一会~いちのかい~ -4ページ目

ホームスティ (1)

祖母が入院していましたが、キャンセル出来なかったので予定とおり夏休みの間イギリスに行ってきました。

イギリスは今回で2回目ですが、1回目はテロのすぐあと。2回目はイギリスに行っている間でした。偶然とも思われますがそれだけテロが多いと言う事だと思います。日本にいるとテロは他人事のように思えますが、日本から出るとそうではないことを強く感じます。 すぐ、そこにあるものなのです。 怖いです。ガーン


私 ぶーぶーになってしまいました。 本当にafternoon teaが毎日あったのです。

一日に5食も食べていたら誰でも太ってしまうと思います。 朝ごはん、10時半にクッキ- 昼食、16時ごろにケーキ 20時に夕食

どこの家庭でも食べているわけでもなさそうですが通っていた学校でも食べてばかりでした。 コーヒー


今回は私を含めて3名の子が同じ家にホームスティしていました。 スイス人と中国人。 一人で知らない家庭に入っていくよりずっと気分は楽でした。 出来上がっている家庭に家族の一人として入っていくのは緊張します。


スティ先のお母さんが学校まで毎朝送ってくれます。 次回はその学校の様子を写真と一緒に紹介します。


そうそう!! お母さんはめちゃくちゃ危ない運転をする人でした。車 横から出てきた車とぶつかりそうになって、危機一髪で横を擦っただけで助かりましたけど。 







サクラヤスユキ

先日、深夜のブラウン管越しに、気になる芸術家(アーティスト)を観た。

「サクラヤスユキ」

‘トップランナー’というNHKの再放送番組にゲスト出演していたんだが、久々に胸を打たれた。

芸術(アート)というものに関して、それほど知識があるわけでもないが、仕事柄多少なりとも、いつも意識はしている。

番組の中で紹介された彼の作品は、兜虫の角を頭に付けた筋骨隆々の男達(この時はラガーマン)が半裸で騎馬戦を組んで静止する「人間の彫刻:カブトプロジェクト」というもの。

http://musclemodel.art-studio.cc/

一見しただけでは理解しがたい光景だが、彼曰く「人間の本能と美しさを表現したい」

・・・・・・確かに力強い美しさを感じた。

芸術というのは論理的に解釈するよりも、感覚的に感じるものだと漠然と思っている。

その感覚的な部分で単純に‘凄い’と思った。

ただ‘兜虫の角’に関して‘何故’という疑問がずっと脳裏にあった。

だが、その答えは番組後半の彼の話の中に汲み取ることが出来た気がする。

彼は子供の頃からの絵を描くのが好きで、親に褒められたいが為に毎日のように絵を描いていたという。

3人兄弟の長男で、末っ子の弟がよく突拍子もない絵を描いて褒められるのを横目で見ながら、その悔しい思いを払拭するがごとく、絵を描き続けたそうだ。

そんな子供の頃のエピソードの後、NEW YORKで活動していた頃の話になり、あの9.11同時多発テロに遭遇した時の事を語っていた。

「ちょうどWTC(世界貿易センター)に程近いキャナルという地下鉄の駅を降りて地上に出たんです。

845分頃でした。空は凄く快晴で、とても気持ちが良く‘何か良いことがありそうだなー’とさえ思いました。

そしてWTCの方に目をやると、建物に大きな黒い穴が開いるのを見て愕然としました。周りはまだ誰も騒いでおらず、平静を保っていて、しばらくして黒人男性が‘大変なことが起こったぞ’と言って通り過ぎ、間もなくして通りを何台もの消防車がけたたまい音をたてて、通り過ぎて行きました。その後友人と遭遇し、2人でWTCを凝視したまま立ち尽くしていました。友人は僕の肩に無言で掌をのせてきました。

その後のWTCの状況は・・・・・・・・・(暫し無言)・・・・・・・・・・。

そしてWTCが崩壊した時、友人は掌で僕の肩を思い切り強く握り締めてきました。

僕はその時、彼の恐怖を感じ取ったと同時に、何とも言えない怒りと失望感を感じました。

‘人類ってのは、もう駄目だな’とそう思いました。」

その日以降、彼は自分のアトリエで黙々と粘土をこねながら、魂を込めて反りあがる角のフォルムを創り上げたという。この角のフォルムと建物からモクモクと上がる黒煙とを重ね合わせながら、瞬間的に「人間の彫刻:カブトプロジェクト」を思いついたそうだ。

