こんばんは。(^^)
昨日は、アサちゃんこと、私のおばあちゃんがお嫁に行ったお話をいたしました。
…戦前のお話ですので、このまま私の母が誕生…すると思っているでしょう?(^^;;
フフフ…事実は小説よりも奇なりなのですよね~(ΦωΦ)フフフ…
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こうして、幼いころから知り合いのお兄ちゃんと結婚したアサちゃんですが、結婚生活は楽しいものではありませんでした。
朝早くに起きて、家族分のご飯を作るためにかまどの火を熾して、朝ご飯を作り、みんなが食べ終えた後にようやくアサちゃんの朝食。
その後食器を洗ったら、家の中の掃除を行い、それが終わると汚れ衣類などを入れたたらいを持ち、公共の水場へと出かけて、洗濯。
今とは違い、洗濯機などのような便利なものはなく、石鹸と洗濯板で一つ一つ手でゴシゴシか、地面や近くに建てられた柱などに叩きつけて汚れを取る、いわゆる「ポンコツ」と呼ばれる方法で洗濯をしていたそうです。
ただ、やっぱりこの方法ですともの凄く時間がかかり、酷いときは一日がそれで終わるほどだったそうです。この時代の洗濯は重労働だったのですよね。
洗濯を終えた衣類を物干しざおにかけて干して、それで時間がある時は、田んぼに出て、お手伝い。
夕方前にはまたかまどの前に立ち、火を熾して晩御飯を作り、更にお風呂を沸かして、仕事を終えて帰ってきた旦那さんやその家族を労います。
晩御飯を食べ終えたら一休み…とはいかず、お布団を敷いたり、旦那さんの野良着の綻んだところを直したりと、針仕事。
結局就寝するまで休む暇がないほどに仕事をし続ける。そんな毎日だったそうです。
以前にも書きましたが、アサちゃんは小学校もあまり通っていませんでしたので、ひらがなや漢字が書けず、カタカナしか書けませんでしたが、短歌や川柳を詠むのが好きでしたので、よく歌を作っていました。が、この頃はそんな時間もなかったそうです。
ですが、夏祭りになりますと、やぐらに上って、両手にバチを握り、大太鼓をリズミカルに叩いて集落でも大変な人気を博していたそうです。祭りなどの賑やかで華やかな事が大好きだったのですよね。
が、祭りが終わると、また忙しいいつもの日常…
旦那さんとなったお兄ちゃんとも折り合いが悪く、いつもケンカばかりで、更にお兄ちゃんの家族とも折り合いが悪かったためにストレスが溜まって、この時期は「何のために生まれてきたんだろう…」と、ふとそう思うこともあったそうです。しかし、当時はそれが当たり前と思われていた時代。我を押し殺して家族の為、旦那さんの為に耐えて尽くすのが嫁の務めだと、必死だったそうです。
今宵はここまでに致しとうございます。A(^^;;
あぷりこっと
こんばんは。(^^)
昨日は帰ってきてパソコンの前に向かったまではよかったのですが…
そのまま朝になっていました。A(--;;
なので、一日遅れで続きを書きます。
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襖が開いたその先にいたのは、小さな頃、よくケンカをしていたお兄さんでした。
驚いたアサちゃんは思わず、
「あんた、何でここにいるの?」
それを聞いたお兄さんも、
「ええっ?!まさか、嫁ってお前なのか??ガサツなお前が、嫁??をいをい、冗談じゃないぞ!!」
「冗談じゃない?それはこっちのセリフじゃ~!!ガキンチョは帰れ、はよ!!ウチ帰って、母ちゃんのお〇ぱ〇でも吸ってな!!」
と、売り言葉に買い言葉で、その場で大喧嘩になったそうです。
#実際はもっと汚い言葉の応酬だったらしいです。(^^;;
しかし、だからと言いまして結婚式を辞める!と、いうわけにはいきません。
例え嫌いな相手でも、親同士が、村の実力者が決めたこと。ここで台無しにしてしまっては、集落の人達の面前で両親の顔に泥を塗る事になる。そうなったら集落から家族はいられなくなってしまう…
自分だけだったらそれでもいいけど、みんなに迷惑はかけられない。
アサちゃんはそう考え、喧嘩をその場でやめると、おとなしく結婚を受け入れることにしたのだそうです。
今宵はここまでに致しとうございます。A(^^;;
あぷりこっと