ぼくのおうちには、めすのうさぎさんが一ひきいます。
名まえはゆうちゃん。
ぼくの名まえが あさたろう で、あさ。
いもうとが こひる だから ひる
だから、うさぎさんには ゆう と名まえをつけました。
よるちゃんでもいいのですが、それではなんだか、いけてないので。
ゆうちゃんはとてもかわいいです。
かわいくて、かわいくて、しょうがありません。
ゆうちゃんがいてくれれば、ぼくはおんなのひとなんかいりません。
ごめんなさい、それはうそです。
ゆうちゃんは、とてもくいしんぼうです。
たべものは草が大すきです。
あと、ぱいなっぷるとまんこーのかんそうしたのもすきです。
あ、りんごもすきです。
でも、ゆうちゃんのけんこうのため
草とつぶつぶのえさを中しんにあげていて
おやつをあげるのは、おやすみの日だけです。
ぼくはもっとおやつあげたいんだけどなあ。
ゆうちゃんは、ぼくがよんでもなかなかこないのに、
ぼくがたべものをもっていることがわかると
すぐにとびついてきたり、ぼくのからだによじのぼろうとしたりします。
ぼくの手からたべものをおいしそうにたべます。
でも、だっこは大きらいです。
ぼくがだっこしようとすると、すぐにげるので、ぼくはとてもはらがたちます。
そんなときは、
「このド畜生がぁ!!万物の霊長に逆らうのかぁ!オラ!!実験につこたろか!?抗体作製したろか!?オノレの身体で~!!」
とおもいそうになります。
でも、そんなことをおもってはいけません。
ぜったいにおもってはいけないのです。
それは人げんのおごりです。
どうぶつは生きているのです。
それはもともと人げんのためではありません。
まるでぬいぐるみをだっこするみたいにおもっているからいけないのです。
「だっこするなら、せくしーどーるにしておいきなさい」
とおこられました。
そのとおりです。
はんせいします、先生。
人げんは、いろんなかたちでどうぶつさんにたすけられて生きています。
だから、どうぶつさんにはかんしゃしなければなりません。
「ド畜生がぁ」
などとおもってはいけないのです。
そんなことをおもう人げんのほうが「ド畜生」なのです。
ゆうちゃんは、とてもおこりんぼうです。
めすのうさぎは、とても気がつよいそうですが、ゆうちゃんもそうです。
おこると「ぶ~~っ!」と、ぶたのようなこえを出します。
そして『うさぎぱんち』をしてきます。
まるであばずれです。
こわいですー(>.<)
でも、ぼくはやっぱりゆうちゃんが大すきです。
ゆうちゃんは、6じょうのおへやのはんぶんくらいをさくでかこって、その中でじゆうにしています。
ときどき、さくからだっそうすることがあります。
このまえの日よう日、ぼくがあさねしていると、だれかがふとんをたたいておこそうとしました。
ぼくは
「あ。きのうののみかいでさそったきれいなおねいさんがきてくれたんだ」
とおもって、きたいにむねをふくらませてうす目をあけました。
そしたら、そこにはゆうちゃんがいました。
がっかり。
ゆうちゃんは、ぼくのふとんに、『うさぎぱんち』をしていたのです。
「はやくおきてたべものをよこしなさい。ぶー!」
ぽんぽん。ぽんぽん。
ゆうちゃんのさいそくです。
なんてかわいいんでしょう。
(つづく)
前回の続き・・・の前に、
先週の金曜日、大学時代の部活の先輩から飲み会の誘いがあった。その人は現在西海岸の某大学で数理関係の准教授(Associate Professor)をしているのだが、日本在住の御父上が逝去され、この度、急遽一時帰国されたのだった。せっかくなのでこの機会に飲み会をとのこと。
御父上はかなりのご高齢であったこともあるせいか、式も過ぎて数日後の飲み会であったが、先輩はあまり嘆き悲しむそぶりはお見せなっていなかった。が、それでもどことなく寂しげな様子も見えたが。
この人、アメリカ生活が長く、アチラで結婚して、アチラで子供二人産んで、アチラで離婚して、アチラに骨を埋める覚悟であるそう。