「もし戦うという事が人間の本能ならば、武器を手に持たず頭に武器(角)を付けて衣服を脱ぎ去り、裸でぶつかり合えば良いじゃないかと思う。裸でぶつかり合えば、相手の温もりや肌の感触が伝わってくる。そしてその時初めて何か希望のようなものが見えて来るんではないかと思ったんです。そんな気持ちを込めてこの作品を創り上げました。」

決して押し付けがましくなく、淡々とそれでいて強い口調で彼は語った。

顔付きや話し方が、ちょっと竹中直人に似てる様な気がしたが、そんな事はさて置き、とても強い思いが伝わってきた。

‘何もない所からは何も生まれない。人の強い思いが本物の創造物を生む。’

改めて、そう思った。

「サクラヤスユキ」

これからどんなものを創り上げていくのか、とても楽しみだ。

今後の活躍に期待したい。

http://www.sakurayasuyuki.com/

http://www.kabuto-project.com/


ご無沙汰していました☆

yuiki 夏休み前、祖母が倒れ生死を彷徨いましたが、9月末には退院できそうですニコニコ

そんなわけで、ブログを暫くお休みしていました。

ところで、新学期も始まってから、早2週間が過ぎました。もうすぐ、体育祭です。スポーツが好きな私ですが、体育祭は嫌いです汗でも、周りの友達は気合が入っているので、私も気合を無理矢理入れていますメラメラ私の学校の体育祭はクラス対抗なので、クラス旗を作ります。そこで、私のクラスは自分達一人一人の顔をフェルトで作り、クラス旗に貼ることにしました!!

私も自分の顔を作ったので載せます。見てください、私そっくりなんですコレべーっだ!

田川の車窓から

最近、運転中によく目にするのが「売家」「貸店舗」の看板や表示です。

以前にも書きましたが、私の故郷田川は旧産炭地で、現在は急速な過疎化が進み、老人社会となっている感があります。

それでもこの手の看板等はそんなに見なかったと印象があるのですが、

最近は本当によく目にするようになりました。

つまり人がそれだけ少なくなっているわけで、当然経済活動も縮小されてきており、

結果このような看板等が表通りにすら立ち並ぶようになってきたということなのでしょう。


博多などに出ると、確かに競争の結果敗退し、なくなっているお店もありますが、

それと入れ替わるように出店してきている光景があり、このあたり活力の差がありありと分かります。

一極集中と言われてますが、結構深刻な問題ですね。


今日の新聞に日本がフィリピンから看護や介護の分野で労働力を受け入れるようになるとか・・

人口減少と国外労働力の流入からこの先どんな国になっていくのか、

ぼんやりとした不安を覚えるのは私だけでしょうか・・

二人の建築家 その2

前回の続き・・・。

磯崎新に対抗するため、石原慎太郎都知事が選んだ人物が安藤忠雄。

正直、驚きました。黒川紀章でも槇文彦でもなく安藤忠雄とは・・・。

東京都のプロジェクトを安藤さんがやるというのは、何となくそぐわない気がするんですが、ただその反面、常識に囚われない石原都知事の本気さも感じます。

安藤忠雄という建築家は知る人ぞ知る生粋の大阪人です。以前も書きましたが、若い頃ボクサーを志し、ファイティング原田を見てボクサーを諦め、建築の世界に飛び込んだ奇異な経歴の持ち主です。大学には行かず、建築を勉強するため、単独で世界を放浪し、体で建築を学んだ生き様は建築志望の若者達に多大な影響を与えてきました。私も御多分に漏れず、大学の頃かなり影響され、20代の頃、日本中にあるANDO建築を片っ端から見て廻りました。北は北海道から南は沖縄まで、出来るだけ足を使って見て廻りました。磯崎さんと比較すると安藤さんの建築はシンプルで分り易いのが特徴で、建築探訪にはとても適した物が多く、雑誌などでも数多く取り上げられているので、建築関係以外の方でもデザインに興味のある方なら、知っている建物は多数あるのではないかと思います。

