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pseudocolorのブログ by ハカセ

本ブログは、当管理人が在米中の2004年に開設して長年続けたホームページ運営から引き揚げつつ、もっと手軽な書物記事をやろう、という安易な発想で始めたものです。読まれた方が少しでもクスッとしていただき、記事に対して「いいね」してくださればそれで満足です、ハイ。

私は「私なりに」というフレーズが大っ嫌いです。「自分なりに」でも同じです。嫌いです。


曰く、

「私なりに」感じてた・・・


曰く、

気が多い「私なりに」・・・


曰く、

「私なりに」贈りたい “ありがとう”・・・


曰く、

「私なりに」愛されたい・・・

はぁ~あ?

おまいら気は確かか?と。

人生なめとんのか?と。

ぬ る い ぞ !と。


斯様に思う次第なんですワ。


そもそも「私なりに」ってことばは、自己否定を誤魔化すための根拠なき自己賛美でしかないと、私なんかは思ったりするわけです。

これ、特に「私」を「アタシ」にと変えるとよくわかるんですけどね。


そもそもがこの言葉を発する人物は、

本来は自分の存在価値を肯定したくて仕方が無いんです。

一方で、

「どうしようもない自分の至らなさ」

も痛感しているんですな。

しかしながら、それは決して認めたくはないのですよ。

ましてや、自分が取るに足らない存在だと他人からも烙印押されたくもないわけで。


・こんなに自分を、ありのままの自分を、どーしても受け入れることができない、自分に対して嫌悪感を抱く自分。


一方で、


・自分をもっと可愛がりたい。好きになりたい!愛し、かひとから愛されたい自分。


・・・そんな相反する自分が、心の奥で対峙するわけですな。


その結果、落としどころとして「私なりに」を用いるのです。


これはもうね、解釈の仕方によっては「自己愛性パーソナリティ障害」の最たるモンと言えるんちゃうかと。


というよりは、

そこには明確な「甘えの構図」が見えてくるんですよ。

結局、逃げ口上やと。

自己保身なんやと。

ハードル、1 mでなく1 mmなんじゃないかと。こんな。ちょっとの。ね?

 


考えてもみて下さいよ。


「私」を別に人称に置き換えてみたらどうなるか?

「期待してないから『あなたなりに』やってみたらどう?」


「いやぁ、ま、『コイツなりに』努力したしな、ウン」


「仕方ないのよ。だって『あの人なりに』精一杯なんだから」


「いやいやいや、『彼女なりに』誠意を示してくれたよ」


「やっぱ『トランプなりに』自分の国のことだけは考えてるんじゃないの?」


どーです?

思い・・・っきり擁護してません?


だからこそ「私なりに」というフレーズは甘えの表れ!

聞いていて腹立つの!

もっとしっかりせんかーっ!て思うの!!

地に足つけろー!って言いたいの!

自分を客観的に捉えろ~!って。


こんなことを考えてるんです。

私なりに。

 

<オッパイ、オッパイ言うなーーっ!>
 一般論で語ると申し上げておくが、男たるもの、どうしても女性の胸には関心が高いのが事実である。「オッパイ星人」などという低俗な言葉がもてはやされた時代もあったが、なにしろ男が女性を視るときの関心として、顔に目が行きつつも、どうしてもそこに向きがちだ。

 男女が出会いを求める場に於いては、女性側が高確率で希望する
「背が高い人」
という条件は何ら遠慮気兼ねなく明言できる。
一方で男の場合
「自分は。。。オ、オッパイの大きい人を切望します!(ハァハァ・・)」
などとは口が避けても言えないだろう(いや、言う人もいるかもだけど)。

 だが待て!女性の「オッパ・・・」もとい、「パイオ・・・」違う!「乳房」うーん・・「ちぶ・・・」読み方変えただけやん!・・・そう「バスト」だ「バスト」!!女性のバストは本当にその魅力を代表するものであるのか?
・・・結論から言って、私は「違う」と思うのだ。

「ほぉう?ではオマエは何が女性の魅力の最たるものだというのだ?」
などと、大陸の半島部北側に位置する国の独特な髪型をした恰幅の良い男からこう問われることもあるかも知れない(ないだろうけど)。もっともである。
答えるなら、私は、

