運び モノ作りに携わりました。知らないことばかりで 驚きに溢れる毎日。土曜も日曜もなく 寝る間も惜しんで働きました。アパレル業界で働けることを心底楽しんでいました。
担当だった材料の仕事には すぐにのめり込み 材料の面白さを知り 特に 輸入材料に関しては誰にも負けたくないと 入社5年目にはイデア コモ(イタリアで開催される世界最大のアパレル材料の展示会)に行く心づもりでいました。
そんな時に結婚。家庭を優先し 一切アパレルから身を引きました。それから14年 2人のこどもを授かったほかにも アパレル漬けだった生活からは予想も出来ない経験を沢山しました。
特に 夫の度重なる事故と入退院 職場のパワーハラスメント それらにより繰り返す失業 貧困。こどもを抱え ただおろおろと不安な夜を過ごしたこと。この経験は 東日本大震災とともに 命があって生かされていることのありがたさを知る わたしにとっては 必然的な経験であったのだと 振り返ることができます。
14年間 遠回りをしたようですが 全てが 無学無教養なわたしにとって 気づきと学びの機会でした。今 生かされている この命を全うするには 大好きなアパレルの仕事に再び身を捧げることと思い至りました。
抱え込んでいた頭をもたげると パーソナルスタイリストという仕事が視界に入り 間も無くファッションレスキュー 代表 政近準子氏の セオリーに触れ 深く感銘を受けることとなります。
『ギフトファッション』
ロジカルに装うことでファッションはギフトになる
わたしにとって全く新しい概念でした。
そして確信しました。このセオリーを学びたい この人から学びたい この人から学び取れること全てを学んで ファッションのパワーを伝えたい。自分の「好き」は半端じゃなかった。装うことが本当に好き。
PSJ13期のメンバー全員 一丸となって怒涛の学びの中にいます。その中で 政近準子氏から与えられた個人個人への課題。わたしには 『微笑み』。
この課題にも心が震えました。
ファッションのパワーを伝えたいのなら プロならば どんな悲哀も苦悩も困難も ファッションのパワーを借りて新たなパワーに変えられる。そして そのパワーをたたえた微笑みができなければ 本物ではない。自ら体現できなければ 他人に伝えることはできない。わたしは そう理解しました。
いかに表情に乏しい14年間を過ごしてきたのかを思い知り 愕然としましたが 己を知ることは一歩前進。
毎日 鏡に向かって
PSJ13期の仲間にありがとう‼︎
講師の皆様にありがとう‼︎
代表 ディレクターにありがとう‼︎
支えてくれる友達にありがとう‼︎
いちばんの理解者である家族にありがとう‼︎
わたしの過去にありがとう‼︎
ファッションのパワーを伝えます‼︎
これを声に出して 微笑みの練習をしています。
超一流の本物のプロパーソナルスタイリストになります。
それこそが わたしの決意です。
どうぞ よろしくお願いいたします。
長文 最後までお読みくださりありがとうございました。