元々、安藤さんは関西を中心に活動していた建築家で、若い頃(1970年代)は個人住宅が中心で、数えられないほどの住宅を設計されています。

その辺の事は「家」という本にまとめられています。

http://www.linkclub.or.jp/~sumai/051-100/076.html

この本の表紙にもなっている「住吉の長屋」。

建築の世界ではあまりにも有名な、安藤忠雄が世に出るきっかけとなった住宅(1976年竣工)です。

http://vlayusuke.com/architect/thumb/sumiyoshi2.jpg

ご存じない方の為に簡単に紹介すると、この住宅は大阪下町の昔ながらの三軒長屋のど真ん中を切り取って建て替えられた鉄筋コンクリート造2階建で、間口2間、奥行8間(約3.6m×14m)という狭小住宅です。木造長屋のど真ん中にコンクリートの箱を挿入し、ファサード(建物正面)は無愛想なまでに閉ざされ、外周に窓はなく、内部を均等に3分割して、中央に光庭(吹抜けの中庭)が設けられています。

文章では伝わり難いので、模型の載っている個人のWEBページを載せてみます。

http://homepage2.nifty.com/b-soft/hardware/structure/ando13/ando13.html

この真ん中の‘光庭’が当時賛否両論、様々な議論を巻き起こし、建築界を騒然とさせました。唯でさえ狭い敷地の建物の1/3を外部空間としたこの発想は、頭の中では考えたとしても、実際に造ってしまうその行動力というか破天荒さは当時衝撃を与えました。実際、手前の部屋から奥の部屋へ移動するのに、外部へ出る必要があり、雨の日は傘が要ります。しかし、この‘中庭’に降り注ぐ光や風がこの狭小住宅に安らぎを与えてくれる事も確かです。この矛盾をもたらす空間こそ、この住宅の最大の長所です。

人によっては最大の短所に成りかねないこの空間が、安藤さんの言葉を借りれば、

「物に溢れた現代文明に対する一つの問いかけ」となったのです。

その後、ここまで極端ではないにせよ、「住吉の長屋」を模した吹抜けのある狭小住宅が沢山造られています。

実際、この住宅が建ってから約30年経ちました。建て主夫婦は現在もほとんど当時のまま、住んでおられます。

建築費は当時の金額で約800万円という低予算だったそうで、建ってから10年間は経済的理由もあり、クーラーを付けなかったそうです。クーラーなしでも過ごせたのか、と思うと綺麗な話でまとまるのですが、実際は夏は暑く、冬も寒くて大変だったようです。しかし、以前の閉ざされた長屋に比べると、歴然の差があったようで、中庭の光、風、雨は家に居ながら自然を体感できる‘箱庭’となり、建物自体に息吹を送り込む‘装置’となったようです。

また、この建物が建築学会賞を受賞した時(1979年当時)、審査員であった村野藤吾さん(建築家)が、

「安藤君、この家は住み手に賞をあげるべきや」

と言った話は有名で、実際30年も住み続けていること事態がノーベル賞ものかもしれません。

そんな「住吉の長屋」を皮切りに、安藤忠雄という建築家は次々と‘問題作’を世に送り出して行きました。

その大多数は関西近辺にあり、私も実際に沢山の建物に足を運びましたが、外から見る無骨な表情からは想像できない程、中に入った時のその空間の広がりは体験したものでないと分らない清々しさがあります。

コンクリートの厚い壁で閉ざされた壁の向こうには劇的なまでに壮大な宇宙が広がっている感じです。

私なりにANDO建築の特徴を一言でいうと‘大胆さと繊細さの融合’だと思います。大胆さゆえの無謀な部分も正直ありますが、繊細な部分も多々見受けられ、その両方が空間的要素となって観る者にある種の感動をもたらしてくれます。

