ファンマーケティングで1人起業家が年商3000万円になる方法 〜コミュニティビジネスからビジネス設計、出版ブランディングまで〜 -24ページ目

ファンマーケティングで1人起業家が年商3000万円になる方法 〜コミュニティビジネスからビジネス設計、出版ブランディングまで〜

悦る商人“たなかつ”こと田中克成が、ファンマーケティングを活用して8ケタの商売を連続して起業するための『教え』を綴ってます。自分サイズの小さなコミュニティからはじめて、ファンを応援し、応援され、応援し合うコミュニティビジネスのはじめ方・考え方。

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復興のアクリルたわし、あんでねっとの西川さんと、有馬 嗣朗さん、小松節子さんのリレーご紹介でお会いできました!


『道に迷う若者へ』もご購入くださり、カッコいい一眼レフカメラでパシャパシャと写真もたくさん撮ってくださいました*\(^o^)/*
ありがとうございます!!!


天気も良いし、調子も良いので、今日はもう30km先の宮古市まで歩みを進めたいと思います。


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おはようございます。
今日は陸前高田と大船渡の境にある山頂からスタート。

人を育てるというのは、本当に忍耐との闘いだと思います。ただ、自分もそんな時期がありながらも育ててくれた方々がいるから、今があります。

以前の僕なら腹に湧いてきた感情をそのまま相手に伝えていました。そこには僕の正義があるし、自己犠牲の精神みたいなものもあります。

しかし、最近は一旦その感情を腹に抱えたままにして、真逆の視点で相手の立場になって考えてみることを心掛けています。

その上で、自分の使命と照らし合わせて、どちらがベストか?という選択肢を選ぶ。すると、九分九厘、当初の考えのまま決断することはありません。それどころか、最初の正義感であったり自己犠牲が、エゴだったことにも気付けるのです。

人は成長する生き物です。僕がお世話になってる投資家さんは、「育てる、ということ自体がエゴでしかない。気づけるキッカケを与えてあげるところまでが責任」とよく仰います。

使命に照らし合わせ自分のエゴを省みること。
それは相手の成長にも、自分自身の成長にも繋がります。


2016.3.18 田中克成


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リヤカー行脚中の出逢いや気づき、その時の気持をありのまま書いています。
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今日は41県目となる岩手県に入ります。
気仙沼、陸前高田、大船渡、三陸ならではの美しい自然を配信しながら歩きたいと思います。


【過渡期を抜ける際の「出会い」の誤解について】


次のステージに上がるときには、必ず出会いがありますが、その人が手取り足取りあなたを助けてくれるわけではありません。


負んぶに抱っこを期待していると、せっかく出会った縁もスーッと遠のきます。


あきらめなければ必ず人生は好転しますが、「あきらめない」とは、受身や依存でご都合主義の救出を待ち焦がれることではなく、


覚悟を持って積極的姿勢で現状を打破するための攻めをヤメない、ということです。
どんな状況であれ「自分でケリを付ける」と覚悟を決める他にありません。


矛盾しているようですが「出会わなくても自分で何としても打開してみせる!」と覚悟を決めて進むからこそ出会いに恵まれます。


だからこそ、先に使命ありき、志ありきなのです。
白馬の王子様を待つのではなく、あなただけの使命を見つけ、その先のロマンに胸を躍らせ、志が立つ自分自身との出会いをあきらめないでください。


2016.3.17 田中克成


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めっちゃ嬉しい件。
気仙沼で地元の電話工事の方に話しかけられ、
「本、読みましたよ!」と。


「2冊とも読みました。頑張んなきゃなって気持ちにさせられました」


嬉しィ~!
ありがとうございます!!!


家は流されたけどもう建て直したそう。
最後に「まぁやるしかねぇっすから」と仰っていたのが印象深い。


ホント、まぁやるしかねぇ。
俺もやろお!ありがとうございます!!!
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おはようございます。
今日は南三陸でボランティア活動を続ける勝又かっつんに紹介してもらった南三陸ホテル観洋さんで、もう一泊することになりました( •̀∀•́ )✧

明日、気仙沼まで約40キロを移動し、翌昼、山口でお世話になったご住職と合流。ご住職が震災直後から支援されている避難所生活の方々と昼食を取り、その日は地域の方々との親睦を育ませていただきたいと思います。
 
今朝は、南三陸ホテル観洋さん主催で行なっている「語り部バス」に参加してきました。震災翌年からスタートし、今日までで参加者は述べ10万人を超えたそうです。

津波は、テレビで観た光景や人伝に聞いていた情報では想像がまったく追いつかない、とんでもなく桁違いの規模であったことを痛感しました。
もちろん、その想像さえも実際の当時の光景には遠く及ばないのだけど。

語り部バスでは、かっつんからご紹介いただいた伊藤 俊さんがマイクを握り、当時の状況、5年経った今、そしてこれからのことをお話してくださいました。

悲しい事実もたくさん教えていただきましたが、希望と言いますか、すべての人に通ずる生きた教訓となる話も伺いました。中でも特に印象深かった話を2つ、皆さんにもシェアしたいと思います。


震災2日前の2011年3月9日、前日の大きな余震を受け、戸倉小学校の1人の先生の提案で、震災時の避難場所を小学校校舎の屋上から、数百メートル先の宇津野高台に変更したそうです。

