先日、図書館にあった、中村英代さんの『摂食障害の語り <回復>の臨床社会学』という本を読みました。

摂食障害が治った方に、治ったきっかけやエピソードなどを10人以上にインタビューしたもので、治り方の分類を「食べようという気持ちから治した方」、「食生活から改善した方」、「治っても辛さが残る方」、としていました。

 

私は今まで「食生活から改善して、本当に心も治るのだろうか。」と疑問でしたが、この本を読んで様々な人のお話を読み、ほとんどの人が食生活を改善しているうちに心の改善も見られているように感じ、治療としては「食生活からの改善」が有力なのかもしれない、と思い直しました。摂食障害でいること自体が精神的に苦痛ですし、そこをまず改善するのは当然の処置かと考えられました。医療の現場でも、今後は短期間で(嫌にならないうちに)体重をある程度増やしてから、心の方の回復はもっと時間をかけて見ていく、という治療が増えていく傾向にあるそうです。

 

この本、治った方々のエピソードも、分類の仕方も、筆者の視点も、とても共感できました。やはり著者の中村さん自身も摂食障害の経験者であることが大きいのかな、と思います。中村さん自身は摂食障害に関わるような仕事をしたくはなかったそうなのですが、私も同じ気持ちで、やはり成長期の摂食障害は重くなりすぎるなぁと、少しもったいない気持ちになりました笑

 

成長期なんてまだまだ空っぽなので、摂食障害になんてならずに、なってしまってもさっさと治して、その上で他のことに目が向いていたら、もっと豊かな人生になると思います。

 

まぁでも、いくら年を重ねても、気がついたときに何でもできると思っているので笑、変に気負わず、常にやりたいことをしていけば良いと思いました。

 

小学5年生くらいにダイエットをきっかけに摂食障害になり、小6のときに担任の先生にスクールカウンセラーの方のところに連れて行かれた記憶があります。

身長152cm、体重32kg、BMI13.85、これ以上落ちるようだったら病院に連れて行かれる状況で、母に「死んじゃうよ」と言われて食べるも、摂取カロリーを増やすのが怖く、中々体重が増えないまま卒業しました。

 

いつだったか覚えておくのが苦手なのですが、小学校卒業間際か中学校入学初期か、自分で「治った」と思ったときのことは鮮明に覚えています。私はずっと拒食症だったのですが、食欲が止まらず過食に転じそうになったとき、母が

「食べるのやめなさい!」

と強く言ってくれたときです。

それまで、母は私の体重を増やしたいモンスターだと思い込んでいた私は、なんて馬鹿だったんだろうと思いました。母は本当に私のことを考えてくれていただけだったんだという当たり前のことに気がつきました。それと同時に、「あ、治ったな。」と、それだけ思いました。あとはただただ泣いていました。「終わった。」と思って。筋肉とかエネルギーなんて何もないので、ただただ抑える力もなく涙が流れていたことを覚えています。

次の日、いつも登る階段に差し掛かって、恐らく前日に食べたもののエネルギーで少しだけ脚に力が入ったのを感じて、「生きていける。」と確信しました。そのとき、一気に周りが明るくなって、「まあ失ったものはかなり多いけど、それでいいじゃないか。」と思えるようになりました。

 

その後、体重は徐々に増え、痩せているけど病気って程じゃないBMI18.5くらいまで持ち直し、中・高を過ごしました。でも、カロリー計算はやめられないし、偏食があるし、太るのは怖いし、食の束縛から逃れるのは難しいなぁ、と実感しました。それに加え、私につきまとったのは、「結局、私は何を求めていたんだろう。」という疑問です。

 

あの治ったときの感覚が不思議なのと、1年間カウンセリングしてくれたスクールカウンセラーの方への憧れがあり、私は高校1年生くらいまではうっすらと臨床心理士になりたいと考えていました。そこで、ずっと文通していた当時のスクールカウンセラーの方に、その旨を伝えると、「本当に治療をしたいなら、医療現場では精神科医になった方が良い。」と助言を受け、高校2年のときに医学部進学を決めました。

中・高と、落ちた筋肉は見て見ぬふりをして勉強だけをしていたので、なんとか現役で合格することができ、現在に至ります。

しかし、予想していたことですが、医師として摂食障害の患者さんにできることは、私の理想とする治療法じゃないかもしれません。理由は上に書いた通りとわかっていても、「なんで医学部に来たんだろう。」と思わずにはいられない、悶々とした日々を過ごしています。

 

私は、摂食障害は、どうしようもならない欲求不満が食に現れているのだと思っています。だから、その不満ごと解消するような治療がしたい。できれば、科学的裏付けも欲しい。私は恐らく母からの愛情を求めていたし、患者さんはそれぞれ、何かしらの欲求を持っている気がします。それを解決しないと、患者さんが摂食障害になってまで伝えたかったことはどうなるのだろう、と思ってしまいます。

 

だから、どうしたら良いんだろうね。

っていう、そういうブログです。

 

よろしくお願いします。