実際に私自身が足を運んだ建物で印象に残ったものは沢山あるんですが、その中でも一つ挙げるとすると北海道のトマムにある‘水の教会’でしょうか。

http://www.waterchapel.jp/external/mizu.html

http://www.waterchapel.jp/

ここを訪れた時、正直鳥肌が立つ程感動しました。

ここは一般にも開放された小さな人口湖畔に建つ教会で、まず長いアプローチを歩いて行くんですが、そのアプローチ沿いの大きなコンクリートの壁により、湖と教会の存在が覆い隠され、しばらく行くと開口が現れて、その開口の向こうに水面と森と教会が圧倒的な開放感をもって現れます。そして教会の中に入るには建物の裏側から階段を上がって上部へと向かい、今度は内部の階段を下って、礼拝堂へと導かれます。すると目の前に大きな開口部が現れ、その向こうに水面と森と空が広がり、湖に浮かぶ十字架が来訪者を迎え入れてくれます。その時の開放感はちょっと口では言い表せません。

写真で観るよりその開口部は非常に大きく(幅約15m、高さ約5m)、礼拝堂に立つと本当に圧倒されます。

尚且つ、この大きな開口部には十字を模った巨大なガラス扉があり、天候により自動で横に開閉するんですが、

その動きは分り易く言うと、福岡ドームの屋根が開閉する時の開放感にも似ていた様な気がします。

とにかく、‘神聖な礼拝堂’と‘自然’が一体となった感動的な建物でした。

他にも私自身が目で見て体感したものを、一部上げてみます。

興味があれば、参考にして下さい。

■光の教会  http://www.archi-map.net/over/nakajima/kasuga/index.htm

ANDO建築が世界に知られるきっかけとなった教会。正面のコンクリートの壁に十字架を模したガラスのスリットが切ってあって、内部に入るとその十字架の光が浮かび上がる。とても神聖な気持ちにさせてくれます。

■真言宗本福寺水御堂  http://fotografia.web.infoseek.co.jp/honpukuji/photo.htm

  屋根を睡蓮の池とした世界にも類を見ない寺。内部に入るには、池の中央階段を降りていく。

そしてそこに朱に染まった本堂が現れる。本堂は西向きにあり、西日が差し込むと、朱色が燃えるような赤へと変貌するように演出されている。

■直島コンテンポラリーアートミュージアム http://www1.harenet.ne.jp/~lalan/archimap/kagawa/naosima1/naoshima1.html

  瀬戸内海に浮かぶ孤島にある美術館兼宿泊施設。この施設周辺一体をベネッセコーポレーションが開発に関わる。

現在も様々な施設が創られ、壮大な芸術の村になっています。

■京都府立陶板名画の庭  http://toban-meiga.seesaa.net/

  陶板による世界の絵画を展示した屋外型美術館。とても気持ちの良い美術館です。

ミケランジェロの原寸大「最後の審判」は圧巻です。

■司馬遼太郎記念館 http://members.at.infoseek.co.jp/masa1103/osa-2.htm

 司馬遼太郎の元自邸の横に建てられた記念館。内部は半地下の吹抜けになっていて、壁いっぱいに壮大な本棚があり、司馬さんの膨大な作品が並べられています。

4m×4mの家 http://www.t-namiken.co.jp/works/works04/houpages/hou5.html

  以前もちょっと紹介した個人住宅。その名の通り4m×4mの平面が4層積み重なっていて、4階のみ前面に突き出しています。目の前は砂浜で雄大な瀬戸内海が広がっています。この家に住む勇気、ありますか?

その他にも数え切れない建築が今では日本及び世界中に存在します。

個人住宅に始まって、商業建築、公共建築・・・と広がり、今や世界へと飛躍したANDO建築。

最近話題になった表参道ヒルズのような大規模プロジェクトを手掛けたり、新東京タワーのデザイン監修を任されるなど、今後も益々の活躍が期待されます。だだ、建物の規模が大きくなると、全てに目が行き届かず、「ANDO建築の良さが無くなってきている」との酷評もありますが、現代において、これだけ‘建築の楽しさ’を伝えてくれる建築家も珍しいのではないかと思います。

「二人の建築家」と題した割には、後半は安藤さんの話に偏ってしまいました。

オリンピックという大プロジェクトの構想を任された二人の建築家について自分なりに書いてみました。

何だかとても長くなってしまいましたが、このブログを観ている皆さんに少しでも‘建築の本質‘が伝われば幸いです。

本当に長々と失礼しました。

ではこの辺で・・・・。

二人の建築家

本当に、今年の夏は暑いですねー。

そんな猛暑続きのお盆も過ぎ、久々に盛り上がった高校野球も終わって、8月も後半になりましたが、皆さん如何お過ごしですか?私も仕事関係の人達と夏の壱岐へ行って海水浴とウニを満喫したり、家族で海やプール、花火大会に行ったりと、有意義な夏を過ごしました。

ところで唐突ですが、夏に関連して2016年の夏季五輪開催の候補地に東京都と福岡市が名乗りを上げて話題になっていますが、皆さんはどんな感想を持ってますか?

