小学生のころよくサッカーをした。サッカーといっても一人でやるサッカーが好きだった。四年から一応サッカー部に入っていた。それなりに練習もした。四年からレギュラーにもなった。でもみんなでやるサッカーはそんなに好きにはなれなかった。
一人でやるサッカーとはどんなサッカーなのか。
それはただひたすらに壁に向かってボールを蹴るだけのシンプルなプレイ。
大人の背丈ほどのブロック塀。それに向かってただボールを蹴る。跳ね返ってきたボールをすかさずトラップで捌く。そしてもう一度壁に向かって蹴る。ただそれだけをひたすらに繰り返す。しかし、シンプルなものほど実は奥が深い。
そのフィールドは家の向いにある倉庫の駐車場。およそ30m×30mの広さだ。地面はアスファルト。しかも駐車場の真ん中には壁に平行に10センチほどの雨水の通り場がある。それ自体はそんなにプレイを邪魔しなかったが、そこに雨を集めるために微妙に傾斜している。それが微妙にバウンドを変えるのだ。さらにサッカーシューズのスパイクはアスファルトでは実に滑る。別にスパイクを履く理由はないのだが、それを履かないとサッカーをやっている気がしないのだから仕方がない。
それに加えて壁の微妙な高さ。大人の背丈くらいだから、力任せに蹴ればボールはその壁を越えていってしまう。その場合はボールと同様、その壁を乗り越えてボールをとりにいかなくてはならない。壁の向こうは保育所だ。それを取りにいくときに子供たちがいたりしたらそれこそ気まずい。さらには壁をよじ登って行くのは大人がいたらなお気まずい。だからその場合は遠回りして、正面玄関に回って「すいません」とか言いながらボールを取りにいくのだ。
障害はさらにある。駐車場の壁に向って左側は国道だ。トラックがびゅんびゅん通る。
親からも先生からも小学生が自動車に轢かれる悲惨な事故については嫌というほど聞かされている。家の前もその国道だから、人身事故が近くでたまにあることも知っているし、それに家に車が突っ込んできたことある。そちらにボールが転がっていった時は大変だ。
しかし適度な障害が事を面白くするのは、子どもでも大人でも同じだ。
壁に向って、思い切りでもなく、かといって力を抜くのでもなく、ストイックに蹴る。その時さらに、壁のどのあたりを狙うか、それからその跳ね返りまで予測して蹴る場合はさらにストイックさは増す。緻密な計算のもとに全神経をボールと壁に集中する。ただ蹴ることに集中しすぎるとスパイクが滑って転んでしまう。転ぶことを気遣うとボールは壁を越えていく。抑制した蹴りをすると威力は半減する。強くけりすぎるとトラップをミスする。実に難しい。
しかし、蹴る・跳ね返ったところに体移動する・うまくトラップして・すべてを計算してもう一度蹴る、という一連の動作がうまくいった時、異常な恍惚感と自尊心に自らが包まれる。これは実にはまる。
この一人サッカーは夏休みにやるのが一番好きだった。なぜならこのプレーには、勝利の美酒やチームメイトとの心の交流なんてものはなく、ただストイックに自分自身に沈殿していくことだけが醍醐味だからだ。よりストイックに自己に沈殿させるのに夏の太陽と湿った空気は実に有効に働く。頭上からジリジリと照りつける日差し。地面からゆれる陽炎。左側からはトラックが青いくさい息を暑そうに吐き出す。ここまで条件がそろえば汗をかきにくい体質であっても即座にひたいにまで汗をかく。
そう、ひたいに汗をかくというのも大事なのだ。背中や体に汗をかくだけでなく、ひたいから、頭から髪も顔もぐしゃくじゃになるくらいの汗。そんな皮膚の感覚のなか、あえてタオルももたず、半袖の半端な袖で汗をぬぐいながらプレーするのもひとつの決まった作法である。
