褒める。


ホメる。


他人はおろか、自分を褒めることさえ難しい・・・


私は最近、

一日に一回自分を褒めることにしている。


70パーセントくらいは朝、顔を洗い、

鏡を見ながら褒める。


「お前はイケてるよ。素晴らしいよ。

 今日の仕事も絶対にうまくいくよ。」と、


自分を褒め、励ますのである。


こういうことができる日は、

たいてい体調がよく、精神状態もいい。


もともと躁状態の自分を

さらに持ち上げるのだから、効果はてきめんだ。


会社に行く途中の景色までもが

輝いて見える。


町行く人も、世の中も、

すべて愛すべき存在に感じてしまう。


こういう日には、

仕事でも必ずいい結果が出るものだ。

ところが、

人生とはこんな日ばかりではない。


朝起きた瞬間から体が重く、頭も重く、

精神状態も最悪という日もある。


こんな鬱の朝には

とてもではないが自分を褒めることなどできない。


鏡を見ることすら嫌になる。


それでも会社には行かなくてはならない。


そういう時、私は、

時間ぎりぎりまで部屋でごろごろしながら、
どうでもいいようなテレビ番組を見つづける。


そして最後には

致し方なくシャワーに向かい、

着替えて会社に向かうのである。

こんな朝は最悪だ。


町の景色もどんよりとしていて、

人々は灰色に見える。


負のエネルギーばかりを感じ、

やる気はかけらも出てこない。


往生際の悪いことに、

会社に行かなくてもいい理由ばかりを考えてしまう。


行ってもしょうがないんじゃないか。


誰も望んでいないような気がする。


俺は社長には向いていないのかもしれない。


結局人間は何のために生きているのだ。


などと、

最後には哲学者のような禅問答ばかりを繰り返すのである。

こんな日は、

仕事の成果もぜんぜん上がらない。


誰とも目を合わせたくないし、

会話に自信がもてない。


人の話に共感することが出来ず、
無理やり作った笑顔は、

引きつっているのが自分でも分かる。


こんな日が全体の30パーセント。


私は早々に仕事を終えて、

子供と風呂で遊ぶ。


そして、自分を褒める。


子供にも褒めて貰う。


そんな日は、自分を褒めるのは難しい。


だが、それでも私は自分を褒める。


順番としてはまず、世の中を嘆く。


「やってられるかちきしょー!」と叫び、
世の中のイケていないところをあげ連ねる。


次に「あーやだやだ」と叫びながら

部屋の床をごろごろと転がる。


転がっているうちに酔いが回ってきたり、

目を輝かした子供がじゃれてくる。


そのとき

すかさず自分を褒めるのである。


「お前はイケてなくはない。いい男だよ。
 今日はたしかにイケてなかったけど、そんな日もある。
 俺だって完璧じゃないんだ。

 いや、完璧なやつなど世の中にはいない。
 そう考えると俺はイケてる方じゃないのか。
 いや、イケてるはずだ。

 絶対にイケてる。お前はえらい。素晴らしい。」などと、


主語がどうなっているのか解らないような、
むちゃくちゃな理論で自分を褒めるのである。

その結果どうなるのか・・・


次の日には明るく元気に・・・なんてはずはない。


人間はそんなに単純ではないのだ。


だが、

それでも私は自分を褒め続けようと思う。


だいたい現代人は

自分を褒める努力が足りない。


自分で褒めずして、

いったい誰が自分を褒めてくれるというのか。


自分を褒めることが出来る能力。


それも立派な才能だ。


あ~あ、うまく褒めたい!


うまく、ホメられたい!