マドンナは永遠に・・・ | 千の風

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皆川一のオフィシャルブログ

産経新聞の2009年9月9日朝刊社会面に私の著書「七転び一起き」の書評記事が掲載されました。数日後、その記事を読んだ中学時代の友人から連絡がきました。

 

 

その友人(Mさん)は・・・中学時代、マドンナ的存在だった聡明な女性です。

『あの、産経新聞の書評を読んでご連絡をしましたが、この本の著者の皆川一さんはいらっしゃいますか?」・・・弊社にかかってきたこの一本の電話が、実に37年ぶりの奇跡的なマドンナMとの再会を実現させたのです。

 

当時、髪がとても綺麗だったマドンナ・・・電話を受けた私は『M?本当にM?・・・元気?今どこで何をしてるの?是非、会って色々と話をしようよ?』・・・矢継ぎ早に私はマドンナに多くの質問を投げかけてしましました(興奮気味)

 

 

『結婚して、主人と息子と3人暮らし、皆川君は?』・・・マドンナの返事に37年間の歳月の流れを感じ、私は『是非、会って飯でも食おうよ』とお誘いをしました。しかし・・・マドンナの返事は・・・

 

 

『実は私、癌で今、治療中なの、抗がん剤の副作用で、人前にはちょっと出たくないんだ』・・・私は言葉を失いました。普通はあまり公言しない様なフレーズを幼馴染の私には日常会話の如く、さらっと話してくれました。私は『M!体調が良い時に、気晴らしに出ておいでよ!ご主人にお願いして一緒においでよ!』・・・これが私の精一杯の返事でした。

 

 

数日後、Mから私の携帯電話に連絡があり・・・『是非、皆川君に会っておきたいから主人と二人で伺いたいんだけど・・・いいかな?』・・・私の答え・・『勿論!』

 

 

3日後、ご主人と二人で私のオフィスに訪ねて来てくれました。想像していたより顔色もよく、元気な様子だったM!心を撫でおろし、空白の37年間の話を二人で一生懸命しました。その間、ご主人は黙って私たちの話に付き合ってくれました。そして、私の著書『七転び一起き』の話題に・・・Mは新聞の書評で偶然私の本のことを知って、すぐ購入して読んでくれたとのこと、そして、本当に励まされたと言ってくれました。嬉しいやら、恥ずかしいやら・・・

 

 

元気な笑顔を残してご主人と帰っていったMが品川の病院に緊急入院したとの知らせを受けたのはそれから1か月後のことでした・・・ご主人のお話だと余命はあとわずかとのこと・・・断腸の思いで病院にお見舞いに行きました。笑顔で迎えてくれた病室のMに私は『逝くときには元気に逝けよ!くよくよしないでMらしく笑顔でね!』 一見、無神経で酷な言葉かもしれないですが、中学時代からいつも元気ハツラツだったMに落ち込んだ顔は似合わないとの思いで私も日常会話の如くさらっと話しました・・・Mの返事は期待通り笑顔で『うん!』

 

 

それから二週間後、早朝、出張先の私の携帯が・・・携帯の相手先表示はM・・・しかし電話から聞こえてきた声はMのご主人でした・・・『Mが先ほど息を引き取りました』・・・そのご主人の言葉を聞き終わらないうちに、頭が真っ白になりホテルの部屋で声を押し殺し、一人で号泣しました。体からすべての力が抜けていきました。

 

 

Mの葬儀に参列した時、ご主人からM最後の1か月間のお話をお伺いして更に号泣・・・Mは私の著書をたくさんアマゾンで買い貯めて、病室から中学の友人に今生の別れの挨拶と共に『ヤンチャだった皆川君がこんなに立派になったよ!』と私の著書に手紙を添えて送ってくれていたとのこと。Mという人は・・・本当に・・・自分より他人に対する心が豊かな人でした。改めて心からMのご冥福を祈りたいと思います・・・M!長い間、わたしの友人でいてくれて感謝しています。Mの想いはご主人と一粒種の息子さんに連綿と引き継がれ今も健在ですよ。安心して天国から家族を見守ってあげてくださいね。

 

 
 

 

我が使命を知り

我が使命を自覚し 

他が為に生きる。


人生はどん底からが、本当のスタート

故に、人生のどん底を嘆くことなかれ

威風堂々と、最高の笑顔で、前進あるのみ


人生は笑顔の数しか、幸せは訪れない。


どんなに辛くても・・・
どんなに悲しくても・・・

決して下を向いてはいけない。

 

光り輝く大空を見上げて・・・さぁ!

希望のはじめの一歩を踏み出そう!

 

千の風


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