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法学部生が司法試験合格までの足跡を残す

法律問題についての私見、及びその検討、私事について記事を書くつもりです。不定期更新です。
※内容は誤りのないよう精査してますが、誤植や、内容に重大なミスがあることがあります。
それ故、それを信じて、何か不利益や損害を被られたとしても責任を負いかねます。

さて、本日は裁判所の判例検索の方法についてご紹介する。
判例は、法律学の勉強をしている者であれば、一度は目にしたことがあろう。
そして、事案の最終解決としての最高裁、ないしその他裁判所の判決文を見ることで、裁判所がどのような事案について、どのような射程を以て法律を適用しているか、どのような論理を採用しているか、理解して、その論理構成を論文試験などで活かせることができるのだ。

というわけで、まずは「裁判所」を検索して頂きたい。
どの検索エンジンを使用しても、大体一番頭の方にでてくると思われる。
これが裁判所のトップページだ。
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トップページは、基本的に最高裁判所の大法廷の写真が用いられている。
そして、その写真のすぐ下に、「裁判例情報」というタブがあるので、そちらをクリックする。
すると、このようなページが出てくる。
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基本的に、この検索条件指定画面においては、総合検索で検索して差し支えないと思われるので、このページにおける検索方法を紹介する。
まず、【裁判所名】について。
最高裁判所の判例を検索したいのであれば、選択のところから最高裁判所を選択すればよい。
対し、下級裁判所の判例を検索したいのであれば、その裁判所の名称(例えば、東京高等裁判所の判例について検索したいのであれば、選択の左のテキストボックス欄に「東京」と記載する。そして、右の選択から、「高等」という文字を選ぶ。)を記入しなければならない。
また、地方裁判所については、支部がある場合もあるので、その場合は、「選択」「裁判所」の右の欄の「~支部」の欄に、当該支部名を記入する。(例えば、東京の場合、東京地方裁判所の恥部としては、立川支部などが挙げられる。)

続いて、事件番号について。
例えばこのようなものが挙げられる。
「昭和45(き)1」
これは最高裁の事件で、昭和45年に受けた1番目の刑事再審請求事件ということになる。
(き)などのように、このカッコの中の文字は事件の種類によって異なる。
これについて、裁判所ホームページに詳述されているので、そちらを参照いただきたい。

続いて、裁判年月日について。
これは裁判の判決があった日を指定することで、その日の判決文を検索できる。
ちなみに私は今まで、期日指定しか使ったことが無いし、恐らくそれで事足りるだろう。
期日指定について、先ほどの事件番号と同じものを例えにすると、
「昭和45年03月12日」
となる。これを、記入すればよい。
ちなみに年月日の「年」については、西暦ではなく、元号での記入となっているので、そちらも注意していただきたい。

基本書などでは、裁判例を紹介するときは大体、
「最判昭~年,~月,~日 ~集~巻~号,~項」
などのようになっているのではないだろうか。
具体的一例として
「最判昭26,9,29 刑集13,1245」
がある。
これは、略さずに言うと、
「最高裁判所判決昭和26年9月29日 刑事判例集13巻1245頁」
ということになる。
よって、この期日につき、期日指定して検索をすればその判例が出てくる。
基本書で、判例の紹介をするときは、大体このような記述の方法になっていて、事件番号で記述されることはほとんどない。
なので、基本的に期日指定での検索方法を覚えてしまえば問題ないだろう。

全文検索については、その事案についてのキーワードで判例を検索できる。


さて、ここで練習として、最高裁判所が死刑を合憲とした、有名な最高裁判所大法廷判決についての判例検索をしていただきたい。
事件番号は 昭和22(れ)119
期日は 昭和23年3月12日

もし検索に成功したら、以下のような画像のページがでてくるはずである。
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このページが出たら、判例検索が出来ていることになる。
もし出なかったら、もう一度本記事を最初から見直して、トライしていただきたい。