また名古屋や大阪と同じ道をたどるんだろう?・・・とか

なんで、また東京なの?・・・とか

福岡は世界に通用するの?・・・とか

オリンピック開催の意義が不明確では?・・・とか

税金の無駄遣いだよな。・・・とか

その他、様々な意見をお持ちでしょう。

正直、開催地がどんな基準で選考され、JOCの選考委員がどの程度の人達なのかなど、詳しく知らないので、下手な事は言えませんが、何処まで正当な選考が成されるかは疑問が残るところですね。

現在、両都市の計画案がまとまり、8月末のJOCの投票が待たれていますが、どちらになるにせよ世界に通用する提案をしてほしいものだと思います。

そんな夏季五輪招致に関して私が個人的に関心を持ったのは、福岡市の制作総指揮を磯崎新、東京都のグランドデザインを安藤忠雄という二人の建築家が手がけるというニュースを見た時からですかね。

(ただ、これも建築家が宣伝に使われているような気もしますが?)

正直、二人とも世界が認めた大巨匠なので、自分の様な‘ひよっ子’が意見するのはおこがましい限りなんですが、建築に携わる者からすると、とても興味を引かれる二人です。

超キャリアエリートの磯崎新(東大卒、丹下健三の師弟 1931年生 75歳)

⇔ノンキャリアの安藤忠雄(高卒、独学 1941年生 65歳)

世代も異なり、経歴も相反する二人です。

そして二人ともサラリーマンで言うと、もう定年ですよね。

そんな二人が現役で活躍する姿はとても励みになります。

磯崎さんは大分県出身ということもあり、九州に沢山の建物を設計されています。

(勿論日本及び世界中にもありますが・・・。)

個人的に好きな建物は北九州市にある美術館。福岡に住む建築志望の者であれば、

一度は訪れているであろう有名な建物です。

山の頂にあり、双眼鏡が飛び出た様なダイナミックな外観はとても迫力があります。

内部空間もとても魅力的な構成になっています。

http://www.archi-map.net/~ats/fuku/01art.html

それから大分県立図書館。これも有名です。

とてもエネルギッシュな初期の作品です。現在は新しく別の場所に新築の図書館(同じく磯崎新設計)ができて、この古い建物は名称を「アートプラザ」と変えて保存されました。

http://www.archi-map.net/~ats/oita/02pre/index.html

http://www.archi-map.net/~ats/oita/03new/index.html

他にも沢山有りますが、とても紹介しきれません。

ちなみに福岡では博多駅前の西日本シティ銀行本店(旧福岡シティ銀行)なんかが有名です。

http://www.archi-map.net/~tks_design/jp_fukuoka/city.html

少し専門的な話をすると、磯崎さんはポストモダン建築【多様性、装飾性、過剰性などを特徴とする建築様式】を牽引した代表的な建築家で、日本の現代建築を世界的なレベルに押し上げた一人でもあります。

ポストモダン建築はモダニズム建築【装飾を排し、合理性、機能性を追求した近代建築様式で、ル・コルビュジェやミース・ファン・デル・ローエなどの建築がその代表】の反動から提唱された建築スタイルで、1980年代に流行しました。ただ、その後‘ポストモダン’という言葉は衰退し、ミニマリズム(最小限主義)の影響を受けたシンプルで透明なデザインの建築が再び増えていきました。

ちょっと堅苦しくなってきましたが、要は装飾を最小限にした機能的な建築が最近の世界の傾向ということです。

ただ、その一方で「脱構築主義」という形にとらわれない破片の様な建築形状の建物【フランク・O・ゲーリーのビルバオ・グッケンハイム美術館が有名】も世界の潮流になっていますが、話がややこしくなるので省きます。

http://www.geocities.jp/be_free_walk/archmap/bilbao/bilbao.html

磯崎さんは最近では制作総指揮的な仕事(例えば九州では熊本アートポリス、福岡のネクサス香椎など)が多く、恐らく単体をじっくり作るような仕事は時間的にも年齢的にも数が少なくなってるのではないかと想像します。