翌10日に臨時の避難訓練。この時点では、まさか翌日にあれほどの大惨事となる大地震、大津波が町を襲うとは、誰一人として想像していなかったはずです。

翌11日14時46分、観測史上最大となるマグニチュード9.0の大地震が発生。それから約30分後に、高さ15メートルを超える大津波がこの町にも押し寄せました。

地震発生直後、前日の訓練通りに生徒、教職員ともに全員が高台に避難。沖のほうから海面を押し上げ迫ってくる津波を確認した校長先生の咄嗟の判断で、さらに数メートル高い五十鈴神社境内に避難場所を移しました。

境内から見下ろす先にある自分たちの校舎が、荒れ狂う津波に呑み込まれていく光景を、子供たちや先生方が、どんな想いで見ていたのだろうと思うと、いたたまれない気持ちになります。

津波は、子供たちが避難した神社の鳥居で止まったそうです。神社まで避難し生き延びた保育園園児、小学校児童及び教職員、地域の方々300名余りが、この境内で難を逃れることができました。

残念ながら、当初の避難場所であった神社下の宇津野高台は津波に呑まれ、そこまでしか避難ができなかった多くの方が命を落とされたのです。

神社まで避難し全員無事であった子供たちは、明日の卒業式で予定していた歌を子供たち自ら歌いはじめました。

付近の無事であった高台に避難されていた方々は、子供たちが一晩中歌い続けたその歌声に励まされながら、寒さに凍える夜を耐え凌がれたそうです。


語り部を務めてくれた伊藤さんのご自宅は、市街地の海辺近くにあるマンションの3Fだったそうです。
津波はそのマンションごと飲み込んだそうですが、48世帯が暮らしていたそのマンションからは、1人の犠牲者も出なかったとのことです。

「海が近いからこそ、全員が率先して避難しました。しかし、海から離れた山のほうに住む方々は、まさかここまでは来ないだろうと避難しなかった。そのことが明暗を分けることになってしまいました」

【危機意識を持つ】

戸倉小学校の話も、48世帯全員が無事であった話も、危機意識を持つことが、命を守ることにおいて共通する大切な教訓なのではないかと思います。

そして、伊藤さんが1時間のツアーの中で繰り返し繰り返し仰られていた「生きたいという強い思い」こそが、シンプルですが何より大切なことなのではないでしょうか。

日本に住む多くの方が、5年前に三陸沖を襲った大津波とは無縁の日々を送っています。

しかしながら、日本の年間の自殺者は2万7千~3万人。公式に発表されている数だけでです。
他殺でもなく、病死でもなく、遺書がないがために「自殺」と断定できないでいる“不審死”の方々の数も含めると、その数は年間で24万人にものぼります。

彼らも「本当は生きたかった」のです。
でも、その気持ちを諦めてしまった人たちが年間20万人超もいる。不況とは言え、世界から見れば有数の経済大国であるこの日本で。

僕が管理している「自殺したい」という方々に向けたとあるサイトには、月間で5,000~7,000件のアクセスがあります。この2年間で、来訪者は12万人を超えています。

そのサイトには、読み終えるのに10分以上を要する長い長い手紙を綴っているのですが、平均閲覧時間は10分超。
「死ぬため」の手段を探しながらたどり着いた、「生きるため」に綴られた手紙を、ほぼ全員が10分間もの時間をつかって読んでくれています。

すべての人に伝えたいです。
もっともっと貪欲に、「生きる」ということを追い求めていい。
「生きる」ということを最後まで諦めなくていい。

震災で亡くなられた方と、自ら命を断たれた方とを一緒にするな、という声もあるかもしれません。でも、語弊を恐れずに言うと、どちらの方々も「生きたかった」という根源は同じような気がしてなりません。

そして、震災で生き残った方だけでなく、生まれてから今日まで恙無い毎日を暮らしてこれた僕たちも、「生きるとは何か」を平時だからこそ、心にゆとりのある今だからこそ、真剣に考えて欲しいと思います。

そして、誰にも胸の内を相談できず、隣で苦しんでいるかもしれない人たちの心に寄り添える、そんな日本人であることを願っています。


僕も震災から5年が経ち、はじめて被災地に足を踏み入れました。ずっと行きたいと思いながらも、時が経てば経つほど、あの時すぐに行動に移せなかった罪悪感を覆い隠すための言い訳に耳を傾け、「今さらな…」という思いを強くしていました。

でも、今回、この地を訪れて、語り部バスに参加して思い直すことが多々ありました。

風化され、忘れ去られつつある今だからこそ、1人でも多くの人がこの地に足を運ぶ必要がある。あの時、動けなかったからこそ、今動き出すべき役割がある。本当にそう思います。

語り部の伊藤さんが、最後にこう仰っていました。

「“観光”という字は“光を観る”と書きます。
ここには、災害でどんなに町が破壊されても復興させる、生きる、生き残る、という強い光があります。その光をまた、みなさんどうぞ観に来てください。
そして、皆さんが再びこの地を訪れてくれることは、私たちにとっての光でもあります。
だから、観光でいいんです。是非また、この土地に観光でいらしてください」

南三陸ホテル観洋では、修学旅行など大団体での宿泊から、家族連れや僕のような一人旅の宿泊まで対応されているそうです。

是非一度、来年ではなく先ずは今年、足を運ばれてみてください。被災地には、「生きる」ための生きた教訓があります。
新鮮で美味しい魚介類もありますし、日常の疲れを吹き飛ばす絶景の温泉もあります(^^)

【南三陸ホテル観洋】


2016.3.14 田中克成


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