現在シングルマザーなので、ラブサでも紹介しようかな、とも思ったが、そんなことをしたら『大変なこと』になるだろう・・・この自分が。
それはいいとして、先輩、もはや完璧にアメリカ人感覚の人で、我々日本人とはなんだか感覚がずれている。一つ一つ挙げるときりが無いのだが。なんせアメリカ人は友達関連の約束事では、我々日本人が考えがちな「予定時間の5分前に集合」などあり得ないこと。ともかく、時間には比較的ルーズな国民性を有する連中だ。そりゃ例外もなくはないが、大体が時間にはルーズであった。「早く来すぎると迷惑になる」など彼らなりの妙な言い分もあるのだが・・・。
とはいうものの、私も米国では、職場でもかなりラフい格好で過ごし、スーツを着たのは4年間でほんの数回であった(学会発表ですら普段着)。
そして今なお、その癖は抜けず、
黒のスリムジーンズ、ブーツ、ガラシャツ、ラフいジャケット
これが普段の通勤姿の一例だ。
夏場などは
サンダル、短パン、Tシャツ・リュックサック・サングラス
こんな格好でも通勤している。
もっとも、職場で短パンはさすがにマズいので、ちゃんと長ズボンに履き替え、靴(に見えるサンダル)、ボタンダウンのシャツ、白衣、といった格好にはなるのだが。
それに、サングラスなどは夏場に必要に駆られてかけるだけであり、その必要生が無い電車の中や屋内でも使用するほどの「変態」ではない!
(前回続き)
窮地に追い込まれた私は「窮鼠猫を噛む」よろしく、クルッと『進撃の巨根』じゃなくて『新劇の巨人』に向き直り直り、一撃で巨人を倒すために上段後ろ回し蹴りを喰らわそうとしたその一瞬の間隙を突かれ、夏の朝に似つかわしくない「冷たい金属の進撃」を私は左脇腹に感じた・・・
「な、なんじゃこりゃーーーっ!」(今回も『Gパン=松田優作』調に)
・・・と思たのは私の勘違いで、クルッと向き直て巨人と対峙した瞬間、巨人は私に向かって一言:
"Boy! You dropped.”(落としたぞ)
そう言って差し出した彼の手には見覚えのあるサングラスが。
ビュッフェの出口で落としたらしい。
腰が抜けそうになるのに耐えながら、私は
「さ、さ、んきゅう ぷりてぃー まっち、さー」
と言いながら、思わずポケットにねじ込んであった5ドル紙幣を巨人にあげてしまった。。。
小心者の私には生きた心地がしなかった早朝の出来事であった。
しかし!
ビビッてるのを悟られたくなかった私は
"I’m NOT Chinese. I am JAPANESE!! OK?"
と、ひ弱なナショナリズムに後押しされながら、精一杯の虚勢を張ってそう言い放ってやった。
巨人は申し訳無さげに一言
"Sorry…"
【教訓】 逃げるは恥だが役に立つケド場合によってはカドが立つ。
前回のブログで話題にしたビュッフェ近くでの出来事。
アメリカのダウンタウンではよくある光景だが、そのビュッフェの入り口にはいつも
Change!
と声を張り上げる男が立っていた。
正確には
Can you spare some change?
「釣銭おくんなはれ」
ということで、何のことはない。物乞いでだ。
そういう手合いはほぼアフリカンアメリカン。
だいたい無視したが、たまには1ドル未満をあげることもあった。
あげると大概が
Thank you, Sir. God bless you!
みたいなおべんちゃらを使われるわけだ。
また逆にこっちが
Sorry, I have no change.
などと一応言い訳すれば相手はすんなりと諦めてはくれたが。
そんな物乞いの服装は意外とちゃんとしたもので
近くを通っても臭さを感じたことはあまりまかった。
というか、毎日服が違うぞ。
冬場にはしっかり暖かそうなコート着たうえに手袋もはめていたし。
いやいやそれどころか、
夕方に小綺麗な自転車に乗って帰っていく姿を見かけた事あったぞ!!
