やる気と意欲って違うのでしょうか
やる気が出るまで待ってたら
いつまでたっても何もできない
っていうのは最もだな、と思うのですが
やる気とは別の、意欲というもの
これが今の私には皆無で
呼吸をするのも面倒だと言うのは
過言であり嘘に近いのだけれど
呼吸をしなくても死なないのならば
迷わず呼吸をやめるだろうなあ
死にたいのではなくて生きたくない
生きる≠死ぬというのが
この世の常識であり真実であります
しかし私は死ぬように生きるという手段があることを信じてます
とある歌詞に、これもまたとある歌手の受け売りですが
「僕は死ぬように生きていたくはない」
という詞があるのです
常日頃そんな言葉を頭の片隅において
誰にも真似できない生き方を
私だけの人生を歩もうと
まあそんな大袈裟な気持ちはありませんが
少しだけそのようなことを思っていました
しかしながらそんな気持ちも薄れ
突然、本当に突然に
ふつりと糸が切れたかのように
「生きることがめんどうだ」と呟くようになったのです
死ぬように生きることは「生きる」ことじゃない
ここでいう「生きる」は何かといいますと
充実感のある生活を送ることです
今日はこれをやった
明日は何をしよう
さっきのパスタがおいしかったな
そんな具体的なことも含めての「生きる」
こんな「生きる」がない生き方を
死ぬように生きると定義づけたいと思います
私は突然そんな生き方に憧れ出したのです
それは本心からの憧れではありません
花粉症のようにやってくる季節病であります
私に五月病はありません
そのかわりと言ってはなんですが…と
ご丁寧に挨拶をしながら四月病がやってくるのです
とても厄介なのですが
さすが地獄という名の極楽
居心地の良さは素晴らしい
「目を覚ませ!」と平手打ちされても
じんわりと広がる痛みに無表情のまま涙を流せる自信があります
そんな自信なんの役にも立たないのですが
ここまで書いて
私の大好きな人達に
「本当に馬鹿だな~」
「いいか、生きるというのは……」
「まあ頑張れって」
などと適当に返されたり
はたまた熱く語られたりしたら
もうそれだけでおかしくってたまらず
「くだらないな(笑)」なんて開き直れるような気がしてます
ただの四月病、されど四月病
熱しやすく冷めやすい
いづれにしても五月病が流行る季節までには
どこかへ飛んでいってしまうので
今はやりたいようにやらせてます
2014・4・8
