6月15日の夢、気が付くと屋外に居て、何かのゲームに参加することになりました。

如何やら、陣地取らしいゲームである様で数人が同時に参加して、合図と共に幾つか大小の仕切りがあるマス目に足を乗せて、電子サイコロか何かで数字を出してから、その出た数字に合った場所のマス目に足を乗せて倒れない様に踏ん張ります。

そして、それから何回か数字を出して皆で先へ進んで行くのですが、行き先のマス目に隣接した場所に他者が居て接触したりしてスムーズに進めません。

 

何回か進むと他者と身体や足の部分が打つかりバランスを崩して足を踏み外し、関係の無いマス目に足が付いてしまいましたが、直ぐに体勢を取り戻して所定のマス目に何とか足を乗せて踏ん張り、ゲームを続けました。

その後、何とか無事にゴールまで辿り着きましたからやれやれと思いましたが、休憩をしていると審判から失格とか不適格とかと告げられて、先に進めず取り残されました。

 

夢から覚めて考えてみると、これは今までの遣り方や生き方では通用しなくなり、失格とか不適格になってしまうと言う事です。

それと言うのも、05-30「5月21日の夢、上位の階層領域帯へシフトアップする時期に入り進む」で紹介しました様に、これまでの先にある上位へ進化して向かい次元的な階層領域を、さらに上位へ一歩をステップアップを果たしたからと言えます。

しかし、上位へ進んでも未熟でおぼつかなくて環境に慣れず揺れと振動に怖くて、しゃがんで腰を下ろして立ち上がれない状況ですから前途は多難だと思います。

 

この様に未熟で上位の階層領域の環境に慣れず、揺れと振動に怖くて腰を下ろして立ち上がれない状況ですから、何事にも上手く行かずに失敗をすることになる様です。

それには、更に今迄の生き方と認識を新たにして聖なる方向を目指して、心構えを改めて心機一転を果たして生きる様に取り組む必要があります。

つまり、これまでとは違う新しいアプローチをしなければ、最早、物事が進まない事を指しています。

上位の階層にこれから慣れて能力・智慧が発揮される迄には、領域の環境に適応した様々な学びとか修練が必要になります。

 

菩薩行として未熟な魂・霊性の状況から今迄の人生観・生き方の価値観を転換する、新たな課題・試練が待ち受けています。

更なる高次元の波動作用により全く新しい自覚や認識に触れて価値観が転換され、新たにより聖なる意識が発現して開花して進化して行く事になります。

現世では金品を始め、様々な出来事や多くの巡り合わせた人々は教材・要素や道具であり、学びの機会(チャンス)を与えてくれる存在や自然(神)からの、無償による贈り物・借り物だと認識する必要があります。

 

ここで自分のモノ(所有)と言う横柄・下劣で偏狭な勘違いの考えから、魂の体験学習や試練に必要な教材(人も含む)やチャンスとして必要に応じて、「天から貸与されて用が無くなれば引き上げられる」と言う高次の天意が、自らの未熟な心・精神を顧みて執着を解放することで思考・意識を高めて何事にも動じない心が養われるのです。

それは、「この世はマトリックスの世界」とか「人生の目的と生き方」で紹介しました様に、「私たちが地上で魂の学ぶ過程で使用する全ての教材は、悉く自らの魂的な意に従って出現し、用足りて自ずから姿を消す、円満具足で清浄微妙の不可思議な世界であるのです。」と言う事項を再認識する必要があります。

 

地上は霊・魂が向上する学習過程にあり、人間は未熟で弱く不完全であるが故に心が不安定で躓き易く失敗したり過ちをしますが、利己的な本能は人間の天性であり教えなくても知っていて、煩悩が先に立ち生き方を殆ど間違えるものです。

人間は愚かで弱い存在であり楽で利己的に生きても日々の生活で上手く行かずに、躓いて落ち込んだり不平不満とか将来への展望や夢を失って絶望し自殺へ逃避したり、自暴自棄になり心に隙があると悪い誘惑に負けて堕落したり、何かの切っ掛けで魔が指して過ちを犯します。

それでも、失敗や過ちをする度に悔い改めて反省して改心と浄化し、人間性を高めて進化向上する存在であり、それが人生の目的でもあります。

 

この世の存在意義は魂・霊が地上で人生の体験を通して向上を目指し、学習と修行する試練の過程を指す場所であり、現象界に魂・霊が肉体を纏い人格(霊格)・品性(霊性)を高めて完成させる目的で、神の分霊が神の子として降臨して来るのであり如来とも言います。

 

その人が善い運命に恵まれないということは、その人の人格は低いものであり、品性は未熟で完成されてなく意識・思考としての想念が未だ「本当のもの」でなく、徳も乏しい証拠であるということなのです。

大衆の殆どは性格や人格を築く基準となる意識・思考の内容は、真理から離れた不完全で不安定なものであり、自我から出たところの利己的なものが多いと言えます。

つまり、人間のあらゆる行動力は様々な意識・思考から出た、想念の集積した力によって起こされると言えます。

 

 

