こんにちは♪
こぉ@滑舌五流?のスピーチコーチです。
前回は、在り方とは?
というお話をしました。
今回は、在り方を変える方法について、
お話したいと思います。
前回、お話した通り、
在り方とは、概念です。
その人なりの、哲学であり、
宗教であり、心に浮かぶ思いです。
通常であれば、日々の生活の中で、
自分の心の中の常識として、
徐々に醸成されていきます。
期限が近付かないとやらない、
重大な場面で逃げ出してしまう。
と言うのも、目の前の行動を避ける、
身を守るための在り方の一つです。
人に、なかなか言い出せないのも、
嫌われたくないという在り方の一つです。
自分にとっては、嫌な在り方も、
これまで、自分を守るために必要な
在り方だったのです。
しかし、立場が変わり、考え方が変わるにつれ、
これまでの在り方を変える必要が生じる時があります。
在り方を変える要因は、外的要因と内的要因に分けられます。
外的要因の例としては、
私の場合、嫁が難病と診断された時でした。
難病という理不尽と、治療法がない圧倒的無力感、
重症化を避ける治療を受け、生きている事に感謝できる。
そういう思いが、これまでの考え方を大きく変え、
在り方が定まったと言えます。
しかし、こういう体験は、あまりないと思うので、
一般的に、自分で在り方を変える内的要因を紹介しましょう。
在り方を変える方法とは、
学習して、腑に落とすことです。
小さな変更例は、きりがないですし、
在り方が変わったとの実感が薄いので、
在り方を大きく変える例をあげましょう。
大きな例としては、宗教や哲学を学ぶことです。
たとえば、仏教の解脱は永遠の死を目指すのに対し、
キリスト教では、最後の審判で神に選ばれなかった人が
迎えるのが、永遠の死です。
死に対する考えが180度違いますね。
他にも、戒律などの規制により、生活様式が変わります。
イスラム教では、豚は汚らわしいので食べませんし、
ヒンドゥー教では、牛は神の使いなので食べません。
キリスト教でも、鯨は神の使いなので、捕鯨をする国に対し、
命がけで抗議する団体が生まれます。
哲学を学ぶという点では、
昨年大流行した、サンデル教授の「正義」の話では、
功利主義や共産主義など、いろいろな例をあげて、
「正義」に対する考え方を変えてくれます。
正義に関する考え方が変われば、行動が変わります。
多数を救う為なら、少数の犠牲は、止むを得ないのか、
飢えている家族を救うためにパンを盗むのは犯罪か・・・
このように、考え方の根本が大きく変われば、
行動、生活様式も大きく変わります。
日曜の朝、いつまでも寝ていた人が礼拝に行ったり、
牛や豚を食べない生活がもたらす体の変化であったり、
少数の犠牲をも減らす為の貢献活動であったりです。
在り方を定めるということは、
自分の中に、自分だけの宗教を作るようなものです。
異教徒である他人からみれば、理解できないかもしれません。
しかし、自分の中の神、自分自身を信じていれば、幸せなので、
行動がブレなくなります。
是非、自分の在り方を確認してみて下さいネ^^b