とにかく自分達からすると雲の上の存在の人なので、コメントするのも恐れ多い感じです。どちらかと言うと自分達の世代より上の世代に影響を与えた方で、高度成長期以後の日本において、丹下健三という大建築家の次の世代を担った事は間違いなく、磯崎新という名前なしには日本の現代建築は語れないのではないかと思います。

そういう意味では、オリンピックという大プロジェクトには最適な人なのかもしれません。

何だかちょっと長くなってきました。

安藤さんに関しては次回にします。

悪しからず・・・。

加藤廣氏

小泉首相の愛読書として話題になった「信長の棺」。

その作者が加藤廣氏なんだけど、この人東大法学部卒後、中小企業金融公庫に入り、退職後に山一證券経済研究所顧問、経営コンサルタントを経て、昨年75歳にして「信長の棺」で作家でビュー。

作品の評価は賛否両論なんだけど、このパワーは脱帽もの。


書き尽くされた信長を題材に24万部以上のベストセラー。

あえて内容は書かないけど、興味のある人はご一読を。


今年4月に出た「秀吉の枷」も読んでみよう。


皆さん最近何か面白い本読みました?


メディア・リテラシー

いやー本当に久しぶりの書き込み。間が空きすぎて申し訳ない。7月に入ってこの記事が二つ目とは!皆さんもお忙しいようで。


最近メディア・リテラシーという言葉を目にする。メディア・リテラシーとは「情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと」ということらしいけど、要するに「情報を評価・識別する能力」ってことになるのかな。

特に最近はネットの時代になって、情報が氾濫してるよね。仕事柄ネットで探し物することが多いけど、結構嘘ばっか書いてる。自分が専門の分野だと、それが嘘ってすぐに解るけど、解らないことも多々ありそう。


大昔メディアってこういうものなんだって感じたことがある。大学卒業した後暫くは、わざわざ東京までラグビーの早明戦を見に行ってた。後輩達がチケットを確保してくれるおかげで我々OBは観戦できたんだけど、一度そのチケットが置き引きにあったことがある。大騒ぎになり、恩師の尽力で朝のテレビ番組にまで現役生が出演し「返してくれ!」と訴えた。


その甲斐あってチケットは無事に戻り(テレビ見た犯人がビビッて新宿に捨てたんだっかな?)、自分も試合を観戦することが出来たんだけど、東京から一番遠い場所から来た先輩ってことで、どこだったか忘れたけどスポーツ新聞に取材受けたんだよね。といっても聞かれたのは名前と住所。なーんだって思って、一応翌日の新聞見たら、結構喋ってんだよね。「いやー一時はどうなることかと思いました。」とか「後輩達のおかげで上京することができました。」とかね。


在学中にもあったな、そういえば。これも早明戦の帰り。早明戦の後は歌舞伎町で騒ぐのが定番になってたんだけど、その日は明治が勝ったこともあって、明大生は特に大騒ぎ。コマ劇の前に立ってた照明に、たまたま修理中だったのか、足場が組んであった。5段位あったから結構な高さだったんだけど、馬鹿な学生が大勢その足場に登り、上ではしゃいでたわけ。全員酔っ払いだから足元が危ない。当然と言えば当然の如くその内の一人が落下。救急車出動。

上から2段目に登ってた自分はさすがに青くなり、慌てて降りたんだけど、たまたま週刊文春がそれを撮影してたんだよね。それもたまたま俺がインタビューされて、適当に答えてたら、もっと適当に記事にされてた。もう忘れたけど、その時も俺はたくさん喋ってたね。後で親父に滅茶苦茶怒られたね。そりゃそうだ、危なすぎる。