さて、このページで、右側の「全文」というところをクリックすると、PDF形式で判決文が表示される。基本的に判例の学習をするときは、このPDFを使用すべきだろう。
逆に、左側の「最高裁判例」というところクリックすると、事案の概要や、要旨、争点などが簡潔に出てくる。
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以上で、裁判所ホームページからの判例検索方法についての紹介を終えたいが、注意点がいくつかある。
それは、大審院時代の判例は検索できないことと、あるいは、知りたい判例が載っていないケースがあることだ。
大審院は最高裁の前身で、この検索の構造上、大審院のタブがないため、検索はできない。
そして、一応裁判例情報の検索画面の下部にも注意書きがあるが、
「本裁判例情報には、すべての裁判例が掲載されているわけでは」ないのだ。
その点、期日も事件番号も正確なのに判例が出てこなかった、ということもありうるのだ。
事実、私も何回かそのような事態に陥ったことがある。
そのような場合には、他の判例データベースをあたったり、あるいは最高裁の刑事ないし民事判例集などから調べるほかない。

本日の記事で、今まで判例を検索したくてもその方法が分からなかった方のお力になれたのならば幸いである。
さて、前回前々回と、基本書をご紹介してきたが、今回は、刑法の基本書をご紹介する。
その前に、刑法においては、基本的な考え方についての大きな対立がある。
端的に言ってしまえば、「結果無価値論」と「行為無価値論」である。
結果無価値とは、極端に言えば、犯罪の罪責をその結果に求めることを言う。
要するに、結果が発生しなけば犯罪としての罪責を行為者に問いえないとする立場である。
それに対し、行為無価値とは、犯罪の罪責をその行為に求めることを言う。
要するに、結果が発生しなくとも、行為自体が社会的に無価値(言い換えれば、マイナスであるということ)であれば、罪責を行為者に問いうる、という立場である。
ここでいう「無価値」とは、社会的に価値が無い、要するに社会的に害悪である、ということとされている。

この刑法学説の根底に流れる大きな学説の対立によって、種々の場面で両者の見解がぶつかることがある。
共同正犯における行為共同説、犯罪共同説なども、そのメルクマールである。
事実の錯誤、違法性の錯誤などでも問題となる。
このように、刑法学習にあたり、刑法の根底の学説が大きく2分されており、それゆえ、その犯罪行為の処理方法や結果なども変わってくるため、初学者にとっては、いったいどちらの学説を取ったらいいのか、非常に悩まれる方が多いと思われる。

その指標としては、一般的に、
①実務においては行為無価値を採用しており、
②現在の学説の有力説、多数説は結果無価値を採用している
と言われている。
ちなみに今回ご紹介する大谷實先生は、行為無価値を採用して『刑法講義総論』をお書きになられている。

以上の前提を踏まえ、特徴等を説明していく。
私は大谷實『刑法講義総論』を使用している。
まず、形式・体裁 について
1、横書きである。
これは以前から述べているので、細かく書かないが、刑法に関しては特に、古くからの基本的理論が現在でも採られていることが多々ある。
そのような、古い基本書、というと失礼にあたるかもしれないが、昔からの通説化した学説についての基本書を読むときなどは、たまに縦書きのがあったりだとか、旧仮名遣いのままであったりということがある。
本書では、新仮名遣い、横書きという体裁を採っている。

2、記述の順序に特徴がある。
他の意本書や体系書においては、不作為犯を論じた後に因果関係論に移っているが、本書においては、因果関係は実行行為を前提にするものであるから、まず実行行為を論じ、次に、それと結果との結びつきを明らかにしている。(大谷實『刑法講義総論』P201参照)
後述することになろうが、大谷先生は因果関係において、折衷的相当因果関係説を採用されている。
それに対し、現在の判例は、「危険の現実化説」を採用していると言われている。
危険の現実化説とは、行為自体が危険なものであった場合で、因果経過の経験的通常性が欠ける場合でも、その行為の危険性の結果への現実化が認められる限り、因果関係が肯定される、という学説である。(大谷P221参照)
この「危険の現実化説」は結果から行為の危険性等を判定するものとして、大谷先生が重視する、構成要件の定型性を無視するものとして、大谷先生はこの危険の現実化説を批判している。
それゆえ、大谷先生は、前述のとおり、因果関係は実行行為を前提にするものであるとして、実行行為の後に因果関係論を述べている。
ちなみに、この折衷的相当因果関係説は、他学説からものすごく批判を受けている。相当因果関係説の危機とまで言われているほどだが、それに対して、大谷先生は判例を折衷的因果関係説に沿って再び検討し、相当因果関係説は危機に陥っていないということを述べておられる。

