山口県光市母子殺人事件
今日山口県光市母子殺人事件で最高裁が差し戻し判決を出した。
個人的には本村さん同様「どうして最高裁は自判しなかったのか!」と思う。
初めて彼を見たのは7年前のニュースステーション。事件の残忍性はショックだったが、同時にどこかの馬鹿に殺人予告と言われ、その後話題になった「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」と語った時の見事な弁舌は衝撃的だった。本当に素晴らしかった。
私が年下に、ましてや会ったこともない人に尊敬の念を抱いたのは、多分いまだに彼だけだと思う。
その頃から、この事件の記事には目を通してきた。
最高裁上告審の口頭弁論を欠席した安田好弘の存在も知った。口頭弁論を欠席して時間稼ぎを図るという姑息で卑劣きわまるやり方も知った。
弁護士だから被告人の量刑を軽くするための手段として当然だという主張は、私は弁護士ではないから理解できない。正義の実現と真実の解明より、量刑軽減が第一目的だという主張は理解できない。
自分がわかるのは、一応法律家のはしくれとして、許容範囲を超えてダーティーなクライアントを守るつもりはないということと、いくら金をもらったとしても、そんなものではモチベーションは上がらないということ。この安田好弘は国選ではない。民選だ。余計にわからない。
他にも言いたいことは山ほどあるが、とても読んでもらえる量ではなくなるのでやめる。
自分は死刑以外の判決はないと思っている。
判例主義から脱却できない日本。未成年なら、ここまで凄惨な事件を起こしても、死刑にならないという判例を残すべきではないと思う。
折角のワールドカップの話題で盛り上がるところ申し訳ない。
どうしても書いておきたくて。
胸くそ悪くなるし、目にした人も多いとは思うけど、福田孝行が獄中から知人へ出した手紙を載せておく。
ワールドカップ
本当に世界の壁は厚いね。クロアチア戦、ドローだったけど、負けたような気分・・・。
高校のとき、ちょっとだけサッカーをやってたんで、選手達の気持ち多少は分かるかな。
あの暑さの中、広いピッチを走り回るのは並大抵の体力じゃ出来ないよね。まあ、彼らはプロ中のプロなんで、そんなことはあんまり関係ないんだろうけど、でも後半のバテ方を見ると、両チーム共相当体力を消耗してたよなあ。
自分も高校のとき何回か試合に出たことあるけど(練習試合程度だけど)、最初にピッチに立った時、その広さに唖然としたのを憶えてるなー。小中学校では野球をやってたんで、走る範囲の違いに本当に困惑したもんね。
野球との一番の違いは素人でも分かると思うけど、走る量が全然違う。そしてその範囲が圧倒的に広い。
45分間がむちゃくちゃ長く感じたもんなー。まあ上手かったら、そんな事感じなかったんだろうけどね・・・。
ドリブルなんかは下手くそだったけど、足の速さだけは多少自信があったんで、左右からボールをほうるポジションで走り回ってたなー。あの頃は確か‘ウイング’って言ってたな。現在のMFとFWの中間ぐらいの役目かなあ。
あの頃、ジーコはブラジルの英雄で、確か1970年代後半から1980後半のワールドカップ3大会連続で出てるんじゃないかな?
