違和感を覚えたとき、すぐに反論はしなかった。
先にしたのは、相手の説明を確認することだった。
何が問題とされているのか。
何を根拠にしているのか。
その説明は、時系列や記録と合っているのか。
それを一つずつ確認していくこと。
このときに必要だったのは、反論ではなく、確認だった。
ここまでの流れは、こうだった。
② 給付金請求
③ その一言
④ 違和感
請求のあと、相手側から一つの判断が示された。
しかし、その前提は、本人の認識とは食い違っていた。
ここで違和感が生まれた。
違和感は、感情ではある。
ただし、違和感そのものは、まだ事実ではない。
「おかしい」と感じることと、
「どこがどう食い違っているのか」を示せることは、別である。
だから、感情のまま反論する前に、
相手の説明の中身を確認する段階に入った。
理由は、二つある。
一つは、相手の判断が「何を根拠にしているのか」が、
この時点ではまだ十分に見えていなかったからである。
根拠が見えないまま反論しても、
反論は推測に対する反論になってしまう。
推測に推測を重ねると、
あとから事実を整理することが難しくなる。
もう一つは、こちらの認識もまた、確認を必要としていたからである。
本人の記憶、診断書の記載、診療の経過。
これらが互いに整合しているかどうかは、
こちら側もあらためて確かめる必要があった。
確認は、相手のためだけのものではない。
自分の側の理解を、推測ではなく記録に基づかせるためのものでもある。
確認の目的は、相手を追い詰めることではなかった。
何が起きているのかを理解し、
落ち着いて判断できる状態を取り戻すことだった。
このとき、確認の対象としたのは、おおむね次の四つだった。
この四つは、いずれも「責める」ための項目ではない。
「確認する」ための項目である。
確認の結果、整合していればそれを認める。
整合していなければ、その不整合を、感情ではなく形で示す。
どちらに転んでも、次の判断のための材料になる。
違和感は、入口にすぎない。
違和感のまま反論すると、議論は感情と感情のぶつかり合いになる。
そうではなく、違和感を覚えたら、
まず相手の説明を確認の対象に置く。
・何を根拠にしているのか
・どのような説明なのか
・記録と整合しているのか
この四つを確認してから、はじめて整理が始まる。
確認は、攻撃ではない。
理解し、判断できる状態を取り戻すための、最初の一歩である。