続いて、内容 について
1、基本的に結果無価値、行為無価値を問わず、あらゆる学説が網羅されている。
体系書などでは、その著者の学説に沿って書かれていることが多いが、本書においては、一応、他学説や判例についても、どのような内容のものかについて記述がある。
これは行為無価値を勉強しながら、結果無価値との差異を勉強することもできるし、大変助かる。

2、医療・精神系統についての記述が多い。
大谷先生は、本書以外にも多くの著書を執筆されているが、医療系統についての著書も多く執筆されている。
それゆえ、心神喪失、心神耗弱、あるいは安楽死、尊厳死といった、医療や、人間の精神面に関する刑法の解釈により力を入れられている。

3、判例についても比較的多く参照されている。
時々誤植などもあるが、基本書の中では、判例を多く参照していると思われる。
網掛け部分での判例の紹介においては、本筋の流れとリンクした判例を適宜紹介している。


以上、大谷先生の『刑法講義総論』についてご紹介してきたが、本書を扱うにつき、注意点がいくつかある。
大谷先生は前述のとおり、行為無価値論を採用しているが、時折、結果無価値的な結論でまとめることがある。
その点、ブレが見られるので、初学者の方は「んん??」となることがあろう。
そのような場合、今述べたように、大谷先生は結果無価値的な結論でまとめることもあるんだな、ということを頭に浮かべておいていただきたい。
さらに、よく言われることだが、ことあるごとに『社会的相当性』という言葉を持ち出して、判断している。
例えば、正当防衛の部分で論じられる「自招侵害」につき、判例は、自招侵害に付、正当防衛は成立しうるとしているが、大谷先生は、これに対し、防衛行為が社会的相当性を欠く場合には正当防衛を認めるべきではない、としている。
このように、社会的相当性という言葉を用いて、結論に持っていくスタイルが多いのだが、いったい社会的相当性とは何なのだろうか、ということがよく言われる。
大谷先生自身、刑法における明確性の原則を重視しておいて、『社会的相当性』のようなあいまいな言葉で片づけるのは如何なるものなのか、と批判を受けることも多々ある。
しかし、この点につき、大谷先生は本書前半部分でキチンと述べておられるので、納得できるだろう。


今回取り上げた基本書以外にも刑法は多くの良書がある。
その一例を取り上げさせていただく。
山口厚『刑法総論』
西田典之『刑法総論』
ちなみに後者について、今回の大谷先生の基本書とどちらにするかで迷った。
西田先生の記述は非常に明快で分かりやすく、初学者向けといえよう。
つい先日、西田先生がまだ若くして心不全にてご逝去された。そのことを聞いた当時、非常に驚いたことを記憶している。心から哀悼の意を表したい。
学者は、長生きして、自らの理論をより多くの人の採用してもらって、広めてもらい、通説化していくことこそ、学者冥利に尽きるのであって、西田先生はこの道の半ばで逝去されたことで、さぞかし無念だったろう、と私のゼミ担当教員が仰っていた。
しかし、私は、西田先生の遺された『刑法総論』は、今後ご本人による改訂は為されることはないものの、多くの刑法学習者の基礎としてその本の理論が根底に存在しているのであるから、西田先生が無念だったとは思わない。

他にも、判例集等刑法学習上必要なものがあるが、前田雅英等著の刑法判例250選や、有斐閣から出版されている判例百選など、メジャーどころが良いと思われる。
前回に引き続き、今回は憲法の基本書についてご紹介する。
例によって広告は「初投稿」のところに掲示したので、そちらで基本書のイメージを確かめていただきたい。
本題に入ろう。