今はちょっと年取って、日本では色々と叩かれてるけど、選手時代は凄かったんだよね。ブラジルでは今でもペレに次ぐサッカーの英雄として輝いているんだけどね。
そんなジーコが日本の監督となって、次はブラジルと戦うんだからある意味歴史的な試合なんだよね。
自分がサッカーやってた頃は(ちなみに僕らは三浦カズと同年齢)、日本がワールドカップに出るなんて夢のまた夢だったし、しかもジーコが監督でブラジルと対戦するなんてのは、サッカーファンにとっては考えられなかった事だもんねー。正直自分も最近はサッカーはほとんど観てなくて、ワールドカップだけの‘にわかファン’だけど、ブラジル戦だけはわくわくするよね。
もうここまで来たら、勝つしかないんで、とことん攻撃的に戦ってほしいねー。
極端な事を言えば、守りは川口に任せて、みんなでどんどん前に出て行って、点を取ってほしいよね。
‘攻撃は最良の防御なり・・・’
頑張れ!日本![]()
良い試合を期待してます。
今日もまた…
太秦映画村
に行ってきました。いつも通り、新撰組の屯所のセットや、池田屋のセットを見て廻っていると、
太秦映画村のスタッフさんであり、俳優の杉本幸晴さんに声を掛けて頂いてお話をしているうちに、仲良くなりました(≧▽≦)杉本幸晴さんは、水戸黄門の4話・桃太郎侍の4話・映画男たちの大和・あずみ・ぼくんちなどに出演されているそうですΣ(・ω・ノ)ノ!そして、なんと
帰り際に挨拶にいったところ、こっそりと名詞をくれてメールアドレスも教えてくれて、「今度から、連絡してくれたら裏からただで入れてあげるから。」といってもらいましたヘ(゚∀゚*)ノとっても、ラッキーですo(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪
太秦映画村では、杉本さんは沖田総司を倒そうとする浪人役だったのですが、とても立ち回りが上手く、とてもフレンドリーな方でした。
映画村の入場料は中人で1,300円です。これがfreeだと団子が3本食べられます。あ-ありがたや、ありがたや~
そして、もちべき者は同じ趣味を持つ友達です。Aりん
ありがとう。また一緒に行こうね。
私にもできるかな?
明日、留学カウセリングをまた受けます。カウンセラーからいろんな国の授業内容やその国の生活を教えてもらえるので楽しみです![]()
前回も私の好きな教科、学校での生活、将来の夢、なりたい職業とかいろんな質問に答えました。
それを元に私に合った学校を紹介してくれます。
学校はまだ決めていませんが、将来やってみたい仕事は通訳の仕事です。
小学校の1年生の時にそう思いました。たぶんその時は英語が好きだったからだと思います。
今はちょっと変わって、留学コンサルタントの仕事もしてみたいと思うようになりました。
私のように留学についてわからない人達に安心して海外で勉強できるようにアドバイスをしてあげれたらいいなと思います。
この間、京都に行った時、英語でガイドをしている人をみかけました。
大好きな京都を案内する事が仕事だったら最高です![]()
皆さんは今の仕事をいつからやりたいな~と思われましたか?
どうして、この仕事をしようと思ったのですか?
教えてください(o_ _)
お願いします。
やりたいな~と思っていたらその職業に就けるでしょうか?
666
ちょっと前になりますが、日曜日京都からから帰ってくる途中 「オーメン」の広告があり、お母さんからあらすじを聞きました。![]()
学校でもみんなで予告をネットで見ました。大体はわかりましたが、実際は見ていないので気になります。
それに666これが何なのか? 調べてみたら666ではなくて616だったのです。
な-んだいい加減だな-。
真剣になんだろうといろいろ考えていたのに。 私だけではなく他の人もネットでいろんな事を書いていますので写してみました。
オカルト映画は怖い。幽霊は怖い。でも、一番怖いのは生きている人間だとお母さんが言っています。
私もそう思います。
この度行われた新約聖書の研究によると、これまで"獣の数字"とされてきた666が、正確には616だったことが判明したとのこと。この獣の数字(Number of the beast)と呼ばれる"666"は、黙示録に記されるアンチ・キリストを指し示す象徴的な数字として、これまで神学者や宗教学者、果ては悪魔を礼賛するヘヴィ・メタル・ロックバンドなどに親しまれてきた数字である。
しかし今回、かつてエジプトはオクシリンクスの遺跡から発見された、ギリシャ語による最古の(三世紀頃)ヨハネの黙示録の紙片を新たな写真技術で解析、研究した結果、実際には獣の数字は"616"と書かれていたことが明らかになったという。