ここで、他者と接触したり打つかると言うのは、不調和の状況を表しています。

ゲームは勝敗が付き物で必然的に競争が生じて、争いや戦いの心が強くなるものです。

人生の道を見誤ると物事が順調に進まずに打つかるは衝突・闘争であり、貪欲・怒り・執着・虐め・利己心などとハイアーセルフとの間で自己と内面で葛藤をしたり、他者との確執や葛藤で対立抗争を生むと言う不和や暗黒面の意味もあります。

 

潜在意識に罪の意識と負のカルマを背負っている場合は、表面的な自分の心・顕在意識とは裏腹に、思いも掛けない誤算が生じることになります。

人は誰でも心底に在る自らの良心に基づいて魂的な罪悪感から、人の道(自然の法則)に対して自己修正・是正の働きが起きて、自らを裁き「自己処罰と浄化排毒と清算」をする時期が来るのです。

 

それは、人の道を正そうとする自然な働き・作用でもあり、自己回帰の現象でもあり「己に背くが如く」に「潜在意識」は負のカルマを解消・解放させる清算に伴う、平衡や適正化の作用が動き出して粛清・粛正に向かう受難・災厄を引き寄せて、無意識の内に遭う様に行動するのです。

大衆の多くは、心から幸せや豊かさや平和や安心を願いつつも、カルマの作用で何時か人生を清算する時が来て、己に背くが如くに自己処罰が始まると知らずに不運や災難を呼び寄せて、禊・浄化や懺悔が伴い苦痛・苦悩が襲い人生から転落します。

 

潜在意識では、本質の自分である魂や霊が進歩や向上を遂げるために、必要な学習・課程であると認知して幸せを希求する事とは裏腹に「己に背くが如く」に、魂が自らの課題・試練を無意識の内に求めたり、知らず知らずの内に引き寄せて課せられるのです。

 

自己の貪欲と穢れから御霊・魂を悔い改めて浄化し進歩と向上することであり、心・意識の歪曲や穢れを禊・是正の浄化で解消・清算する、人間性の更生・回復と魂のヒーリング作用でもあります。

それも魂・霊の学習・修業する大切な経験であるとも言えます。その様な苦く辛い経験は魂に刻まれて霊性進化の道へと至ります。

 

ここで、不調和の状況から原点に戻って考えてみますと、2013/02/04(2020-08-20)「不思議な夢、堂々巡りから新心境へ、修行後に任務を開始して方策を見出す」で紹介しました事柄から、当時に心境は堂々巡りをしていると、ある夜の夢に老人が現れてきたのでした。

私は老人と丘陵のような所を歩いていました。老人は立ち止まり、手に持っていた杖を天に指し示したのでした。

ふと、前方の天を見上げると、杖を指した方の空中に「調和」という文字が、仕掛け花火の様に大きく浮かび上がってきたのです。

 

夢に老人が現れて「調和」という文字を見てから、強いインスピレーションを受けるようになり、「今、心を大切にせよ!これからは危急の時である、時間はない!、未来に起るべく地球規模の危機を人々に知らせよ!、その時期に備えて多くの人々に心の準備をする様に呼び掛けよ!。そして皆でその時期を共に乗り越えるがよい!、その方法を自ら修行して見い出すんだ!」と急き立てられました。

 

その後、心の修養を実践して新たな心境に変わってからはタイミングよく、夢に老人が現れて貴重なメッセージを受けつつも、資金不足の上に体調は芳しくありませんでしたから、細々と任務を遂行してきました。

人々の心遣いから生き方や人生観を正しい方向へ導く様にもする必要があると、インスピレーションを受けまして精神世界や真理の探究も続けて、不馴れで苦手な分野でしたから下手ながら文章の作成法を学びつつ取り組んでいました。

研究会の会報から発展してインターネットの普及に伴いホームページを開設したり、後にブログを通して発表・公開し紹介をして来た訳です。

 

不調和について他の解釈ではネガティブの利己心であり未熟さ故からであり、調和と言うのはポジティブの利他心で人格は高く品性は備わっている事を意味しています。

ですから、私たちは人生で様々な体験学習の過程を通して試練から教訓を得て、人間性を高めて利他心を養い品性を完成へ向けて進化し、意識と言動を調和した状態に持って行く事で聖人並となり、更には五次元世界のアセンドマスターへグレートアップするのが、人生の目的でもあります。

 

地球と人類は共に天位昇格で高次元へ移行すると言う事は、私たち人間は未熟な精神(意識)から覚醒(脱却)により、成人して大人(宇宙意識)の確りした精神へと向上する事であり、犯罪、破壊、戦争の災禍が蔓延る不良星から優良星に生まれ変わる事でもあるのです。

 

私たは自らを省みて心を向上させ高次元の新しい地球へ移行するか、或はこの侭で古い地球に残って留まるかの選択肢は、夫々の自由意志により強制はありません。

旧新どちらの世界へ進むかは貴方の潜在意識や霊性・魂の持つ、波動・周波数・振動の状態がどの領域の世界と一致するかどうか次第です。