世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
(村上春樹)
ファンタジックな物語性は
すでに前作『羊をめぐる冒険』で
相当見られますが、
一気に行くところまで行ってしまったのが
この作品です。
この路線は
その後も複数の作品で踏襲されますが、
イマジネーションの豊かさ・強靭さの点で
この作品は依然として抜きん出ているように感じます。
たとえば、
エレベーターの中に突っ立っているだけとか
延々と廊下や洞窟の中を歩き続けるだけというような
単調な場面であっても、
村上氏は間断なく
そして変幻自在に読み手の想像力を刺激してきます。
この旺盛で自在なイマジネーションには眼を見張ります。
現実感とファンタジックな味わいが
渾然とした作風が多い村上作品の中で、
この作品は基本的に空想世界の物語として構築されています
(『ハードボイルド・ワンダーランド』の方には多少現実感がありますが)。
それだけ写実的ないしは叙事的な描写の割合が増えるので、
村上作品としてはかなり文章が引き締まっています。
個性的な文体の魅力を武器とする作家だけに、
他の作品とは異質の味わいがあります。
そして『世界の終り』と
『ハードボイルド・ワンダーランド』とで、
それぞれの舞台やストーリーに合わせて
文体が鮮やかに使い分けられています。
『ハードボイルド・ワンダーランド』の文体が三部作
(『風の歌を聴け』~『羊をめぐる冒険』)などの
従来作品に相対的に近い調子であるのに対し、
『世界の終り』の文体は写実性・叙事性が高いうえに
どこか静けさが漂っています。
この作品は、
村上氏が気分とか雰囲気だけの作家ではなく、
物語を構築する並外れた力量の持ち主であることを
証明しています。
その後の20年でいくつもの大作が発表されましたが、
この点では未だに
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が
最右翼に位置していると確信します。
個人的にはこの作品と
『ダンス・ダンス・ダンス』が
村上氏の創作力の頂点と考えます。
暗喩的な設定が散りばめられており、
解読的な読み方をされることが多いようです。
わたしなりの“解釈”はあります。
作者本人が自伝的作品と言っていますから、
村上氏の作家としてのあり方が示されているものと考えます。
しかし、
そのような“解釈”よりも、表現者としての
圧倒的なまでのイマジネーションを堪能したいと思います。