私の使用している憲法基本書は
野中俊彦、中村睦夫、高橋和之、高見勝利共著 『憲法Ⅰ・Ⅱ 第5版』
である。
まず、形式・体裁について
1、憲法ⅠとⅡに分かれているが、前者は憲法規定の人権、後者は統治に分かれている。
授業でも基本書でも、大体人権と統治というように分別されている場合が多い。
ちなみに、人権とは、例えば、憲法13条の幸福追求権規定や、憲法20条の信教の自由の規定のように、人身の規定にかかわる事柄で、専ら憲法第3章の国民の権利及び義務であることがほとんどだ。
統治は、例えば、憲法第4章の国会の規定や、第5章の内閣、第6章の司法などのように、国家の機関についての規定である(地方自治体も含まれる)。
憲法について、ということをここで詳述するつもりはないが、簡単に言えば憲法とは、国民の権利、義務を規定し、国民に対して国が不当に制限を加えられないように、国家の権力を縛るもので、いかなる法律、命令、規則などよりも上位に位置する最高規範、である。
2、全編縦書きによる記述である。
前回にも、このことについて言及したが、やはり、法律初学者にとって縦書きの基本書は読みにくいと思うことが大半ではなかろうか。
現在、憲・民・刑・刑訴・民訴・商法など、主要法律に関する本について、縦書きだったものを横書きにするために改訂作業を行っていたりすることが多くなっている。
そのような流れの中でも本書は縦書きで、図説や挿絵も一切ない、文章に徹した作りとなっている。このような作りは珍しいことではないが、やはり、現在の基本書の主流は横書きで、図説なども多くし、少しでもイメージ化して分かりやすく伝えようとしている。
しかし、それでも私がこの基本書で勉強しようと思ったのは、やはりその内容が良いからだ。
内容については後述する。

続いて、内容について
1、憲法は学説が多く、また、完全な通説化がなされていない解釈も多い中、本書はほぼ、それら主要な学説について押さえている
とりわけ、思想・信条の自由や幸福追求権規定など、憲法上重要と思われる内容については、学説の対立が激しい。
今話題となっている憲法9条に関しては、学説としては、集団的自衛権も個別的自衛権も認めない趣旨であるとすることが多く、自衛隊も軍隊であるから違憲であるとする、憲法に忠実な学説が主流となっているが、それらについても詳述されている。
私見では9条の学説についてほぼ反対の立場にいる。とはいうものの、確かに憲法の規定に沿って、現状を考察しようとすると、現状をそのまま肯定することは解釈上も規定上も難しく、否定に徹するしかない、と考えられるのももっともである。
憲法は9条に限らず、今となっては価値観が変わってしまった条文については削除、ないし修正等をすべきで、さらに、曖昧な言葉である「公共の福祉」という概念についても、一定の要件を加えるなどをすべきである。
この点の私見についての詳述はまた後日記事を起こしたい。
2、取り上げられている判例も、覚えておくべき判例から、比較的にマイナーな判例まで、幅広く扱っている
憲法の勉強は、判例がメインといっても過言ではない。それ故、有斐閣から出版されている判例百選などの判例集は、憲法学習者にとっては必携品であるといえる。確かに、内容は幅広く扱っているが、本当に重要な判旨等のみ扱っていたり、事案についての説明が浅いこともあるため、お世辞にも、本書を読むだけで判例を完全に覚えられるということは言えないので、判例集はまた別に用意した方がいいだろう。
この本に限らず、基本書で判例をバッチリ記述しているものは少ないだろう。それは先にもあげた、学説の対立が多いという理由で、そちらに記述量としての重点が充てられており、判例を細かく詳しく記述してしまうと、頁数が足りなくなってしまうからだ。そこは予め理解しておくべきである。
判例の意義、また違憲訴訟についての方式等についても後日記事を起こすつもりである。

さて、憲法と言えば、芦部信喜先生の憲法基本書がやはりメジャーである。現在の実務もおおむね芦部説に従っているといってよい。
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私も、憲法を初めて学習する際、芦部先生の本か、それとも今回取り上げた基本書にするか、非常に悩んだ。
芦部先生の本は、これ1冊で人権・統治がまとめられているので、お財布に優しい。
また、前述のとおり芦部説は、概ね現在の実務に沿っている。というより、実務が芦部説で動いているといったほうが正しいかもしれない。
しかし、それでも今回取り上げた基本書にしたのは、芦部先生の憲法は、よく言われることだが、「行間を読まなければなら」ず、それが分からないと理解するのは非常に難しいからである。既に憲法をある程度学んでいる方は、憲法についての下地が出来上がっているはずだから、「行間を読む」ことはそれほど難しくなかろうが、やはり初学者にとっては、それは難しい注文だろう。
そして、本書『憲法Ⅰ・Ⅱ 第5版』の著者は芦部門下の先生が多く、それゆえ、芦部説を踏襲している点も多い。そして他学説についても検討を加えている点で、客観的に憲法の学説を勉強できるだろう。