「そ、それは、女性ならではの『思いやり』であります!将軍様!」

。。。と、すぐに嘘だとバレて、変わった服着ている人に粛清される危険性のある答えを用意する勇気を、残念ながら私は持ち合わせていない。

 答えを述べる前に ひとこと言っておかねばならない事がある。それは・・・異性の魅力とは、それぞれの性が有する独自の特徴に惹かれるように思われがちだが、実は違うのだ、ということである。

 

<性の弁別能力がバストの大きさに依存する男は×>
 バストが大きければ大きいほど、男女の差が明確になるのは確かである。それゆえ、バストの大きさがセックス・アピールを代表するかのように思われがちである。
しかしこの特徴は子供でもわかることだ。乳児でさえも本能的に認識できるのがバストだ。胸の大きさだ。そして男は、知的レベルが低ければ低いほど、幼稚であればあるほど、胸の膨らみ具合でしか女性を女性として認識することが出来ないのだ。すなわちバストは、幼稚な男にとっては性の弁別に利用される最たる部位と言えよう。

 しかし、ワタクシを含めた大人たる男の目線は違う。バストほど男女で明確な大差はないが、着衣ありであっても、よくよく見ると女性特有のフォルムを呈する部位に感じる色香・・・それこそが大人の男には重要な要素となると信じている。それは・・・・?

 

<オッパイは嘘をつく>
 そもそもオッパイの大本当の大きさなど、服を着てたらわかりはしない。一見すると大きくても、服を脱いだら下方に向いていた、なんてこともある。そう。胸は嘘をつく。いや、さらに踏み込めば、女性にとって胸は嘘をつくための道具なのである。
(もっとも、私などは、横たわる私の上に、四つ手をついて顔の上に覆いかぶさる体を成す女性の両胸を、斜め下方85.5 度あたりの角度から見上げた時、女性の胸部に認められる「一対の大きな水のしずく状をなす物体」の形状の主因となる大胸筋とクーパー靭帯の緩みこそが、積年の人生を歩んだ魅力ある女性の象徴・・・として捉えるべきと考える。垂れたのものは魅力的だということ)

 逆に言うなら、女性は大いにバストの大きさで嘘を付けばよろしい。そして男をだませば良いのである。ただし、バストの大きさを重要視する男なんて、大体がアタマ空っぽである事実を付け加えておこう。

 とにもかくにも、バストの本当の様子は、結局は裸にならなければわからないのだ。しかもだ、男にとって裸になったそれを目の当たりにする時間なんて、人生という流れから見たらほんの僅かの時間だ。一瞬の瞬きみたいなもの。その瞬きのためだけに大きなものを求めるのは如何なものか?と思う次第である。
「アタシさ~、別に男にモテたいからじゃなくてぇ、ただただ胸を大きく、形良く見せたいだけなの」
という じぇんこくのじょしこーせーの、じゃなかった、全国の淑女の方々。この気持ちは純粋で良い。うむ。それも偽りなき女心であろう。いかなる男といえこれを何ら非難する資格を有していないも事実だ。

 

<チンパンジーは「お尻」で仲間を見分けている>
 話は変わるが、ごく最近、オランダのライデン大学研究チームが『PLoS ONE』(リアルの世界での話だが、実は私が筆頭著者の研究論文のひとつもこの電子学術誌に掲載されている。誰もが無料で閲覧可能)で発表した論文によると、チンパンジーは個体識別のひとつとしてお尻を利用するらしい、とのことだ。
 そう!チンパンジーのような高等霊長類なればこそ、お尻の重要性をしっかり理解しているのだ!
 そうなんですよ、奥さん!そうそう!ケ・・いや、おしり。臀部です!!
 女性の魅力は臀部にあるのだ!と私はこれを声を大にして言いたい!何よりお尻は嘘をつかない。

「女の尻に眼が行くって、オッサンの特徴じゃね?つか、お尻見られるのってキモいんですけど!!」(女性の声)

   いやいやいやいいやいやあーーー!
   ちゃうちゃうちゃうちゃうーー!
        違うのだ!
       断じて違うのだ!!
 いいですか?お嬢さん!男もね、長い間たーくさんの女性を「間近で」観て来ているとね、胸の大きさなんて実は大して意味ないことに気がつくものなのですよ。ほんとそうなんですよ!

