冬至を迎え、当たり前ですが一年は早いなあと実感しています。例年の催し事を迎える度に、いつまで懐かしんでいられるのか?ふと、思ってしまいます。それでも時は流れ、

来年、迎える事ができるかは、誰にも解りません。

皆々様、良いお年をお迎えくださいm(__)m

 

 

さて・・・


子供の可能性を狭めようとして

学校に行かせる親はいません。

学問は人の可能性を広げるためにあるはずです。

だけど

親は知るべきです。

学歴というものが

時として

可能性を狭めていくことを。

大学を出れば職業の幅が広がるはずですが

「大学まで出たのに」と

実際には狭まったりします。

医学部を出ることは

医者になれる可能性を得ることです。

だけど現実は

「医者になれない人は落ちこぼれ」と

可能性を排除していくのです。

広がるはずなのに狭まっていく。

時間とお金をかけて手に入れた経歴や学歴を

無駄にしたくないから。

その執着が

自分や子供の可能性を狭めていくのです。

 

 

さてさて・・・

誰の人生にも無限の可能性がある。

ただ

その種類が人によって違うだけ。

すべての人に

メジャーリーガーになる可能性が

備わっているわけではないし、

すべての人に

大統領になる可能性が

備わっているわけではない。

しかし

可能性が無限であることに変わりはない。

私たちは

一人ひとり種類の違う

無限の可能性を持って生まれてくるのである。

にも関わらず

そのポテンシャルは

ほとんど発揮されずに終わっていく。

人生が限られていることも

その理由のひとつだろう。

 

すべてを実現するには

人生はあまりにも短すぎる。

だが

ひとつの方向を見定め、

その可能性を

どこまでも追及しようとするなら、

そこに

限界がないことを人は知るだろう。

自らの成長に限界はない。

どこまで成長するのか、

その可能性は無限大なのである。

どんな分野でも

初期の成長スピードは早い。

運動神経が良かろうが悪かろうが

ある程度までサッカーは上達していく。

しかし

成長と共にそのスピードは落ちてくる。

そして多くの人は

どこかで成長が止まる。

限られた人だけが

成長を続ける。

実は

そういう分野が

誰にでもある。

 

それこそが

私の無限の可能性なのだ。

やればやるほど成長するが

スピードはどんどん落ちていき、

ほんの僅かな成長に

何年、何十年とかかるようになる。

ゴールは見えない。

地を這うような成長が

ずっと続いていく。

ここまで来れば

どんな分野でも、

成功者と言える立場になっているだろう。

 

 


 

成功とは

何かを成し遂げることではなく、

いつまでも

成し遂げられない道を見つけ出し、

極め続けることである。

どんな人にも

成功者になる道は開かれている。

しかし

そこに到達できる人は稀だ。

それは

チャンスがなかったからか。

学ぶ時間や経済力がなかったからか。

多くの人は自分の限界を

「足りないもの」によって感じる。

 

時間、運動神経、お金、生まれ育った環境。

だが

可能性を狭めているものの正体は

不足ではない。

足りないのではなく

持ち過ぎているのだ。

既に手にしている

何かを捨てられないこと。

その

執着が無限の可能性を狭めている。

これは失いたくない。

これも手放すのは嫌だ。

苦労して

せっかく手に入れたもの。

 

捨てられない執着が

増えれば増えるほど、

可能性は狭まっていく。

 

人生の充実感は

持っているものの量で決まるわけではない。

歩むべき道を

どこまで歩んだか。

その

納得感が

人を充実させる。

 

人生の可能性は広がらない。

 

ただ

狭まっていくだけ。

 

可能性は最初から開けているのである。