私はお酒が大好きでして、
年間364日はお酒を飲んでいます。
普段は缶ビール1本ですが・・・
若い頃から
ずっとこのような生活をしているので・・・
私の肝臓は、
かなり鍛えられています!?!(酷使→疲弊?)
ビールに換算すれば・・・
10トンくらいは飲んだと思います。笑
「肝臓の悲鳴が聞こえる」などと言いますが・・・
私がその悲鳴を聞いたことはありません。
私の肝臓は口下手なようです。苦笑
お酒というのは、不思議なものですね。
世界中、どこに行ってもお酒はあります。
そして・・・
見事にその土地の料理とマッチする。
フランス・イタリア料理ならワイン。
ドイツ料理ならビール。
日本食には日本酒。
中華なら紹興酒。
焼肉はマッコリ。
見事なものです。
これは私の私見ですが・・・
多分・・・
最初に出来たのは
お酒の方なのではないでしょうか。
そのお酒に合うように料理が作られた。
だからお酒と料理が合うのは
当たり前なのです。
・・などと、お酒の話をしていたら、
本が一冊書けてしまいそうです。
・・・で、今日の本題なんですけど、
「酒は飲んでも、飲まれるな」について、です。
正直、もしもこの世にお酒がなければ、
私は未だに独身だったかも知れません。
友だちも一人もいなかったかもしれません。
社長にだって、なっていないはずです。
酒を飲んで妄想し・・・
酒に酔って閃き・・・
酒に背中を押されて生きてきました。
私の人生は、
酔拳そのものなのかも知れません。笑
もちろん・・・
それによる失敗も、それ相応にありました。
失敗と成功を量りにかけたら
どちらの方が多いのでしょうか・・・orz。
マリファナや大麻と同じように、
酒も法律で禁止されていた過去があります。
まあ、どちらも
感覚を麻痺させるという意味では
同じなのでしょう。
習慣性があるとかないとか、
いろいろ議論はありますが、
なぜ酒が合法なのかは私にもよく解りません。
モチロン、
私は規制されるのは困りますが・・・
多分・・・
酒がなければ、
人類の失敗は半分以下になるような気がします。
私の友人S君などは、殆ど無くなるでしょう。
でも・・・私たちは酒を合法化した。
それはなぜなのでしょうか。
酒は、人の判断を狂わせます。
スピード感覚が鈍ったり・・・
平衡感覚を失ったり・・・
本能がむき出しになったりします。
とにかく、
正常な判断を狂わせるのです。
酒は飲んでも、飲まれるな。
これは、
酒を飲んでも判断を狂わせてはならない、
ということなのでしょう。
しかし・・・です。
飲むことによって判断が狂うからこそ、
得るモノだってあるのではないでしょうか・・・
たとえば・・・
好きな人に告白できたりとか・・・
間がもたない人とでも会話が弾んだりとか・・・
落ち込んでいるのに笑えたりとか・・・
シラフじゃ出来ない行動ができたり・・・
コミュニケーションの潤滑油になったり・・・
必要ないことを忘れてしまえたり・・・
・・・まあ、
いいのか悪いのか分かりませんが、
酒は人の行動と判断を変えてしまうのです。
もちろん・・・
酔って人に迷惑をかけてはいけないと思います。
吐いたり、絡んだり、一人で帰れなかったり、
そんな迷惑はよくないと思います。
(皆さん思い当たるフシが一度や二度はあるでしょう・・・笑)
でも・・・だからといって、
シラフのときと同じ行動や判断をすることが、
正しい飲み方だとは思えないのです。
酒は美味しい。
食事も一段と美味しくなる。
でもそれだけではない。
人は、なぜ酒を飲むのか!?!
人は「判断を狂わせる」ために
酒を飲むのではないでしょうか。
それが
いいことなのか
悪いことなのかは解りません。
解りませんが、
判断を狂わせるために飲んでいることは確かです。
何かを忘れたいとか・・・
言いにくいことを言いたいとか・・・
大胆に行動したいとか・・・
とにかく、
自分の感覚や、
判断基準を入れ替えたいのではないでしょうか。
もしも・・・
全人類が
一日の大半をヨッパライで過ごすとしたら・・・
どちらの判断が
本当の判断ということになるのでしょう。笑
シラフのときの判断か。
あるいは
酔っているときの判断か。
結局・・・人は何かに酔っているのです。
常識とか・・・
法律とか・・・
民主主義とか・・・
社会保障とか・・・
何らかの先入観で
人の脳みそは酔わされている。
無人島で一人だけの人生になったら・・・
酔っていても、いなくても・・・
あまり変わらないような気がします。
どうなんでしょう・・・そんなとき。
あなたなら、
一人の人生を酔って過ごしますか?
それとも、シラフで過ごしますか?
私ならきっと、
8割くらいはヨッパライですね。
たま~にシラフになって、自己嫌悪を楽しむのです。 (^_-)-☆