一部の金持ちの子供たち(成人も含む)を見て

いますと、自分の成功は、自力での努力や

苦労の成果という錯覚をしているようです。

 

実家や身内、縁故がものを言っていたはず

ですが、そうでも思い込まないと、自尊心が

保てないからなのかもしれません。

 

そのような人たちは、元々能力はそんなには

高くないですが、プライドだけは非常に高く、

他人を見下すといったことをします。

 

根性などで、貧しくとも苦学して同じような

地位に上り詰めた人物とは雲泥の差があると

いってよいでしょう。

 

伝統的に、東京大学は、わが国で最も入学試験

が難しいという認識ですが、加えて、合格者の

保護者の平均年収が高いことでも知られています。

 

私が受験生だったころ、当時まだ存続していた

駒場寮の住人たちが冗談交じりで次のような

ことを言うのでした。

 

「俺たちが、親の平均年収下げてるんだけど、

なかなか下がらないね」

 

現在の入学試験は、共通テストに加え、英語では

リスニングなども課すところも増え、より高度

かつ巧妙になっているようです。

 

ここで「巧妙」という単語を用いたのは、教室で

教わるような机上の勉学では対処しづらい内容の

事項が試験に課せられ、試験の形式によっては、

課外活動など「親の金」がものをいう事項を重視

する傾向があるからです。要はAOとか推薦という

形式で、「学力以外のこと」を見る体裁で、特定の

属性を優遇するということです。

 

お金持ちの子供は、親の金によって、情報や環境が

有利になります。そのことを自覚する、お金持ちの

子供は、いったいどれほどいるのでしょうか。

 

そして、学校を出てからの就職というのは、より

それが巧妙かつ陰湿になるのです。