はっきり言って彼らはホームレスではないのだ。
物乞いで生計を立てているのだ。
だから、残飯など絶対に受け取らない。
彼ら同士どうやら暗黙の了解があるようで、
曜日か何かでローテでも組んでるのか、
日によって違う人間が入れ替わりで立っていた。
中にはきったないオッサンとかもいて、
髪はボーボー、ヒゲ伸び放題、穴なの空いたTシャツ、
手に持った紙コップにはわざとらしく
「銭くれたダンナがいやしたぜ」的に
1ドル紙幣が数枚外から見えるように入れてある。
酒を欲しがることもしばしば。
こういう奴には要注意だ。
ある夏の日、かなりの早朝に出勤した。
件の店は、まだ客はほとんどいなかったものの、もう開いていたので、
コーヒーとベーグルサンドを買って足早に店を出た。
すると、身長推定2mの、あまり見た記憶のないアフリカンアメリカンが声かけて着たので
No change!!
的に、冷たくあしらい、職場へと急ぐため、近道になる駐車場に足を踏み入れていた。
と、どうしたことか、その巨人は私の後をついてきた。
しかも進撃しながら何やら叫んでいる。
足早に歩きながら耳をそばだてると進撃の巨人は
Yo! China boy! Wait Wait Hey!!Yo!!!
と叫んでいるようだ。
あ、やっぱり私のことだ!
チラリと振り返ると
なんと進撃の巨人の手には何やらキラリと光る物見えた!
うわーー!ナイフや!?何で何で?俺、やられるん〜?
小便ちびりそうになり必死で逃げたが、相手の速さといったら。。。
「米国〇〇州xx市でポスドクをしていた邦人が刺殺されました」
あくまで冷静な口調で淡々と私の身に起こった惨劇に関するニュースを読み上げるアナウンサーの様子が脳裏に浮かんだ。
。。。と、その瞬間、ふっと自分が自分でなくなった。
人間、恐怖のあまりどうしようもなくなると、最後は
「どーでもええわ!」
という気になるらしい。
これが世に聞く心神喪失状態?
さらに自分を鼓舞するため、私は心の中で自分に言い聞かせた。
「やるかやられるかや!
これでも若い頃格闘技しとたんやんか!
柔道二段みたいなモン(実際は初段)やし、
空手は茶帯(昇段試験受けず)やで!
こういう格闘の練習さんざんしたやんかー。
剣道・・・は体育でしかしとらんし武器もないし。
ええわい、いてもーたろー!」
いかに虚勢を張ろうと絶体絶命のピンチに変わりはない。
果たして ひかり遺伝学の運命やいかに?
誰か、助けて〜!
Help!
(つづく)
先ほど職場近くのコンビニで買い物をしたときのこと。
レジにいる韓国人とおぼしき二人の青年の一人の胸には
「研修中」だか「研修生」だかの文字。
日本語もまだ少し怪しい感じなので
まだ日本に来てさほど経ってないのだろうと察した。
考えてみるまでもなく、都内のコンビニの店員の大多数は日本国外の人だ。
地方でもその傾向はあるんじゃなかろうか?
とにかく、みんな頑張ってるんだなぁ。。。
勝手の分からない異国に居住し
どのような形であれ生活して頑張っていくということは
色々不便さを感じたり、辛い思い、様々な経験をすることはよくわかる。
「がんばれよ、研修生!」
と心の中で一声掛けて、その研修生君の今後の活躍を祈った。
そういえば「研修プレート」で思い出したが・・・
米国にいた頃
職場であった大学の近くにある韓国人が営むビュフェが安くて
非常に美味しくて、学生達にも人気があり、
自分もよく利用していた。
店の人は女性が中心で皆同じような顔立ちをしており
時折
「オモニー!(◯ナニーじゃない)○×▼凸△・・・」
とか叫んでいることがあったので、どうやら家族経営のよう。
ある日その店に行ったら
見慣れぬアジア系ではない女の子がカウンターにいた。
まだ勝手も分からず
しかも英語もまだよく話せないらしく少々戸惑っている様子。
ヒスパニック系とおぼしきその可愛らしい子の胸には
時折あちこちのカウンターやレジで見かける
"Be patient with me."
