こんにちは、黒崎ことクロさんです。
すっかり暖かくなってきましたね。
おしゃれして出掛けたくなる気持ちの良い季節の到来です。
花粉症はひどいのですが、それでもウキウキしてくるから春の元気パワーは凄い![]()
ところで、私が洋服に関心を持つようになったのは、洋裁をしていた母の影響によるものなんです。
物心ついた時にはすでに洋裁の内職の仕事をしていた母は、負けず嫌いでしたから相当頑張って腕を磨いたのでしょう。来客が絶えず、子供心にお客さんが持ってきてくれる手土産を楽しみにしていたものでした。
その頃は、今と違って洋服を誂えるのが特別なことではなく、経済的なこともあって家庭で作っている人も多かったと思います。
ある意味贅沢な時代だったんですね。
ミシンと編み機があるのが当たり前の時代でしたから。
子供の時から、いつもそばには布地と、出来上がった服が人台にかけてあったせいか、今でも服を見る時に生地と縫製がとても気になります。
体格のよいお客様が見違えるようにすっと見える、欠点が目立たない服があるのもその頃に見てきました。
そして、輝くようなお客さんの笑顔は忘れられません。
小学生の時、母の手作りの新しい服を着た日は友達に自慢したくなるような、いつもよりちょっと胸を張って学校に行った記憶があります。
今考えてみると、人見知りが激しかった小学生の時(本当なんです!)
勇気を与えてくれる小さな戦闘服のような感覚だったのかもしれません。
学校での様子を知っていたであろう母の思いも洋服に詰まって、私に力を与えてくれていたんだと思います。
そんな私の一番の自慢の服が、母のお手製の中学と高校の制服でした。
当たり前ですが、何もかもがぴったりで、動く時にもストレスがなかったように記憶しています。
本当に格好よく作ってもらっていて、友達に「何か違うけど、どこで作ったの?」としょっちゅう聞かれる事がうれしかったんです。
残念ながら、長いスカート丈が流行った時は伸ばすことは出来ませんでしたが。
大人になってからは、母の仕事が忙しかったので、既製服しか着なくなり寂しい限りです。
こうして振り返ってみると、
洋服に随分励まされながら成長してきたんだなと思います。
親孝行しなくっちゃ!ですね。
今まで母がしてくれたように、形を変えて、今度は私が回りの人にその人らしく自信が持てる服、素敵に見える服を提供していく番ですね。
そのためのスキルを身につける為、がんばるぞ!!
写真は32~3年前にハマトラが流行っていた時に元町で買ったワンピースとその3年後位に買ったルーズタイプのブーツです。
いつ取り出しても古臭く感じないので、ずっと手元においてあったのを娘が大学生の時使ってくれました。ブーツは眠りから覚めて7年も履いているので、さすがにお疲れ気味になってきましたが、娘はとても気に入って毎年クリーニングに出しながら大事に履いてくれてます。嬉しいです!古臭く感じないのは完成形ってことなんでしょうか。

