震災から、1週間が経ちました。
この1週間は、あっという間だったような、とても長かったような…うまく言えないけど、本当にぐったりとしています。
今日は、サッカー解説者のセルジオ越後さんのコラムを目にしました。
以下、引用先のURLと、全文です。
http://footballweekly.jp/archives/1612606.html
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【セルジオ越後コラム】
すべての日本人へ「倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ」
日本は今、大変な困難に見舞われている。あまりにもスケールの大きい自然災害であり、戦争以来の大惨事と言ってもいい。
被災者の方々が大変な傷を負ったのはもちろん、日本人全体の心に深い傷が刻まれてしまったね。
この悲劇からの復興は、被害にあったその地域だけの宿題ではない。
すべての日本人、それだけでなく日本に住むすべての外国人も含めて、みんなが固い結束の下に、全力を傾けなければならないよね。
逆境を跳ね返す、困難から立ち直るメンタリティは、世界に誇れる日本の素晴らしい部分だ。
阪神大震災も、新潟県中越地震も乗り越えてきた。
どの国にも真似のできない日本の文化、精神の強さを、今こそ発揮すべきだ。
何年か経って、あの時は大変だったねと、日常の中で振り返れる日が来るよう、僕は心から祈っている。
サッカー界も大きな被害を受けた。
鹿島アントラーズは無期限での活動休止を決め、Jリーグ再開の目処は立たず、3月に予定されていた代表戦2試合も中止となった。
サッカー協会は29日に日本代表とJリーグ選抜によるチャリティマッチを行うことを発表した。
僕はこのチャリティマッチ開催に賛成だ。
「こんなときにサッカーなんて不謹慎だ」「サッカーをすることが被災者のためになるのか」という声も聞かれるけれど、サッカー人として、そして一人の社会人としての僕の考えをちょっと聞いてほしい。
今、日本に何が必要か。
被災地への義援金、節電、物資の救援。
やらなければならないことは山ほどある。
一方で、この国の経済活動をきちんと回すこともしなければならない。
経済活動、つまり血の流れを止めてしまうと、本当に日本が沈没してしまうかもしれない。
だから、元気な人は、行動するべきだ。
それぞれの立場で、どんどん働くべきだ。
停電で3時間しか働けないなら、3時間だけでも働けばいいじゃないか。
働けない人たちの分まで仕事を増やすのだ。
使えない人の分までお金を使うのだ。
いっぱい仕事をして、いっぱいお金を生んで、飲みに行って、お金を落として、税金を納めて、どんどん経済を回すべきだと思う。
自粛とは、休むことと同意だよ。
元気な人が休んだところで、被災者にとって何の役にも立たない。
ニュースを見て心を痛めるのは理解できる。
でも、ニュースを見て心を痛めることが復興につながるのかな。
残念ながら、君がいくら涙を流したところで被災者は救えない。
社会活動に貢献することこそが、被災地を助けることになるのだと思う。
サッカー人は、サッカーが仕事だ。
リーグとしての開催は難しいかもしれないけれど、元気なチームは毎日練習をして、試合をして、試合会場にドラム缶でも置いて義援金を集めればいい。
日常を止めちゃいけないよ。
がんばってキープした日常の中で、被災地のために何ができるかを考えるべきだ。
この国難の最中、サッカーをすることで被災地の方々が本当に元気をもらえるのか、勇気を持てるのか、それは一概には言えない。
しかし、被災を免れた元気な僕らが、いつまでも過激なニュース映像を見て悲しんでいるわけにはいかない。
そろそろ国民全体の心のケアをしなければいけないときが来ている。
サッカーには、傷ついた心をときほぐす力があると信じている。
1人負傷者が出たからといって、勝負を諦めるのか?
10人でも勝利を目指して戦い続ける、倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ。
悲しみを超えて、みんなで立ち上がろう。(了)
東北関東大震災で犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
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このコラムを読んで、とても共感しました。
…と、同時に思ったこと、それは「タイミング」の大切さです。
同じ内容を述べるとしても、世の中の状況、述べる側・受け止める側の環境・心境により、タイミング1つ違えば、
それがどんなに正論であったとしても、配慮のない、ただの屁理屈となり得ることがあります。
nicoは実際、上記のコラムに似た内容の演説を、恐怖で怯える震災の翌日に目に(耳に)しましたが、一切心に響きませんでした。
それどころか、「…言ってることは正しいんだろうけど…それ、今言う???」といった疑問を抱いたものです。
しかし、恐怖と不安の中でも、日常生活が回りだした今、この時期に、このコラムを読むと、なんとも共感でき、不思議なくらい勇気づけられたのです。
以上のことから、nicoも人に何かを伝える時には、それが正しいかどうか、だけではなく、
相手方の心の状態にふさわしいかどうかを、考慮して発言をしていきたい、と思いました。