の文字が。
『まだ慣れていないのどうか堪忍して下さいね』と。
「君も慣れない異国で頑張ってるんだね!ウンウン全然気にすることないよ!俺もだよ!一緒に頑張ろうね!」
と、やっぱり心の中でだけつぶやいた。
さて
話しは戻るが、例のコンビニ研修生クン。
先輩の指導の下で研修に勤しんでいたが、
私のレジのとき・・・
珈琲の選択間違えるワ
レジ打ち間違えてやり直すワ
Edyと言ったのにSuicaの支払いにしてしまうワ
・・・と、ま、仕方ないよね。慣れないんだから。
「ああ。いいよいいよ。大丈夫。ありがとう」
これは口に出して言った。
失敗して学んでいくんだからさ。
次回間違えなければ良いさ。
うん。俺の番でだけたくさん間違えなよ。ウンウン。
そして、器の大きい男になれよ。
職場に戻り、研修生クンの行く末など考えながら
楽しみにしていた「肉まん」かじりつつ・・・と!
ええーーーーーーっ!
なんじゃこりゃーーーーーーーっ!(Gパン刑事調で)
今まさに私の口の中は芳醇な
「肉 餡」
を受け止める体制だったのだ!
にもかかわらず、
私の口腔粘膜はあんまーーーい甘いアンコに侵襲されたのだ!!
「あんの研修小僧~っ!!よりによってあんまんと間違えやがってーーー!
許さー--ーん!!!」
・・・なんと器の小さい私。
【気がつけば・・・】
ここ数年、どうやら本を買わなくなってしまった自分がいる。
つまり書店で売っている本を、だ。
代わりに、電子書籍の利用が確実に増えた。
同じ本であれば、積極的に電子書籍を買う自分がいるのだ。
紙媒体の新刊を購入することはまずなくなり、人気小説や話題になった本は電子化されるものも多いので、流行が去った後で電子化されたそれらを購入するのだ。
【決して嫌いじゃないケド】
紙媒体を煩わしいものとしているわけではない。ただ、「いつまでも」「かさばらずに」「いつでもすぐ読めるように」手元に置いておくため、あえて電子書籍を選ぶことにしているのだ。
そう。単に「機能性・利便性」によるものだ。
じゃが、文庫本の新書など、インクだかノリだか紙自体だかよう分からんが、本から漂う「あの香り」がなんとも香しく感じたりするので、ワシも若かった頃は、そりゃあ買うたばかりの新書にのお、思わず知らず鼻をこう近づけて、深こーに息を吸い込んだりして恍惚に浸ったもんじゃて・・・(誰?)。
・・・本好きの人で、そういう人は少なくないのじゃないかな、と思う。
はたから見てると「変態?」などと思われることもあるかもしれないが、決して「どこぞに干してあった人様の洗濯物」などではないので、良いと思う。多分。
しかし、電子書籍にはその味わいは無い。
それはそれで寂しいものがあるのも事実だ。
【青空文庫】
知っている人も少なくないだろうが、「青空文庫」なるネット上の図書館がある。
文豪の著名な作品も含め、様々な作者の著作権の消滅した作品を中心に、このサイトから利用者は自由にダウンロードしてそれぞれのアプリで読書を「無料で」楽しめる。私も利用者である。
ただ、先述の如く著作権が切れた、すなわち古い作品が大半を占め、当然ながら現代を舞台にした小説などは皆無であり、「いつの時代だよ?」的に思ったりする古臭い作品もある。もちろん名作も多いが。
個人的に好きなのは、
・『岡本綺堂』や『井上円了』の怪奇物
・読んでいてムカつくことも少なくない(笑)『北大路魯山人』の食と芸術に関する著述
・意外なところで、『江戸川乱歩』である。
それも「陰獣」や「人間椅子」あるいは「D坂の殺人事件」などエロの要素を含んだ作品ではなく、意外なことに今は少年探偵物が結構と面白く感じるのだ。年少読者に合わせるため文体は稚拙に感じてしまうが、何故か作品に引き込まれる自分がいるのだ。
他にも『坂口安吾』や『柳田国男』も良いなと思ったり。
いずれにせよ、これらが無料で入手できるのはありがたい!
