東日本大震災から11年。
犠牲になられた方々の御冥福を心よりお祈り申し上げます。


今も避難生活にある方々、被災者の方々。新しい家で新たなスタートをされている方々であっても深い傷は癒えていません。

それなのに、何と力強く生きていらっしゃる方が多いことか。


石巻で家が流され、一人で新たな場所に家を建て、雑貨屋さんをされているチエさんがプロヴァンスのわが家に一人でいらしたのは昨年の秋。

コロナの状況が日本でもフランスでも少しおさまっていた時だったけれど、日本からフランスへ個人で来る人は多くはなかった。

雑貨の買い付けが目的。でもそれ以上に、じっと耐えているだけの毎日に耐えられなくなったのだと。

フランスの衛生パスがないため、TGVに乗る前はPCR検査を薬局でするなど、通常の旅にはない複雑さがついてまわる。レストランやカフェにも入れず、キッチンで自炊の滞在。

どう考えても一人で持ちきれないような雑貨の山を、パリ滞在を経てどうやって持ち帰ったのか。それは謎。

印象的だったのは、とにかく終始楽しそうだったこと。それは彼女の持って生まれた気質かもしれないし、日本から遠く離れた異国で心身共にリフレッシュしたからかもしれない。

この冬、日本に滞在中、石巻からどっさり海の幸を届けてくださった。プロヴァンスにいる時から、「陽子さんに石巻の魚を食べさせてあげたい!」とおっしゃってくださっていたけれど、採りたての牡蠣、殻付きのホタテ、新鮮なアワビやタコやブリ、サンマの丸干し、毛蟹、ワカメ、ムール貝などを次々届けてくださり、私は石巻の漁場の素晴らしさを改めて知ることになった。

どの魚介も本当に驚くほどの美味しさだった。そして彼女の石巻への愛をしみじみ思った。時折話す子供の頃の思い出、家族の話、今は堤防のコンクリートの下に埋まった懐かしい家のこと。それらはいつもチエさんの心の中を占めているのだろうと思う。

いつまでも泣いていられないから立ち上がった。でも傷口はいつまでも開いたままだ。

東北には開いたままの傷を抱えた人がたくさんいることを、私たちは忘れるわけにはいかない。何もできないと思う前に、その人たちの心の内を自分のことのように想像してみたい。心の傷を少しでも共有できれば、自分にできることがたとえ小さなことでも見つかるかもしれない。







チエさんは石巻で雑貨屋さんbulan を営んでいらっしゃいます。石巻の魚介の加工品も売られているのでご興味ある方はぜひ!