       あえて私は断言する。
         女はお尻だ!
         これすなわち
     「おしりあい」の精神である!

 お知り合い ならぬ お尻愛 の精神だ!


 お 尻 は 口 ほ ど に も の を い う
 


(修正無し)

(その1)
一泊旅行に出かけた。今回は初めてバスを利用してみた。車と違い、バスだと寝ていても目的地までつれてってくれるから楽だ。しかし良いことばかりではない。自由に休憩が出来ないので、トイレのペ-スなどいろいろ気を遣うこともある。また運悪く、後ろの座席の人の息のあまりの臭さに閉口してしまった。
ま、それはいいのだが・・家を出る前日、鍋のカレ-に一旦火を通してから丸一日放置し、そのことをすっかり忘れて旅行に来てしまった。煮沸したとは言え48時間以上放置してしまうことに。帰ったら鍋の中はカビだらけか?(続く)

(その2)
 旅行中、何しろカビの事が頭を離れなず、正直あまり楽しめなかった。実は過去に前例がある。米国に住んでた頃、日本から遊びに来た私の従姉妹に、妻が料理下手を見抜かれないようにと、大鍋にカレ-をこしらえておいたのだが、それが思いっきりカビてしまい、仕方なく(?)近所のレストランに食事に連れてったことがあった。てか、従姉妹にしてみれば、わざわざ米国に来てまでカレ-なんか食べたくはないかな?(苦笑
ま、それもいいとして、
旅行から帰宅して、今、まさに鍋のフタに手がかかった!
(続く)

(その3)

ひっぱる、ひっぱる。

目を閉じ、意を決してナベの蓋を開けた!
「オエップ!」
と悪夢が甦る!
しかし、なんとカレ-は・・・華麗な姿を見せていた。そう、 カビなど全くなく、綺麗な様子。匂いも普通。味も変ではなかった!
その晩はカレ-ライスを美味しくいただきました♪
「全然平気じゃん!カビなんか怖くないよ」
すっきりリフレッシュした気分になり、翌日職場に行ったら、
3ヶ月大事に世話をし続けてきた研究用の大切な培養細胞が

カビていた・・・。
「コンタミネ-ション!(涙)」



女性が乳房を失うこと


・・・これは、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を強いられることなのであろろう。

その喪失感を男の場合に例えるなら、たとえば枝切り用の大きなハサミなどで、


「陰茎を切断されるようなもの」


なのだろうか?


う~む・・・乳房を切除されても、変な話し、性行為には大きな支障はない。

もちろん、性行為にのみ乳房の存在意義があるわけではないが。

(ちなみに私は、男伊達らに乳首がとっても感じやすく、攻められるともだえ苦しみ悦び、気を失いそうになるになるのであるが。。。)


さて、一方で陰茎の場合は、これは比べものにならないくらいの

不都合が生じるだろう。

想像してみよう・・・うん・・・それは・・・いや、もうその、何というか、いやはや・・・

「非常~に困るっ!」

のである。いや、こんな単純な言葉では言い表せないが、とにかく

「大変困る~!!」

のである。

つまり性行為をも含めた日常生活上、その不便さでは、陰茎喪失には比べものにならないのである。

・・・あまり無責任な発現も出来ないが。


しかし、女性は乳房を、ある意味「自身の女性の象徴」として捉えているからだろうか、極めて深い悲しみや嘆きをもってその現実を受け入れるようである。


確かに、男の中には馬鹿の一つ覚えのように

「ワシ、おっぱいで~っかい子が好きやねん」

とか

「きょきょきょ、巨乳好みなんよ~」

とか

「オ・・・オッパイ星人!!」

とか・・・

とにかく恥ずかしげも無く、興奮して声を荒げる輩がいるのは事実だ。このような馬鹿者どもが、女性たちの不安感に拍車を掛けてしまうという事実も見逃せない。


しかし、乳房にこだわる男は、概して精神的に未熟な言わばマザコン男である場合が少なくないだろう。いうなら、男としての包容力の無い、出来損ないの男である事が多々あるだろうと容易に想像付く。・・・偏見?いや、とんでもない!