英バーミンガム大学の新約聖書研究家デヴィッド・パーカー教授はこれまでにもこの獣の数字が666であるか、616であるかという議論はしばし行われてきたものの、今回の研究によって616が正確な数字であることを確信したと話している。
「これは典型的なゲマトリア(数字置き換えの暗号)の一種です。当時、キリスト教者たちは彼らを迫害していた人物の名を数字に置き換えて聖書の中に暗示していたわけです。例えばこの616はそのままローマ皇帝カリグラを示しています。」
イエスの弟子、ヨハネによって記されたと言われる黙示録には666がアンチ・キリスト(反キリスト)の象徴として記され、また今日においてもキリスト教原理主義者の説教などでは、しばしこの数字が効果的に用いられてきた。
しかし今回の指摘を受け、米ニューヨークのサタニスト教会教父、ピーター・ギルモア氏は特に動揺することもなく、次のように語っている。
「666というのは、我々がキリスト教者を恐怖させるために用いてきた数字です。もし数字が616になるのなら、今度は我々はそれを使う。それだけのことです。」
【参考1】ゲマトリア
| 獣の数字 - Wikipedia
「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である」。(13:18)
【参考2】聖書の数字 | 「666は獣の数字」について
最近、このパターンに、先日の「ニューヨークテロ」も加わりました。つまり、「NEWYORK」という文字を、「A」を「1」、「B」を「2」と数え、それぞれに「獣の数字である6」をかけていくと(何故、6をかけなければならないのかよく分からないのですが)、「N」は「14×6」、「E」は「5×6」、「W」は「23×6」という事になっていき、「NEWYORK」の全ての文字は、「84、30、138、150、90、108、66」となり、全てを合計すると、これまた「666」になると言うのです。
つまり、あの「テロ事件」は「悪魔の仕業であった」とするモノです。
雲龍
私はあんこが大好きです。 ケ-キ
より好きです。
特にこしあん。
先生に買って頂いた「おたべ」全部食べちゃいました
幸せです。
「おたべ」と言うとニッキ味ですが、黒おたべ(黒ごま味、ニッキなし)が最近のヒットです。
「黒おたべ第2弾」も出ました。こちらは残念ながら、賞味期限が短いので店頭に少なく売り切れが多いです。
第2弾は三角ではなくて、まん丸で柔らかそうです。食べたらレポ-トします。
「おたべ」を食べつくしてしまったので、今晩は俵屋吉冨の「雲龍」を食べました。
これも![]()
http://www.kyogashi.co.jp/top.html
日曜日に観た蟠龍が書かれています。 相国寺でも売っていますが、お店は四条川原町のちりめんグッズ店の隣です。
あっさりしていて、ちょうど良い甘さです。
こんなに幸せな気分になれる食べ物があるなんて、あんこ やっぽい![]()
京都 ホテル編
旅は好きで、年に10回以上はホテルに宿泊する。最近は仕事でも遠方に行くことが増えたので、更に宿泊する回数は増えた。
どうせ寝るだけだから、という理由で安価なホテルに泊まる人もいると思うけど、私は自分の出来る範囲で良いホテルに泊まるようにしている。そのホテルのサービスやコンセプトが凄く勉強になるし、何気なく人物観察してても面白いしね。
特に少し前は安価なホテルが乱立している感があった。事件になった東横インもそうだったよね。もちろん安価なホテルが悪い訳じゃない。安価でも出来る範囲のサービスのアイデアを感じるところはたくさんある。一番嫌なのは、ぼったくりの飲み屋みたいに、その時金が入ってくればいいや、と言わんばかりのとこ。
今回京都に行くことになった時点で、クライアントの方からグランビィアホテルを予約するようにとの指示があり、素直に従ったんだけど、泊まってみて自分の評価は悪いね。
京都駅に隣接しているこれ以上ない利便性、高級感のある部屋、お洒落なバーとハード面の設備は揃ってるんけど、ただそれだけ。
まずフロントの女性。忙しさを前面に出し、つっけんどんな対応。これはチェックインの時もチェックアウトの時も感じたね。それから朝食の時のホールのヘタな動き。朝食はバイキングだったんだけど、それだけに当然ホテルの人間も、客もうろうろしてるわけ。自分の行きたい方向しか見てないんだろうけど、何を朝食に選ぼうかと下ばかり見ている客の動きが解らないのか、いちいち邪魔になる。向こうから歩いて来てるのが解っているのに、横に避けないのもいる。少なくても周りに目を配りながら動けてる人間は、その日に限ってはいなかったね。自分にしては珍しく、一気に食べて15分で出てしまった。
京都はほおっておいても客は来るんだろうし、特にグランビィアは京都駅にある訳だからね、設備さえ整えておけば良いと思ってるのかな?
