ニート対策を考えるより先に政府には考えるべきことがあるのではないか?
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私は前職において、地理的特徴から現役の農家と接触することが多くありました。
最近は時折取り上げられますが、現役世代の平均年齢は高く、70歳くらいで現役の方は珍しくありませんでした。
そして、複数の方々から聞かれたこと…それは「息子には農家をやらせなかった、食っていけないから、勤め人にならせたんだよ。」というものが非常に多かった。
確かに、場当たり的な減反、増産政策が繰り返されたり、農協が次第に生産者のためのものではなくなってしまったり等のことがあって、まじめに農家、特に米農家をやっていても、なかなか生活が厳しいらしいですね。
このことは、当該農家の後継ぎがいないとか、米の自給率が50%にも満たないとか、そんな小さい問題じゃあないのでは?と、私には思えるのです。
誤解を恐れずに言えば、この世の中には、勉強が好きで、得意な人間もいれば、好きではない人間もいるのです、また、勉強すること自体に意義を大きく感じる人間もいれば、あまり大きく感じない人間もいるのです。
特に後者の方は生まれてきた環境により後天的に形成される部分が大きいでしょう、つまり、一生懸命に農業を行っている両親を見て育っていけば、勉強それ自体に大きな意義は感じないことの方が自然であり、そのこと自体は健全なことのはずです。
問題は、そのような性格を有している人間にとって、多くの場合親の営んでいる農業を後継することが、本人にとっても周囲の人間にとっても、ひいては国家全体における適材適所の職業分担という見地からも望ましいはずだと、私は思うのです。
本来、会社員であれ、公務員であれ、いわゆるホワイトカラー(死語でしょうか?)といわれる職種は勉強が好きで、得意であり、かつそれを心から重要なことと捉えられるような人間でなければそれを健全に遂行することは困難なもののはずです。
会社員であっても、個人商店と異なり、他人のお金を預かったうえで業務執行を行う点で、公益性が高いといえるわけですし、それを自らの頭から自然に発想することができるようになるためには、勉強により頭を訓練する必要があります。
人間も動物であり、自己保存欲求がある以上、スタート地点は身勝手そのもの、私利私欲のみが行動原理であって当然だからです。
そして、それを後天的に自己に課した勉強により、制御することを覚え、社会的存在となることを経た上で、公益に資することができうる存在となっていくのです。
しかしながら、誰でもがそのような経過をたどるわけではなく、また、そのような頭でっかちなルートをとらなくても、結果として適切な活動を行うことはできるはずです。
その最たるものが、農業・漁業・林業といった自然を相手にする第一次産業を生業とすることだと思うのです。
人間相手の三次産業と異なり、脅そうが、すかそうが、歯の浮くセリフでゴマをすろうが、お天道様や海、山を自分の都合に合わせることは絶対にできません。その体験から、帰納的に私心・私利・私欲に基づく行動の不適切さを学ぶことができ、己の行為規範とすることができるようになっていくのだと思います。勉強によってそれを演繹的に得ることをしなくても。
ただし、そのような人格特性をもった人間が三次産業、特に商業を生業にすることは…いただけません…の一言ではないでしょうか…。
商業において重要なのは、正しい行いをすることでもなく、自己研鑽によって能力を向上させることでもなく、良好な人間関係なんだそうで、それはとどのつまり、最も力の強い者をすばやく見抜き、その者に対して集中的にゴマをすることなんだそうです…。
正邪善悪で物事を判断することは「青臭い」こととして不適当であり、利害得失によって判断することを自然に行えるようになって、はじめて一人前の「大人」とされるようです。
現状ではこのような価値観、方法論が単に商売をうまくいかせるための方策という意味を超えて、あたかも人間としてとるべき道として多数の人間から吹聴されている気がしてなりません。
まあ、数の上で圧倒的に商業従事者が多いわけですから、そうなっても不思議はありませんが…。
農林漁業に携わっていれば、立派に適材としての役割をを果たせたであろう人間が、先行きの経済的不利さのために、名前を書くだけで合格できる上、一年時の夏休み後には大量の中退者が出る高校…似たような大学…そして同様の会社へ就職する、という道を選ばざるを得ず、そこで教わることといえば、「利益に優先させるべき価値観・道徳観などというものは存在しない」「そのためにはとにかく表面的にお客様第一でございます、という体面を取り繕うべし」「そのかわり、自分がお客様の立場になったら、傲然と振舞うべし」等々……。
これでは先に、自らの勉強によって免疫を獲得していない人間はひとたまりもないでしょう。このような「悪徳商人の理屈」とでも言うべき、醜悪だが、強烈に魅力的な、利己的遺伝子丸出しの主張に抗うことなどできるわけがありません。
結果的に、無自覚のままにそれを自らの価値観としてしまい、今度はわが子に無自覚にその価値観を植え付けてしまうことになるわけでしょうから、世の中三次産業従事者ばかりになっていったのは、この意味からも必然だったのでしょう。
要するに私は何が言いたいのか
国家がお金の面でも負担をしつつ、まじめに農林漁業をやっていけば、三流サラリーマンと同等以上の収入が得られるような「結果」を何が何でも早急に構築することなしに根本的解決はない!!
ということです。