今年も残り3週間、早いですね・・・気が付いたら三の酉も、とっくに過ぎて、
大宮十日町、浦和十二日町と、年の瀬まで一直線・・・・で、クリスマス。
仕事納めに大晦日・・・60回ほども経験したはずですが、相変わらずのバタバタ。
成長しませんね。でもね・・・来年こそは!・・・って、またまた、思うんですよ。
さて・・・
もし・・・
ある日突然・・・
地球上のすべての人間が
記憶喪失になったら。
誰ひとりとして
自分が誰なのか分からない。
家も、
家族も、
友人も、
仕事も、思い出せない。
そうなったら
貯金など意味がありません。
借金だって
なかったことになる。
愛も、
友情も、
名誉も、
財産も、すべては記憶なのです。
記憶をなくした世界では・・・
ダイヤモンドは
価値をもつのでしょうか?
やっぱり
みんな欲しがるかもしれないし・・・
誰も
見向きも
しないかもしれない。
記憶が
リセットされてしまえば・・・
きっと
価値の目盛りもまた
さてさて・・・
私の価値って
何なの?
誰もが一度は
考えたことのある、
この質問。
恋人にとっての私。
家族にとっての私。
友人にとっての私。
そして
社会の中での私。
上の3つはプライベート。
そういう
イメージではありませんか?
そして
最後のひとつは仕事。
すなわち
プロとしての私の価値。
不思議ですよね。
お金という線を
引いてしまえば・・・
多くは
プライベートな問題になってしまう。
この線から
そちら側は・・・
あなたの問題です。
こちら側についてのみ、
一緒に
考えていきましょう。
仕事に
プライベートは、
持ち込んではならない。
プライベートに仕事は、
持ち込みたくない。
きっちり分けて
考えよう。
それが
ちゃんとした社会人である。
多くの人は
そう信じているみたいです。
もちろん、
それが正しいシーンもあります。
「男としての
私の価値は何ですか?」とか。
「私が生きている目的は
何でしょう?」とか。
そんなことを
部下に聞かれても困りますから。
面倒な部下は
私だってごめんです。
だけど・・・
自分のことに関しては
別です。
会社にいるときの私も、
プライベートな時間の私も、
どちらも
私の大切な人生なのです。
上司は
会社の中での
私の価値しか
考えてくれません。
考えてくれたとしても、
せいぜい
社会人としての私。
つまり・・・
稼げる部分の価値について。
だけど・・・
私は
それじゃいけない。
お金になるかならないかに、
自分の価値を
閉じ込めてはいけない。
ここが
とても大事な
ところなのです。
下手をすると
奥さんや子供まで、
稼ぎの部分しか
見てくれなかったりします。
でも・・・
それは
自分が悪いのです。
稼ぐ以外の価値を
提供してこなかったから。
そんな家庭は
非常に虚しい。
人生だって同じです。
稼ぎなど関係なく
人の役に立つこと。
人として
価値を提供できること。
それが・・・
社会人としての価値なのです。

