日本で唯一!パーソナルスタイリストのプロ養成 政近準子の学校 資格 パーソナルスタイリストジャパン -25ページ目

日本で唯一!パーソナルスタイリストのプロ養成 政近準子の学校 資格 パーソナルスタイリストジャパン

メディアで圧倒的な支持、NHK、日本経済新聞で日本で初めてと報道!パーソナルスタイリスト創始者、政近準子が立ち上げた、日本唯一のパーソナルスタイリストの学校です。

~与えられた命を全うしたい
ファッションのパワーを伝えたい~

はじめまして 。
PSJ13期生 YOYOこと オサレノト陽子と申します。





ナイジェリアとイギリスの血を引く夫と小学生の娘2人の4人家族。
鎌倉在住 43歳の主婦です。

物心ついた頃から着ることはワクワクすることでした。母の手作りを着て育ったことが 少なからず影響しているのでしょう。
夢は 「ブティック経営」(小学校の卒業文集にそう書きました) 。
中学校の修学旅行には 決まりを破って 人一倍派手なシャツを作って着て行ったり 着ることが大好きで 装うことが最大の自己表現でした。
折しもDCブランド全盛期 高校は私服。ねだって買ってもらうには限りがあり 足りないものは 自分で作り それを着て通学しました。休日には 好きなブランドのショップを巡り 鏡の前でデザインを見たり 服を裏返しては 縫製手順や作り方のヒントを探しました。
短大被服科を卒業後 紳士服 婦人服の接客販売を4年経験。その後 2年間専門学校で学び直し アパレル企画会社に就職しました。

アパレルメーカーの企画室で デザイナーやマーチャンダイザー 商社マンと 時には工場にも足を運び モノ作りに携わりました。知らないことばかりで 驚きに溢れる毎日。土曜も日曜もなく 寝る間も惜しんで働きました。アパレル業界で働けることを心底楽しんでいました。
担当だった材料の仕事には すぐにのめり込み 材料の面白さを知り 特に 輸入材料に関しては誰にも負けたくないと 入社5年目にはイデア コモ(イタリアで開催される世界最大のアパレル材料の展示会)に行く心づもりでいました。

そんな時に結婚。家庭を優先し 一切アパレルから身を引きました。それから14年 2人のこどもを授かったほかにも アパレル漬けだった生活からは予想も出来ない経験を沢山しました。
特に 夫の度重なる事故と入退院 職場のパワーハラスメント それらにより繰り返す失業 貧困。こどもを抱え ただおろおろと不安な夜を過ごしたこと。この経験は 東日本大震災とともに 命があって生かされていることのありがたさを知る わたしにとっては 必然的な経験であったのだと 振り返ることができます。
14年間 遠回りをしたようですが 全てが 無学無教養なわたしにとって 気づきと学びの機会でした。今 生かされている この命を全うするには 大好きなアパレルの仕事に再び身を捧げることと思い至りました。

抱え込んでいた頭をもたげると パーソナルスタイリストという仕事が視界に入り 間も無くファッションレスキュー 代表 政近準子氏の セオリーに触れ 深く感銘を受けることとなります。

『ギフトファッション』
ロジカルに装うことでファッションはギフトになる
わたしにとって全く新しい概念でした。

そして確信しました。このセオリーを学びたい この人から学びたい この人から学び取れること全てを学んで ファッションのパワーを伝えたい。自分の「好き」は半端じゃなかった。装うことが本当に好き。

PSJ13期のメンバー全員 一丸となって怒涛の学びの中にいます。その中で 政近準子氏から与えられた個人個人への課題。わたしには 『微笑み』。

この課題にも心が震えました。
ファッションのパワーを伝えたいのなら プロならば どんな悲哀も苦悩も困難も ファッションのパワーを借りて新たなパワーに変えられる。そして そのパワーをたたえた微笑みができなければ 本物ではない。自ら体現できなければ 他人に伝えることはできない。わたしは そう理解しました。
いかに表情に乏しい14年間を過ごしてきたのかを思い知り 愕然としましたが 己を知ることは一歩前進。

毎日 鏡に向かって
PSJ13期の仲間にありがとう‼︎
講師の皆様にありがとう‼︎
代表 ディレクターにありがとう‼︎
支えてくれる友達にありがとう‼︎
いちばんの理解者である家族にありがとう‼︎
わたしの過去にありがとう‼︎
ファッションのパワーを伝えます‼︎
これを声に出して 微笑みの練習をしています。

超一流の本物のプロパーソナルスタイリストになります。
それこそが わたしの決意です。

どうぞ よろしくお願いいたします。

長文 最後までお読みくださりありがとうございました。

初めまして PSJ13期生 「よか」こと中国出身の楊華と申します。
どうぞ宜しくお願い致します。




私は中国で師範大学を卒業した後、日本から渡中された教育団体の先生方々と生徒達の交流活動の企画、運営などの仕事を担当していました。
その際、言葉の壁を感じ、1997年留学生として来日。
奨学金を頂きながら、日本の大学で日本の教育について勉強しましたが、四年の学部生活を終えても、まだ、自分が思い通りに日本語を話せない、文章も書けないことに気づき、更に大学院に進学することにしました。
2009年3月に日本文学博士号を頂き、現在、会社に勤めると同時に、通訳と翻訳の仕事もさせて頂いています。