東京もそうだけど、競争が激しい地域のホテルは、本当に頑張っていると感じることが多い。「笑顔はコストのかからない、最大のサービスだ。」みたいなことを言ってる人がいたけど、本当にそう。営業スマイルだとしても、ブスクレてるよりは良いに決まってる。
因みにこの時は朝食込みで18,000円程度。ここから書き込んだ東京の汐留のホテルは13,000円程度。ムカついたからって言うんじゃなくて、汐留の朝食の方が100倍美味かったね。
人の振り見て、じゃないけど、こういう経験をするといつも反省する。忙しさを理由に、ついお客さんに迷惑かけてないかなーってね。きっとかけてるんだろうけど、知らないところで我慢してもらってるんじゃないかなーってね。
気をつけよう。自分もそうだけど、一度何じゃこりゃって思ったら、もう簡単には信用しないからね。
というわけで、今回みたいに必要がない限り、もうグランビィアには泊まらないでしょう。
京都 祇園編
お待たせ。ん?待ってない?まーそう言わずに、とうとう祇園へ行って来たんで、報告プラス感想を書くよ。
クライアントの方々と3人で行ったんだけど、祇園に行くという緊張もあり、ただ飲み助だってこともあり、新幹線の車内でかなり飲んだ状態で京都に到着。
すぐホテルに入り、迎えに来てくれた京都の方に連れられ即お茶屋さんへ。
いかにも京都らしく、狭い入口の奥にはとてつもなく立派な玄関。さすが京都と思いながら、そそくさと奥へ。テレビで見たような広いお座敷に座った数分後、芸妓さん3人に舞妓さん1人が現れ、いつの間にか酒宴がはじまった。
京都の言葉をBGMに、普段から早いペースが更に早くなり(少々この辺りから記憶が断片化してるんだけど)、舞と一気飲みのコラボを体験した。
そうこうしているうちに少し照明が落とされ、さっきまで横で飲んでた芸妓さん達が消え、地方さんと立方さんとして再登場。踊りを見ながら(この時は飲み食い、喋りはご法度らしい。ま、当然か)、少しずつ夢の中へ。踊りが終わると同時にお開き。夢中のままタクシーへ。
こうやって書くと、何だかあっという間に終わった感じなんだけど、実際時間の感覚はまったくなく、ホテルで時計を見たら11時だったんで驚いた。飲みはじめが6時だからね。それだけ祇園マジックにかかってたんだろうね。
今の舞妓さんは、中学卒業後(中学に行きながらの場合もあるらしい)屋形(いわゆる置屋)に入り、超厳しい教育を受け、言葉や立ち振舞いなどの躾、舞を覚えるらしい。その間を「おちょぼ」って呼ぶらしいんだけど、普通1年、2年かかることもあるらしいね。その後引いてもらう(後見人になる)お姉さんを決め、名前をもらってようやくデビュー(見せ出し)。んー大変だ。それでも舞妓になりたい人は全国から殺到するらしいから、口減らしや借金のかたに、祇園へ身売りされてくる少女の時代とは全然違う。
楽しかったし、凄く勉強になったのは確かなんだけど、祇園の世界を感じとれるほどの下地がなさすぎたね。私だけじゃなく、一般的な日本人はそうじゃないかな。歴史は好きだけど、三味線がひける訳ではないし、唄を唄で返すなんて芸当はもちろんできないしね。誰でも楽しめるっていうのがエンターテイメントってことなんだろうけど、歌舞伎同様、少し下地がないと奥を垣間見ることすら難しいみたい。ただうちの母親は、もう20年以上三味線、長唄をやってるから、ほんの少しだけ人よりは接触する機会が多かったことには感謝。
竜馬や晋作は、上手に遊んだんだろうなー、と思いながらの帰りのタクシーだったね。
相国寺
先生