【やはり古本も良い!】
一方で、古本屋でしか手に入らないない本も実は多いのだ。つまり、著作権は切れていないが、絶版となってしまった本の数々である。『安岡章太郎』のエッセー本などは、自分が過去に読んで面白かったものが絶版となっていたりする。これは寂しい。近頃ではWeb上で読みたい古本を検索して注文することもする。
ということで、最近の私は「新刊」にはあまり興味が無く、
『古本』と『ERO本』
これらにそそられる傾向があるのだ。
ちなみに『ERO本』とは
Electronic Refined & Organized Books をいう。
つまり「電子的に洗煉化され整理された本」のこと。
決してHなことを想像しがちなあなたが考えるような本ではないっ!
・・・・はい、ごめんなさい(汗)
ウソです。
そんな呼び方無いですね。
勝手に作りました。
『e-books』でしたね。
ごめんね、ごめんねー!
(^^;
最近、某ブログに極めて興味深い投稿を見た。
かいつまんで述べると:
昨今、性癖の「S」を自称する男に正真正銘のSは少ない
斯様な似非Sは単に受け身としてサービスを施してほしいだけだ
すなわち単なるワガママ男でしかない
ということだそうだ。
ふむ。
なるほど!と思った。
仮にだ、このS希少化的現象のような社会現象(大袈裟か?w)が事実だとして、さらに私がその手淫・・・じゃなくて、その主因が何たるかを推察するに・・・、
今日の日本の、それすなわち「自己愛」気質を持つ人の増加にこそに
その本質が隠れているのではなかろうか?という考えに至ったのである。
この点を踏まえた上で、先のブログの論旨に一点だけ補足させて頂くとするとするなら…
確かにSを自称する彼らは、一見するとワガママではある。が、厳密には、彼らは単なる『エゴイスト』とは少し違うのではないだろうか・・・?
結論を言えば、彼らは『自己愛主義者』なのではなかろうか?
と考えるのである。
『自己愛』すなわちここでは『ナルシ(シ)ズム』であるが、
これは精神医学上『利己主義』つまり『エゴイズム』とは明らかに異なるものなのである。
もっとも、考え方によっては『自己愛』と『ナルシズム』も明確に異なるものであり、
さらに『自己愛』は『利己愛』ともまた異なるものであるのだが。。。。
・・・って、ややこしい。。。
精神分析の創始者たるフロイト
自我(ego)と自己(self)を明確に区別したユング
そして『自己愛』と『ナルシズム』を精神医学の世界で初めて用いたエリス
さらに(正確には精神分理論とは異なるが)ピアジェ
他にもフロム、エリクソン、ラカン、、、、
・・・より真の意味で『自己』を捉えるには、精神分析の「学派」の同一性や違いに偏らず、に精神分析学者の極めて難解な理論に目を向けることも必要かもしれない・・・
・・・って、よくわからないけど(苦笑)
んがぁ!
