東京は、初夏のさわやかな風を感じますね。
梅雨に入るまでのこの期間は、
暑くも寒くもなく、とても過ごしやすいです

今日から何回かに分けて、
TAWを始めてからの大きな変化をお伝えしていきます!
さて、TAWを始めたときの私の目的は、
「自分を変える!!」
でした。
これは、まだ課題です。
いままでなぁなぁにしていた、
ファッションやメイクのしかたを変えたことで、
ずいぶんと周りからも「変わったね~」と言われるようになりました。
要は、
どれだけお金をかけるか

(↑その覚悟があるか)
ということが分かりました。
分かったものの、まだ出し惜しみしてしまう自分もいて・・・。

そして、
もうひとつの問題は、
諦めかけていた両親の経済状態。
TAWを学んだ今では、
自分がどれだけ裕福だったかと実感しますが、
当時は(といってもほんの半年くらい前ですが)
人に言えないでいる長年の悩みでした。
社会人になるまでは
両親は好きな習い事をなんでもさせてくれましたし、
塾にも通わせてもらい、
私立の高校・大学まで行かせてくれました。
ところが、
私が大学に入学したくらいの頃から、
両親がお金に困ったときは、それを包み隠さず、私たち娘にストレートに話すようになりました。
家のローンやその他もろもろの借金を抱えていたのです。
私は大学に入ると、バイトに精を出して、
両親にほとんどの給料を渡していました。
社会人になってからは、
実家住まいで、ほとんどお金のかからない生活でしたので、
銀行のキャッシュカードを
「好きな時に使っていいから」と父に預けていました。
数年後、そのキャッシュカードが私に戻ってきたときは、
預金がほぼ0でした。
いつ返ってくるかも分からないお金をあげるのに不安を感じ、
また、
私が両親がお金を貸しても、
根本的な解決にはならないと思って、
それまでのように、やみくもにお金を渡すことはやめました。
それでも、両親は借金返済に困ることが何度もあって、
「今月も苦しい」と言って、お金を無心しました。
それが、本当に嫌になりました。
"ほかの家の子は、両親にお金をもらうことはあっても、あげることなんてない。
なんでうちは逆なの?!”
”親がこどもにお金をせがむなんて恥ずかしい...”
そんな風に思っていました。
両親は、怠け者ではありません。
むしろその真逆で、
文字通り年中無休で働いていました。
実家から徒歩15分くらいのところで、
飲食店を経営していました。
私の産まれる前から始めたお店です。
両親はとても必死だったので、休日なんてありませんでした。
私たち娘が小さい頃は、一時期母の実家に預けられたり、
父方の祖母が東京に出てきて、数年間私たちの面倒を見ることもありました。
1年360日(お盆と正月の数日休み除いて)
朝から晩まで働いて、
そのほんの休みでも田舎に帰ったり、旅行に行くので、
両親が家でごろごろしている姿を、本当に見たことがありません。
そんな生活を30年以上も続けているのです。
よほど苦しかったのか、
父は、本業の飲食店以外にもバイトを始めました。
両親が出来る限りのことをしているから、
私は「もっとがんばれば?」なんて軽々しいことは言えませんでした。
なんで両親はあれだけ働いているのに、生活が楽にならないのだろう??

この単純な疑問を何年も問い続け、
答えが出ることはありませんでした。
TAWを紹介してくれた、友人のTちゃんから、
「これを変えたい!と意図を持ってTAWを学ぶといいよ」
とアドバスをもらっていたので、
迷わず私は『自分』と『両親の経済状態』だな、と決めました。
自分を変えるのはまだしも、
この『両親の経済状態』が変わったら、TAWは本物だわ!
どれどれお手並み拝見・・・てな具合に入門を受講したのです。
(つづく・・・)