案外、物事の良し悪しの判断基準が稚拙な根拠である場合が多い。
例えば夫婦離婚調停で自分が妻側の身内か、夫側の身内かでは、主たる原因を判断する定義も見方も真逆になるケースが多い。
しかし、そんな偏った稚拙な判断でよいのだろうか・・・気持ちは判るが後味の悪い結果になることは必至である。つまりは・・・
良いものはいい。駄目なものはだめ。
例えそれが身内だろうと、利害に反する相手だろうと・・・同じなのである。
良いものはいい。駄目なものはだめ・・・なのである!
そう考えれば、世間の評判や噂話、ましてや風評などにはまったく耳を貸さなくなる。自分自身がどう判断するかが大切であり、その判断基準の根本は良いものはいい。駄目なものはだめ・・・実に単純なのである。そこには地位や学歴、金持ち貧乏、容姿、成功者失敗者は関係ない。
この様な感性の持ち主が誰からも信頼される人格者になるのだろう。
利害という魔力に打ち勝ち、真価という威力をもつ人間に私はなりたい。
我が使命を知り
我が使命を自覚し
他が為に生きる。
人生はどん底からが、本当のスタート
故に、人生のどん底を嘆くことなかれ
威風堂々と、最高の笑顔で、前進あるのみ
人生は笑顔の数しか、幸せは訪れない。
どんなに辛くても・・・
どんなに悲しくても・・・
決して下を向いてはいけない。
光り輝く大空を見上げて・・・さぁ!
希望のはじめの一歩を踏み出そう!
一級建築士事務所ACADEMEIA
プロタイムズ湘南台研修センター