ともかくダ。俗な言葉で表現すると
あくまで『自己愛』は「自分可愛い」が根底にあるのだと。
自分しか愛せないのだ、と。
「ア、アノコカワイイ・・・スキダナァ・・・」
の根底には
「アノコニアイサレタイ。ボクチャン」
という感情がしっかりと裏打ちされ、結局は
「ボクノコトヲアイスルノダヨ。ボクハモチロン、ミンナモネ!」
という思考というべきか情動というべきか、どっちにせよこのような深層心理へと回帰する。
そういえば、最近は『自己愛性パーソナリティー障害』も増えていると聞く。
これは、自己の理想と現実に乖離が生じることで、自己を受け入れなくなるものだ。症状によっては陰湿なストーカー行為にまで進む(落ちる)こともある。
確かに、なにやら訳のわからんストーカー行為による陰惨な事件が後を絶たない。
それもこれも、実は『自己愛』気質が増えたことによる弊害ではなかろうか、と私などは思わざるを得ないのだ。
そんな『自己愛』気質を増殖させた大きな要因に、私はマスコミやネット社会を含めたマスメディアの過剰なまでの発達を第一に指摘したい。さらに言うと、この日本の少子化社会を構築するきっかけを作り、かつ助長した意味でも、その責任の一端とすべてはマスメディアにあると思うのだ。
この論点について述べるのはまたの機会にしたいと思う。。。
ともかく、行き過ぎた自己愛はいけないのだ!
って、50歳過ぎても現役オ○ニストであり、自己を慰める、すなわち○慰が止められない・・・いや!止める気など毛頭無いバリバリの自己愛の根源たる私が言うのも何なのだが。
(オ○ニーやめられまへん!って俺は猿かっ(汗)?)
・・・私のサイフです(涙)
どんなに社会的地位がある(含む:未来形)人々の集まりであっても
やはり泥棒はいるもんだよ、うん。。。
つまり、どんな場にでも「悪い奴」はいるもんだ!
とりあえず、お金は仕方がないけど、カードとか会員証とか免許証はカンベンしてほしいわ、マジ・・・(涙)
そこで、あなたに質問。
【問】
以下の1~3に示した要素で、人の価値として最良および最悪の組み合わせを記せ。
1.A.容姿が良い/B.容姿が悪い
2.A.頭が良い/B.頭が悪い
3.A.性格が良い/B.性格が悪い
【解説】
この際、妬み僻みを排除したら、やっぱオールAが最も良い人物像なんじゃないかな?
・容姿端麗!美人!イケメン!美しーっ!
・かつ頭脳明晰!!いや、マジ頭いいわ!
・性格もすばらしい!キ、キミは「神」かっ!?
まるでドラマかなんかのヒーロー/ヒロイン。
ま、これ、ちょっと落ち着かなくて嫌だとか、引き立て役になるのが嫌、とかあるかもだけどw
んじゃ、最悪は?というと・・・やっぱり多くの賛同を得られそうなのが
1A、2A、3Bじゃないかな?
・容姿端麗!美しい!イケメン!
・かつ頭脳明晰!!
・でも性格がクソ、腐ってるワ、終わってるよね-。
これ、最悪っしょ?ちゃう??
あれ、ちゃうちゃうっちゃう?
ちゃう、ちゃうちゃうっちゃう。
(チャウチャウ犬)
わずか「性格の良し悪し」の違いだけでガラッと変わるもんだね。
こんな奴、アナタの知ってる人にもいるんじゃない?
もっとも、ここに挙げた例で、人間関係を構築する相手の要素として重要なのは「頭の良し悪し」と「性格の良し悪し」だけで、2の「容姿」は、実はあまり大きな意味は無いんだけど・・・。
でもやはり「美形の悪い奴」というのが、やっぱ最『悪』じゃないっスか?(苦笑)。より悪にするというかなんというか。
「もぉ、、、アナタって、悪・い・ヒ・ト」
ただ、頭の良し悪しを数値化するんだったら、例えばIQとかあるし、他にも頭の良し悪しを定量化する方法はないこともないよね。
けど、それらだって頭脳の極々一部に関して数値化したに過ぎないっしょ?
テストの偏差値だってそうじゃんね。
ましてや、「容姿の良し悪しの数値化」ってどうやってするの?
