私が初めて自分の小遣いを貯めて買ったスパイクは
「ネッツァー・スター」でした・・・




西ドイツ史上最強と謳われた
1972年欧州選手 権のゲーム メーカー。

フランツ・ベッケンバウアーとネッツァーが
交互にゲーム を組み立て、
ゲルト・ミュラーがゴールを決める。
正に最強に相応しい布陣だった。

センチメーターパスと呼ばれる長短自在のパスを操り、
フリーキックの巧さも世界最高 峰。
ネッツァーのプレーは、常に華麗なイメージ へと繋がる。

1952年、1.FCメンヘングラッドバッハ
本格的にサッカー を始める。
1963年に同じ町のクラブ
ボルシア・メンヘングラッドバッハ に移ると
「駿馬のイレブン」として
西ドイツ国内に名を馳せることになる。
名将ヘネス・バイスバイラーに率いられたチームは、
瞬く間にブンデスリーガのトップチームに成長し
バイエルン・ミュンヘンと覇権を争うまでに至った。
その活躍が
当時の西ドイツ代表監督 ヘルムート・シェーンの目に留まり、
1972年欧州選手 権ではゲーム メーカーとして
西ドイツの優勝に大きく貢献した。

だがワールドカップには縁が無く、
1970年、1974年共に
ライバルである「左足の芸術家」ヴォルフガン ク・オベラートとの
ポジション争いに敗れている。
1974年には1試合に出場したが、
その試合も敗れており、喜びに満ちたチームの中で1人、
屈辱を味わった。

現在はコメンテーターとして相変わらず賢人ぶりを発揮。
ドイツのスポーツ 界で最も人気のあるパーソナリティーとして
活躍中である。