私は現在44歳。

今年の8月には45歳になる。

大厄といわれる人生最大の厄年も過ぎ、
社会人(職業人)になってから、
はや23年。

思い返してみれば、
「あせり」と「惰性」の連続だったような気がする。

サラリーマンでいることに疑問を持ちながら、
惰性で15年務め、
あせりと勢いで退社したのが9年前。

周囲に流されて起業したのが38歳のとき。

起業・独立したものの、まったく赤字が減らず、
行き詰って、更にあせっていた30代後半。

そして、30代後半は倒産の危機の連続で、毎日が眠れない日々。

40台に入り、人生の残り時間を意識するようになり、
業績が堅調になるにつれ、毎年のようにあせる気持ちが減退していった。

では、40代も半ばになった現在はどうか?

これが意外とあせらないのである。

不思議なものだ。

当然のことながら、若い時ほど残された時間は多い。

にもかかわらず、若いときほどあせってしまうのは何故か?

早く大人になりたい。

早く一人前になりたい。

早く頂点に立ちたい。

こういった気持ちは若いときほど強い。

そして、
その強い思いとエネルギーが人を成長させることも事実である。

だが、あえて私は若者に“あせるな”と言いたい。

“40にして惑わず”というが、
この年になってやっと焦りがなくなった私からのアドバイスである。

若い人から見れば、
40オヤジのあきらめに思えるかもしれないが、
それはちょっと違う。

あせってもしょうがないということを、
40年の人生から学んだのだ。

たとえば、
早く大人になりたいと願ったところで
10歳では大人にはなれない。

人生も仕事も同じである。

あせったところで時間は短くはならない。

いや、
短くすることに意味は無いと言ったほうが正しい。

早く大人になること、=早く一人前になることに意味はないということだ。

確かに、
一日も早く一人前になりたいと頑張る姿勢は大事だ。

だが、
たったの一年で一人前になれる仕事というのは、
しょせん、
その程度の仕事でしかないということも事実なのだ。

どんなに頑張っても一人前になるのに十年はかかる。

いや、二十年はかかる。

そのような仕事こそ、極める価値があるのではないか。

犬や猫は、たったの1年で大人になって子供を産む。

それゆえに
人間よりも寿命が短いのである。

ねずみはもっと早い。

だがそれを羨ましがる人がいるだろうか?

成長スピードは衰退スピードに比例する。

これは自然界の絶対法則なのだ。

企業経営もまた然りである。

成長スピードの速い業界やビジネスモデルは、
間違いなく衰退のスピードも速い。

ビジネスも生き物と同じで、寿命があるということだ。

寿命がある以上、
すべての企業やビジネスには頂点がある。

頂点までのスピードが速ければ、滅亡までのスピードも速い。

大器晩成という言葉があるが、
大事なのは頂点までのスピードではなく、頂点の高さである。

より高いところを目指すならば、より多くの時間が必要となる。

だからこそ、
あせらないことが重要なのだ。

頂点の高さは、頂点を過ぎてからでないと解らない。

頂点に立った(何かを極めた)達成感がないとしても、
あせらずに努力し続けていこうと思う。