百歩譲ってIQを頭の良し悪しの数値とした場合、数値が高けりゃ高いほど頭が良いのは、まぁ納得するけど・・・。でも、容姿の良さってどうよ?BMI?身長と足の長さの比?何等身とか?鼻の高さ?目の大きさ?・・・いずれも、ある範囲内での相対値でしかないじゃんね。(まぶたの一重と二重は、まぁ絶対値だけどw)
コンピュータ使って人の好みを統計学的に処理・解析することで、容姿をある程度数値化するは出来るのかも知れないね。今よく言われる「ビッグ・データ」を活用することもあるかも。
でも、もともとそれらデータは、個々の人の価値観に依存するもので、決して絶対的な数値じゃないでしょ?
考えれば、性格の良し悪しの基準も希薄だしね・・うーん。
論点がよくわからなくなったけど、
要は、
首尾良く私のサイフを盗んだ奴は、頭良いけど性格は悪い、と。
オマエ最悪!と。
けど、ソイツの容姿は知らない(苦笑)
【オマケ】
警部「クソ-!一足遅かったかぁ。奴め!まんまと盗みおって」
お嬢さま「いえ、あの方は何もとらなかったわ。私のために戦ってくれたのです」
警部「いえ、奴は『とんでもないモノ』を盗んで行きました。・・・『あなたの使用済みパ…』・・・んがくく・・・」
お嬢さま「『あなたの心です』やっちゅーの!!」
私は女性が怖い。。。。
何故なら、
私は女性によく騙され、痛い目に遭うことが多い人生を歩んできたことから、一種の「女性恐怖症」になってしまったからである。
記憶をたどれば、
・・・古くは私が保育園生の頃、
スカートめくりをしている男の子からきゃーきゃー良いながら
逃げている女の子達の まるで獰猛極まり無い捕食者に怯える
子鹿のような表情を見て、
「助けてあげなければ!」
と、熱い正義感に燃え、勇気を出してその愚劣極まる行為を止めに入ろうと
したことがあった。
その矢先、一匹の追われる小鹿ちゃんが私に近づき
「なぁ、なんでアンタもせんのぉ?楽しいよぉ♪」
と衝撃的な一語を放った。。。
そう、彼女たちは男の子とともにその行為を「楽しんでいた」のであった。
私はそれに気が付かず、いわば女の子たちにまんまと騙されたのである。
この出来事を皮切りに
私の人生は、随所で女性による騙しの術中にハマることとなったのである。
その後も、学生時代から
・約束すっぽかされたり。
・二股かけられたり
・貴方だけを愛してるとン百回聞かされ「それなら・・・」となびいたら、直ぐに別の男に乗り換えられてしまったり。
・Mだと思ってた子が、いざそういうシチュエーションとなると、突然Sになって激しく責められてしまったり(涙)・・・気持よかったけど。
・風俗店で若い子だと思って写真指名したら60代のオバハンが出てきて弄ばれたり。
・出会い系初心者の頃35年くらい前、相手の女性に30万円を騙し取られたり。
・・・いや、もう、枚挙に暇がない というやつである。
だからねぇ・・・ワタクシ、正直、女性は怖いですっ!
これほど怖いものも世の中にないと思います、ハイ。
でもね
私は科学者の端くれにも関わらず
神秘的なものや現代科学では説明できない不思議なこととか
非常に好きなんです。
ああーー考えると怖いですねー、的な。ね。
つまりは、「怖いもの」にめちゃくちゃ興味があるんですよー!
もはや単なる「怖いもの見たさ」の域を超えています。
もう、ほんと、、、巡り会いたいんです!
どこかにいませんかー?
怖い女性は?
(つづき)
むかし、米国の某大学医学部に研究留学してた頃の話だが
一つ下のフロアにJ君というニュージャージー州出身の
テクニシャン(ってエッチな意味とちゃいまっせ)がいた。
いわゆる「技官」なわけで研究者ではないのだが。
このJ君のボスと当時の私のボスが仲良かったので、
私はいろいろ機器を借りたりなんやかやで世話になってた。
いや、もうナニが凄いってね、
(「ナニ」が凄い・・・かどうかは知りませんがw)
J君(27歳角刈りみたいな頭のプロレス好きのごっつい男)の居る実験室に入ると。。
いや、入る前から、ハードロックの大音響!
