さあ、また地味な暮らしをしますよ。 | 司法浪人医師の別荘

司法浪人医師の別荘

自分オリジナルの「使命」を、いい歳こいて!?真剣に探し始めた一人の変わり者の日常を綴る…ための別荘。

そろそろ私は私の得意な生活に戻ります。

結局私は真面目な人間、他に刺激を与えるタイプではないし、自身もあまり必要としない。少なくとも現在、人生を楽しむ気はないのだと思います。

お早うございます。

早寝早起き、酒を飲んでも日付が変わる前に寝る。精神の安定のためにも刺激など少なくて良い。少なくとも自ら求めることなかれ。


最大の障壁はバカ真面目、クソ真面目、バカ…。様々に形を変え、穏当な衣装をまとった嘲笑たちへの対処であります。他人の弱点、弱みを見つけないと安心できない人というのは相当数おられるようで、これ意外と心労につながります。

今のところ、大概の事を言われても「なるほどねえ…。」と明確な意味内容のない無難なトーンの返答をもって場の空気を流してしまうことが有効であります。

「会話」することも無責任には行えない行為なんだと、どれくらいの人が明確に認識しているでしょうか。言う事を選ぶ基準が、「自分が言いたいから」にあるうちは極端に言うと私には未だ獣寄りの幼稚さから抜けていないように見えます。

そして、そこがかつて通り過ぎてきた場所である記憶も持っています。


4歳前後には皆が有している根拠のない自信、すなわち心理学的には「幼児的全能感」からスタートし、段々、静かになっていくはずなのですよ、人生を怠けていなければ。木鶏ではありませんが…。

言える事がどんどん少なくなっていく、それが健全な成長過程。

しかし、それを嘲笑する心情が多数派を占めているのが現状。現状が不当であることは明白。ということは、変えなければならないことも、明白。

では、その旨他人に働きかける事は自由か?否である。少なくとも内心に留まる以上、いかに悪しき心情も絶対保障。外部的行為を伴っても、現行の法体系で厳格に評価されることは期待薄。されば品性を落とし続ける事が現実には強い力を得る合理的な手段と言う事になる。何も不思議はないです。

働きかけられるのは本人のみ。他人に出来る事は、気付いてほしいなあ、と祈ることくらいです。

やっぱり、どうでも良い事なんですね、自分の内面以外は。自分が宇宙の一部であるとしたら、尚更。それが全部でもあるわけだから。

孤独がギスギスした内心を生むのだとしたら、それも必要だから起きる事。そして、それを負ってなお務めを担っていけるから起きる事。つらいのなら、誇りを持ちなさい。それを負っていけるほどの魂を、あなたはその内側に持っているのだから。

目に見えるものにあんまり大切なものなんてありゃしないのさ。

そいつを、より洗練して実践できるように進んで行こうと、そう思います。いつも同じ事を言っている気もしますが…(笑)。

それでは、また!