ちなみに私の場合はバストより遙かに女性の「ヒップ」に興奮してしまう・・・ハァハァ・・・。


いずれにせよ、

乳房に異様な執着を魅せる男どものことはこの際無視し、心ある世の人々(女も男も)は、乳房の喪失に対して間違った先入観を持たないように心がけるべきだろう。

それでも気になる、気にする、そういった御仁は、医学上の「形成術」の発展がめざましいことを忘れないで欲しい。日進月歩で発展しているのだ。むしろ、以前の形よりも自分の好みの形にすることも可能であったり。


であるから、大いなる喪失感にさいなまれるよりも、大きな希望に胸膨らませることができると思っていただきたい!


ってことで、まとめていいのかな?・・・変なまとめでスンマセン。


(続きはアメブロのpseudocolorで)

 その子とは、長時間ではあったが、ただ一度だけ電話で話しただけだった。しかし、なぜか意気投合し、早速次の日に会う事になるという急展開のパターンであった。

 当時自分は確か25歳くらい。本格的に出会い系を始めた年齢であったが、そろそろ活動にも慣れてきたかな?と感じ始めていた頃であった。

 その子、仮名「すみれちゃん」(20歳)との待ち合わせ場所には、とある地方駅の駅前を指定されたのだった。中途半端に田舎なその駅のロータリーで、目印となる派手なバッグを手に佇み、「たぶん車で行くから」と言ったカワイイ(と想像する)彼女を待つ私であった。

 見渡すと回りに人影はさほど多くはなく、おばさんのような方々が数名いる程度。幾分暑さも和らいだ秋の日差しの中、曜日は忘れたがウイークデーの午前10時ということで、そのあたりに若いにーちゃんは私ひとりであった。

 約束の時間少し前であった。かなりの爆音響かせ、いかにも”ダチに塗装してもらったジャン〝的な”べたっ”とした色具合の”真紫の”・・・いや、もはや”魔紫の”一台の車・・・車高が極端に低い”リトラクタブルライトを備えたスポーツタイプの”ソノ手の車”らしき”車が、田舎町の駅のロータリーに入ってきた。ぐおんぐおんぐおん(エンジン音)。どるる、どるる。

「うわっ!ゾクやん!」

っと思って見ていると、そのめったにない色の車は、するするするっと私の前で止まった。窓を開けて、車内から、特攻服を着てはいるがとても可愛い感じのお嬢さんがにこやかに
「○○さん?」
と、その車の色の前ではかすむが一応目印とした例の派手な色のバックを手にした私に問うた。

えっ!マ、マジ?(汗)っと絶句しかけたが、ち、違います!人違いです!とも言えずに
「そ、そうです!○○です!」
と答えた私・・・。
「どうぞ乗ってください♪」
と、これまた明るくにこやかにお誘いしてくださる”すみれ(色の車に乗る)”ちゃん。

 うわ!先ほどのおばちゃんたちもこっちを見ている。もはやこれは乗るしかあるまいと、意を決してその”すみれ色”の車に乗り込んだ。そう、車の色が、好く言えば”すみれ色”だから、その彼女の仮名を”すみれちゃん”としておく。

 し、しかし、これ、ヤバ過ぎでしょ、俺、どこに連れていかれるのかなぁ?仲間のところに連れてかれて、脅され、金とられ、ボコられて、その辺に放り出される・・・そんな想像が頭をよぎった。

 ・・・などと真剣にビビったが、何のことはない。すみれちゃんは常識もわきまえ、とても礼儀御正しく優しい、とってもとっても良い人だった。

人は見かけで判断してはなりません!

彼女曰く、
・自分は断じて暴走族(レディース?)ではない(特攻服着てるけど・・・)。
・車は兄のものであり、今日は借りてきたのである。
・自分は(その頃盛んになりだした)コンピューター系の専門学校に通う普通の学生である。

・・・・そのような説明だった(信じるか信じないかは私次第ですw)。

 しかしながら、やはりあのような仕様の車に乗っていると周りの視線が痛かった。だが、すみれちゃんは全く気にしていない様子だった。・・・というか、明らかに慣れてる?