まーどっちも大した記事じゃないから、別にどうでもいいんだけど、記事ってこういうもんなんだって思ったね。


2年近くスポットでエキストラもやってたけど、テレビもいい加減だったなー。当時はじまったばかりの朝まで生テレビも、コマーシャル中は「いやーちょっと過激でしたかね。わざとらしかったかなー。」とか言ってる出演者もいたしね。トイレに行こうと思って歩いてたら、後ろから殴られたりね。爽やかそうにテレビに出てるのに限って、とんでもなく威張ってるし。総じて横柄なんだよな、奴らは。


読み返すとただの昔話になってる。まーいいか、たまには。


これだけ情報が氾濫している社会ではメディア・リテラシーが大切だし、早い段階での教育が必要になったとは思うね。


蒸し暑いですね

人のことは言えませんが皆さんちょっと間が空いているようで・・お忙しい毎日と思います。


しかし、今回の黒川先生の講演は凄かったですね~刺激というかショックというか~凄い人がいるんですよね、勉強になります!早速私も「楽しく体感する」を事務所の目標として捉えなおしてます!


心が動くというか体が震えるというか~そういう体験、共感、を通してでしか人間は得心して動かないものですよね。わかったつもりでしたが分かってなかったのだと改めて解りました。


さてワールドカップも終わり台風も連続して発生してきており、気づけば今年も半分を過ぎ、夏場を迎えてそれでも仕事の期限は淡々と迫ってくるわけです。私は年初に「所得倍増」「健康回復」のふたつの目標を掲げてたのですが、健康面では毎年この時期痛めていた胃腸も順調のようで、ただ、もうひとつの所得倍増は半年経過のこの時点で達成不可能かと思われ・・でも、そもそも発想が間違っていたと(なんとちっぽけな設定だったのかと)思い直しました。人生における「楽しさ倍増」こそが、すべてに通じる目標であると!本当の意味で「楽しく」充実した一瞬を積み重ねていれば、他の諸々の願望の大半は自然と着いて来るような気がしてます。あまり根拠はないのですが、いかなる逆境の時に遭っても笑っていれるような生き方をしたいと思ってます!


いやぁ~今日はネガティブでなかった・・


ドイツW杯に学ぶ。

対ブラジル戦、何と言っていいやら・・・。

残念を通り越して、失望感を感じたね。まあ、相手がブラジルだから、しょうがないのか・・・。

そう簡単に奇跡は起こらないって事だよね。

考え方を変えると、決勝トーナメントが決まっていたブラジルが、監督ジーコ相手に、変に手を抜いてこなかった事は良かったかな。やっぱりブラジルは一枚も二枚も上手だったって事だね。

・・・でも後半、主力選手はほとんど交代してたのになあー。

やっぱり日本選手に執念みたいなものが足りなかったんじゃないかなー。

3失点目以降は完全にあきらめムードだったもんね。

中村俊輔には正直期待していた分、がっかりしたね。オーストラリア戦のゴール以外は良い所無かったね。

あのゴールも、極めて日本のファールの色が濃かったもんね。審判のミスだよね。あれは・・・。

中田ヒデも必死でミドルを打ってたけどなかなか決まらなかったね。最後、ピッチ中央で大の字になって泣いてたけど、本当悔しかったんだろうね・・・。


中田はホームページでブラジル戦に向けて、


「守らなければならないものは唯一’‘誇り’‘」


と書いているけど、‘誇り=プライド’をかなぐり捨ててでも戦って欲しかったね。

http://www.nakata.net/jp/hidesmail/hml277.htm


でも、少しだけ希望が見えたのは、やっぱり玉田のゴールかな。あれは良かったね。一瞬でも‘勝てるかも’と思わせてくれたもんね。今までの日本代表のW杯のゴールの中でも群を抜いたシュートだったんじゃないかなあ。

偶然に頼らない、相手の裏をついた、完璧なシュートだったね。三都主からのパスを玉田が上手くすり抜けての絶妙のプレイだったね。あんなプレイがどんどん出来るようになれば、日本も強くなっていくんじゃないかな。

まあ、色々言っても負けは負け。オーストラリア戦の3失点が無かったらとか、クロアチア戦で勝ってればとか、タラレバはやめよう・・・。

人生、‘喜び’からより‘挫折’から学ぶ事の方が多いもんね。

本当に選手の皆さん、お疲れ様でした。

まだまだW杯は続いているんで、世界のプレイをこの目に焼き付けようっと・・・。