「これからの日本は、ハードではなく、システムを世界に売っていくべきだ」
そういう声が最近、そこらじゅうから沸き上がっている。
原発とか、新幹線とか、水道事業とか。
それらはただ単にハードを売っておしまいというものではなく、それらを運営・管理していくノウハウまでをも含めて提供しなければ意味がなく、これこそまさに日本の得意分野だ、と。
ほんとに、そうか?
たとえば、新幹線。
確かに、ハードとしての車両や線路敷設だけなら、TGVのように日本の新幹線以上のものもあるし、日本の新幹線のコピーを「純国産」と銘打って走らせている例もある。
しかし、これだけ密な運行間隔で、新潟の大地震で脱線しても死亡事故を出さない安全性でということになると、やはり日本の新幹線は世界一だろう。
ただ、それをもって、「日本の新幹線はハードだけでなくシステムをも含めて世界一」というのは、ちょっと違うだろ。
ハードじゃない部分は、すべて「システム」なのか?
いやいや、そうではあるまい。
システムを介してハードを活用する、「人」という要素があるでしょ。
日本は、この「人」の部分が大きいんでしょ。
少なくとも、過去においては大きかったでしょ。
ハードは、まあまあ、そこそこ。
システムは、ボロボロ。(たとえば、コーポレート・ガバナンスとか、道路交通法とか)
だけど、日本人だからこそ、それを「人」の力で補ってきた。
日本人だからこそ、このハードとシステムでやってこられた。
「人」の要素を抜きにして、ハードとシステムだけをよその国に移転したって、絶対にうまくいくはずがない。
そこんとこをよーく考えないと、このシステムを売っていくという試みも、大失敗に終わる可能性がある。
↑↑↑を、去年10月20日にかんべえさんが見事にまとめてくれているので、引用しとく。
http://tameike.net/diary/oct09.htm
○物事はなんでもそうですけれども、「ハード」と「システム」と「ヒト」に分類することができます。「羽田をハブ化する」という話が出たときに、人々が
真っ先に考えるのはハードのことなんじゃないかと思います。「まずい、それでは関空(or
成田
or とにかくウチの空港)にカネが回ってこない」的な貧しい発想をしてしまいがちです。でもね、大事なのは意外と「システム」なんですよ。「成田は国際、羽田は国内」という役割分担をしておいて、両空港を短時間で結ぶ交通手段がない、なんてのはシステム構築失敗の最たるものです。
○日本という国は、ハードへの金をケチって中途半端なものを作ってしまい、システムは利害調整が出来なくて不合理極まりないものとなり、ものすごく不利な
条件を作っておいた上で、ヒトが献身的な働きをするから物事が正常に動いている、てなことが多い国だと思います。聞くところによれば、成田空港なんぞはも
ともとがハードに限界がある上に、重要な部分は旅客にとられてしまい、貨物の運搬はそれこそ空港で働く人たちの職人技で支えられているのだそうです。「ほ
とんど神業ですよ。こんなこと、日本以外では不可能でしょうね」なーんて評価を聞いたりすると、喜んでいいのか哀しんでいいのか分からなくなってしまいま
す。
○その点、アメリカって国は、どこへ行ってもハードは老朽化していい加減ガタが来ているし、ヒトだってどう見ても利発でも勤勉でもないのですけれども、シ
ステムが上手に作ってあるから意外と快適であったりします。ハブ・システムみたいなものを考案するのは、だいたいがアメリカ人なんですよね。「城を作ると
きは五角形にせよ。さすれば見張りが5人で済む」みたいな発想ができてしまうのが、あの国の面白いところなんです。
○他方、中国はハード重視の国だと思います。空港でも道路でも工業団地でも、まことに堂々たるインフラをぶっ建ててしまいます。でもシステムがめちゃく
ちゃで、ヒトも極めていい加減であるから、結果として非効率極まりない経済となります。行くたびに、「これで成長率10%かよ」と嘆きたくなることが多い
ですよね。「後宮の美女三千人」みたいな贅沢な城を作っておいて、北方民族が侵入してくると一夜で陥落する、てなことがかの国の歴史ではめずらしくありま
せん。
○日本の場合は、ハードにはお金をかけられないものとあきらめるとして、せめてもう少しシステムに配慮をする必要があると思います。でないと、いつまで
たってもヒトがラクを出来ないではありませんか。いつまでもハードワーキングじゃいられない。システムの向上のためにも、既得権の見直しが急務ではないか
と考える次第であります。