長い留学生活の中、いろいろな方に助けられ、自分もいつかは御恩をお返しすることができるように、助ける側に回りたい、人の為にお役に立ちたい、と思うようになりました。
しかし、留学生活が終了した途端、急に燃え尽きたせいか、抜け殻のようになってしまいました。
未来のビジョンも見えないし、やる気も起こらない……ダラダラしているうちに年と洋服の数だけが増えました。
精一杯悩んでも「何かを変えよう」というの「何かを」がわかりませんでした。

その時、必ず毎日見ているテレビ東京のワールドビジネスサテライトの番組で政近代表と浜 潤一様のお姿を拝見して、「凛とした強い大人の女性」に心を惹かれました。
元刑事のお仕事をなされた浜 潤一様のこともあり、今からでも目標を見つけることも遅くない、という思いが湧いてきました。
元々食べ物より着るものをずっと大事にしてきた私は、それ以後PSJに入学できることを強く願って来ました。
大げさな話ではなく私にとっては、PSJはパーソナルスタイリストのプロを育成するところだけではなく、芯のある人間を磨くところでもある「駆け込み寺」なのです。

政近代表から
「助ける側に回るようになるには思うだけじゃダメです。これは必ず自分ならできる、人の役に立つんだとやることを決めるのです。そうしないと、<いつか>では間に合いません。」
と、耳が痛いほど心に沁みるお言葉を頂きました。
やっと本物のプロ中のプロに巡り合い、そして個性溢れる心強い16人の仲間もできたことで、ずっと一人でやってきた私はいきなり幸せ者になりました。

入学式の時には、自分の装いについて、私は次のように「控え目でいたい、目立ちたくない」と、説明させて頂いた覚えがあるのですが、この紹介文を書かせて頂いている途中で、それはただ、行動をしない臆病な自分の逃げ道を作りたい口実でしかなかったことにふと気づかされました。「結果を生み出すのは行動です。目標をもつ、自分を信じる、行動する。
これは結果を出すための、最強の3点セット。」これは樋口真理先生が私のコメントについて、おまとめ下さったお言葉です。
PSJを通じてプロになるには様々な大変厳しいことが待っているはと存じますが、もう逃げません。皆様とのご縁を末永く大切にさせて頂きながら、楽しく頑張らせて頂きます。
二ヶ月、二年後……ずっとそれ以後も私がどう変わっていくのか、今から楽しみにしております。


皆様、どうぞ、今後ともご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。
最後までお付き合い頂き、有難うございました。
はじめまして。「サチータ」こと笹原幸代と申します。
クラスメイトの中で最年長の48歳。今、全く新しい世界に挑戦する決意を致しました。




私は、27年間一筋に勤めた会社を一昨年退職しました。
会社員時代は、常に、仕事に対して真摯に、真面目に、本当に一生懸命働きました。
その時間はとても喜びに満ち輝いていて、そこで作られた自分、そしてたくさんのことを教えてくださった諸先輩方、共に歩み 共に競い合ってきた仲間は、今もって宝であり誇りです。

しかし人生は一度切り。
退職を決め、夢を叶える為、学校に通うと同時に現場での修行に入りました。
ひとりの大人として独立する意思満々でありました。
ところが、学べば学ぶ程、その道が遠く険しいことを目の当たりにし、その中で、自分が本当にやりたことは何なのかがわからなくなりました。

よく考えると、私は会社を辞めた時点で、全く覚悟が足りていなかったのです。
本物と共に現場に立つ中で、いくら本気であっても、覚悟のない甘い自分は一生本物にはなれない。そう思いました。
っと深く、本物でなくてはならないと。

本物になりたい。出直したい。その悩みの中で出逢ったのが、政近準子代表のホンモノさと真のプロフェッショナルというものであり、パーソナルスタイリストという仕事でした。
魂が震えるような出逢いでした。


すべては人。そう信じてきた私にとって、パーソナルスタイリストという仕事こそ、いくら考えても、自分が心底 動かされるものでありました。
ひとりひとりに心から寄り添い、その人の人生が輝くきっかけを作る。その方が病める時も健やかなる時も寄り添っていく。深く、深く、限りなく深いものです。

プロフェッショナルになる。心のこもった美味しい珈琲を入れ、その方をお迎えする。そう強く決意し、この先の高く厚い壁を壊していく覚悟を致しました。

最初の写真は、入学2日目、迫力もオーラも無い自分です。
27年の実積も、1年間の修行の成果も、何も滲み出ていない、すべてが中途半端で、言い訳が多く、弱くブレている自分です。
政近代表、講師の方々、そしてクラスメイト達と ”戦った” 数日の中で、そのこと自体を自分自身でしっかり咀嚼し、腑に落ちた。
その時、「本当に変わるのだ」「絶対にこういう人になるのだ」と覚悟が決まり、目標が定まりました。そして弱さの象徴である中途半端な髪を切りました。




「覚悟や決意表明は誰でもできる。本当の意味での覚悟、そして行動がなければ何もならない」 やっとスタートラインに立った私に、大切な友人がくれた言葉です。
本当の意味での覚悟と行動。
その先に、この27年と1年、そして生まれてからこれまでの すべて が繋がる。そう確信しています。
それが、これまで私にたくさんのことを教えてくださった方々と、共に過ごしてきた仲間、そして家族への恩返しであり責任でもあると思うのです。すべてを繋げ プロフェッショナルになる。それが自分自身への責任なのです。

クラスメイト17人。
全員揃って成長して参ります。
温かく見守っていただければ幸いです。