オジー・オズボーン、バン・ヘイレン、スキッド・ロウ、キッス・・・
いや、自分も嫌いじゃないけど。。。ね(苦笑)
もね、もうね、なんちゅーんですか、会話もしにくいくらいの音量。
J君の所属する研究室は、S大だかCテックだか忘れたけどそのあたりから、
私が所属していた大学に来たばかりの若手の教授が立ち上げたばかりの部屋で、
J君の他には女性の院生が二人居た。
白人でブロンドの少しぽっちゃりした目鼻立ちの綺麗なS女史と、
インドからの留学生でスリムで小柄だけど
非常にアグレッシブに研究に打ち込むA女史。
彼女たちはいつも他の実験室にいるのでさほどの被害を被っていなかったが。
あまりのうるささに、最初の頃
「おまー、どんな耳ぃしとるんやぁ?ぁあ?」
と日本語の小声で言ったが、大音響にかき消され、彼の耳には届かない。
てか、日本語わかるはず無いけど。
(でも、さすがプロレス・ヲタク。ジャイアント馬場と猪木と藤波辰巳のことを知ってたのには驚いたが)
ともかく、J君。
「ながら」している割には集中力が凄い!
気を許せない作業の時、奴の眼は正しく「虎」のそれだ!
がるるる・・・
ぼけ~っとしているときの彼の目はありんこの目みたいだが。。。
そういや、ジェフに貸した研究室の機材、壊して返してきたことがあったソ!
ウチのテクニシャン(しつこいようだけど技官です)が、えらく怒ってたっけ。
やつも「ながら」やってたから壊したんだな。うん。間違いない!
と、遠い過去の出来事の原因が「ながら」という結論に至った本日の出来事であった。
あー、意味不明。
けど、ショック!!!
猛省を促そう。
自分に。
by ながらけんいち・・・って、誰?
うわぁああ!
やっちまったぁ!!!
わ、割っちった。。。
大事な血球算定板、落っことして割ってしまった!
一万ン千円!!(涙)
途端にイヤホンから
Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy
Das Violinkonzert e-Moll op. 64
Satz (Allegro molto appassionato)
が鳴り響く。。。。悲壮感を漂わせて。。。
♪ちゃちゃーら、ちゃちゃーら、ちゃーちゃーちゃーちゃーらーちゃぁー♪
なんのことはない
メンデルスゾーン
ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
第1楽章 アレグロ・モルト・アパッシオナート
なのだが。。。
ま、しかし、なんとタイミングの良い、
というか
・・・悪い。
「オイオイ!ここはやっぱ【トッカータとフーガ】とちゃう!?」
などと声には出さずに自分に突っ込んでも何の解決にもならない。
「今日はクラッシクの気分♪」
と、音楽プレーヤーで曲聴きながら「ながら」操作してたからか。。。
バチが当たった!
言い訳だけど
そもそも実験の作業っつーものは、
めっちゃ神経使って考える操作と
流れ作業でホイホイとやる操作があるわけで。。。
この流れ作業では、やっぱり耳がヒマになるので(?)
何か聴き「ながら」やってしまいがちになる。
その日によって
【ジョー・サトリアーニ】の超絶プレイに悶絶したり
【久保田利伸:Missing】 に涙したり
【春畑道哉】に以前住んでいた湘南の香りを感じたり
【桂米朝:池田の猪買い】に「やっぱ国宝だねぇ」と感銘を受けたり
【乃木坂46】・・・ってそれはないない!
本日はクラッシックなのである。
水曜日はクラッシック。。。って決まってないけど。
月並みだがやっぱりマーラー五の第四楽章あたりにしとけばよかったか。
・・・って、しつこい。
そ、そんなことより、割っちまったよ!
今、研究費がないのにぃ~。
「科研費」(文部科学省科学研究費助成事業)も取れなかったし・・・。
やっぱり、
「ながら」がいかんのか!?
くーーー!!
(つづく)