昨日はありがとうございました。先生に初めて会えてうれしかったです。お母さんの話しから会う前は、学校の習字の先生に似ているのかな-と想像していましたが、先生の方がずっとイケてました
私に質問してくれたり、話を聞いてもらえてメールの中の先生と同じで優しくて、面白くてとっても楽しかったです。もっと歴史の話とか沢山聞きたかったのに聞けなかったので、今度は京都を歩きながら沢山教えてください![]()
私は昨日に引き続き今日も京都に行ってきました。
今日は義満デ-で相国寺と金閣寺と近為(漬物屋さんこれは義満とは関係ない)コ-スです。
近為さんごめんなさい(。-人-。)私はやっぱり西利の漬物の方がおいしかったです。近為は粕漬けが多くて、私はあまり好きではないので駄目でした
大根の浅漬けも西利の方が甘みがあっておいしいです。でも、お店の雰囲気は近為さんの勝ち。座敷から庭が見えて(ちょっと小さいが)床の間があって京都っぽかったです。
金閣寺は2年前にオハイオの子と一緒に行ったことがあるので、今日で2回目です。
1回目と違っていたところは、みんなが一生懸命、石の皿にお金を投げ入れていたこと。
何の意味があって皿が置いてあって、お金を入れようとするのか意味がわかりませんでしたが、私もついつい挑戦してしまいました![]()
お母さんも全然違う方向に投げてました。(意味わかってるの?)
それと中高生が修学旅行でしょうか沢山きていてうるさくて、初めて来た時の方がゆっくり観れてよかったです。
「感激!すごい!」と大きな声で騒ぐので「おまえら
うるさいよ」と思いつつ。
金閣寺と池に映った金閣寺が美しく感動しました。もっと感動するのは、この同じ道を義満も歩いていたという事。笑ったのはお母さんが20年前に歩いたと言うこと。これは笑えます。![]()
ここからは20年前に歩いたお母さんにバトンタッチ(ちゃんと書いてよ)
相国寺は私が書きなさいと言うことで、久しぶりに書かせていただきます。(娘の後は何となく書きにくいですが…)
まずはお礼から。
昨日はありがとうございました。 ユイキも書いていますが、とても楽しい時間を過ごさせて頂き、機会がありましたらまたご一緒させてやってください。
春の参拝日は今日が最終日と言うことで行ってきました。
普段は非公開なので春、秋年2回の参拝時期をあらかじめ調べておかなくてはいけませんね。
皆さんもよくご存知の寺院なので何を書けば良いのか迷ってしまいますが…。
やはり『鳴き龍』でしょうか。
天井と床の間の多重反射音と言ってしまえばそれまでですが、私は神秘的なものを感じます。
『蟠龍』を見上げて手を打つとその音が落ちてきて、頭から足先まで体の中を流れていくような。
私が決心をしたい時、今まさに天を駆け昇ろうとする天井の『蟠龍』を観に来よう、観に来なくてはいけないな--なんて思いました。
教えて頂きたいのですが、、、この龍、どこに立っていても龍から見つめられています。
どんな工法なのでしょうか?
方丈室内の観音菩薩はご覧になられましたか?
描き上げるのに10年かかったそうですね。
そうだと思います。線がすべて法華経の経文の文字。髪の毛の先端までも文字ですからね。
この発想がすばらしく、実行できると言う事も。とても有難い絵柄です。
浴室も公開していました。
昔はお風呂も修行だったのですよね。毎晩入っているお風呂とは意味合いが全く違っていてこれも興味深いです。そういえば、『風呂敷』はこのお寺から始められたそうです。
長くなりました。すみません。
ユイキさん、こんな感じでどうでしょうか?
ゆいきでーす
お母さんにしては、意外な事も書いてありましたが、まぁ
です~。