 その日はドライブして、食事もし、夜の砂浜に二人腰かけて星と漁火を眺めながら、互いのことを語り合ったり・・・かなり真面目な話などもした。

 かなり遠い距離を走り、わざわざ私のアパート近くまで送ってくれたすみれちゃん。別れしな車の窓越しに、少しだけ熱いディープキスをした。

 彼女とはそれっきり。それはお互いその方がいいと思ったのか、単純に私が嫌われたからか、よくはわからないが・・・。

 いずれにせよ・・・振り返ってみると「会ったら、まず必ずと言っていいほど関係を持った私」からすれば、キスだけで終わるのは珍しいケースだった。だが何故かその時は
「やりたい」
という気持ちにはならなかった。かわいい子であったのに。ビビっているから、という訳でもなかった。どうやら彼女の恰好と真面目さとのギャップに圧倒されていたのかもしれない。よくはわからないが。というか、私としたくない人に無理強いしたことは、未だかつて一度もなかったのは事実だが。

 それにしても、本当にいい子だった。

 実は彼女がレディースの頭であったとしても、そんなことなどどうでもよく、心から「友達になりたいな」と、今でもそう思うのだ。ギャップも手伝ってなのかもしれないが、それくらい素晴らしき人だった。

 本当に短い一瞬のような時間だったが、彼女の人としての素晴らしさに触れることが出来てから、私は見た目で人を判断することが少なくなった・・・ように思うのである。

 今頃は、とっくに成人した子供を持つ良きお母さんなんだろうな・・・すみれちゃ~ん!(仮名)・・・。


【おさらい】
1日のみ
キスのみ
2015/09/18(金) 09:04
 これから時折、出会い系も含めた女性との「出逢い」と関連した回顧録を綴ってみよう思う。恥かしながらネタは付きそうもない。性的描写も厭わないので、読んだ女性から大いに嫌われそうだ。したがって、私のこれからの出会いのチャンスは更に遠ざかりそうで、私にとっては得策ではないかも知れない。
 しかし、私がどのような人物であるのかを本質的に理解して頂くためには、決して間違った手段とも言い切れない。というよりは、女性とどの様な関係性を有して来たかを今一度振り返り、私自身の反省と自戒の念を込めたいと思うのだ。

2015/09/19(土) 23:55
 私が出会い系と関わり始めたのは、確か25歳くらいの頃であったはずだ。いわゆるダイヤルQ2システムが開始され、これを利用した「2ショットダイヤル」なるサ-ビスを介して様々な男女(同性も)の出会いの場が設けらた黎明期であった。当時、私はまだ大学院生だったが、付き合っていた彼女と破局し、精神的に不安定になっていた私は、エロ系雑誌などで盛んに広告されていた何やら魅惑的な香りを醸し出す、まったくの新しい男女の出会いあり方に、言うなら「逃げ込む形」で、その身を置くことを選択したのだった・・・。

2015/09/21(月) 23:55
 出会い系はそれなりのリスクが伴う。それは何も女性に限ったことではない。男でも「美人局」や「詐欺」、あるいは「恐喝」などに注意が必要だ。
 かく言う私も、実は一度だけだが詐欺に引っかかり、30万円という、25年前の学生(院生)には、かなり高額な金銭をだまし取られたことがあった。そもそもがその相手の女性、自称27歳だったが、逢った瞬間「ん?人違い?ん?ん??」と思うほど見た目年齢がかけ離れてた。どう贔屓目に見ても45歳(今の私からすれば50歳以下はまだまだ幼い年頃だが)は行っていたし・・・。

2015/09/22(火) 00:30
私がこれまで深い関係になった女性は当然ながら様々な人がいた。出会い系に来た理由も様々だ。それと、ある共通の特徴を有す女性が決して低くない頻度でいた。所謂「メンヘラ」だ。私自身は何ら偏見を持っていない。そもそも人は誰しも弱い部分があって当たり前だからだ。彼女達は、投薬を含め通院していたり、過去にその経験があったりと、その症状も程度も様々だった。ここで男性陣に言たいのは、そういう女性に偏見を持たずに理解してほしいこと。また女性も決して臆せず、信頼出来ると思った人にはしっかり心を開くこと、である。