ボールと壁と身体動作に集中しながら、外側の温度と皮膚とその下の皮下脂肪とそのすぐ下あたりの筋肉までが同じ程度の暑さになったころ、ようやく体の外側と中心部の暑さの違いに気づく。このサッカーのストイックな自己陶酔の最終的にめさず所は、この中心部にある冷たい部分だ。
どんなに長風呂しても、このプレーをしてもその部分は常に残っている。体の中心部には「冷え」がある。プレーでストイックな陶酔感が訪れるときも、実はこの中心部の「冷え」は冷静だ。いや、ここが冷静たがらこそ、こんな一人サッカーなんかが成立するのだ。
だからこんなプレーは実は矛盾している。その中心部にある「冷え」がこの陶酔感を感じさせる要因なのに、その「冷え」を暖めてしまいたいという欲求が起こる。ただ、もしその「冷え」をまるごと暖められたなら、たぶんこんな自己陶酔的営みからは卒業できるという予感もある。そしたらみんなと遊ぼうと思う。いや、もう誰かと無理して遊ばなくてもよくなるかもしれない。
プレー中はいろんな考えは頭に浮かぶが、どれも体に生じる暑さと冷たさの二元論に結局は還元されてしまう。意識に浮かぶいろんな考えも結局は、それは「暑」「寒」という肉体的感覚に二分されるものでしかないのだ。そして、究極的には、人間は体の中心が「暑」のものと、体の中心が「寒」のものとの二種類しかいないのだ。人の違いは心の問題ではなく、この体の感覚の違いだ。
子どもではあったが、そんな予感かあった。そして自分は中心が「寒」だということもこのプレーを通じてよくわかっていた。しかし、これは変えられるのではないかとも考えていた。子どもならではのチャレンジ精神だ。
ともかくボールを捌く。それが仕事だ。そちらに意識を使っていれば、自動的に事が進むはず。ただいつもは「寒」と「暑」の決着がつくまえにあきらめてプレーを放棄してしまうだけ。
今日は
「今度こそは、中心部まで暖めるぞ」と固い決意でプレーを継続している。
多分二時間くらいはもうやっている。
でも中心部の「冷え」はいっこうに「暖」かくはならなかった。汗はたくさんかいているのに。皮膚に太陽の日差しがこんなにも鋭く差し込んできているのに。腕の汗に光がこんなにも反射しているのに。
そのうち何か鼻の下に汗が流れた感覚があった。
袖でぬぐうと、赤かった。
「ん・・・」
ぽたぽたと半径1㎝くらいの赤い丸い点が乾いたアスファルトの灰色に彩りを与えた。赤というよりは茶色に近かった。アスファルトにボタッとおちた液体は盛り上がるくらいに厚みがあった。液体というよりはゼリー状だ。乾いたアスファルトの乾いた塵がその血を汚していた。しかし、その前からすでに穢れたようにどす黒かった。
鼻血はなかなか止まらなかった。まだ体の芯には「冷え」があったが、プレーは中断するしかなかった。鼻血が大げさなわりには至って冷静だった冷静を保てるところに誇りを感じつつ、鼻を押さえて前かがみで家にもどった。
家のなかは外と同様暑かった。しかし、家の中の暑さはいたって不健全な暑さだった。家の一階は薬店のスペースなので、二階が家族の生活の場であったが、店なのか家なのかはっきりしないのに加えて、生活臭と薬品の匂いがいりまじったわけのわからない匂いに国道からの排気ガスの匂いがさらに混ざり合い、それを夏の暑さが家中にとばしていた。
血はなかなか止まるどころかますます勢いをました。意識のどこかに、ドクドクという音が鳴り響いている。ティッシュはすぐにどす黒くなる。実際は数分だっかもしれないが、とても長い時間止まらなかったように感じた。
あまりの勢いの激しさにとうとう下で店番している母親のもとに行った。母親は心配そうに様子をみてタクシーを呼んだ。タクシーを待っている間も血は勢いよく流れた。ただ意識だけははっきりしていた。むしろ普段よりも覚醒していた。目を閉じてもはっきりとカラーで外の様子が見えるくらいに。
病院では親が状況を看護婦に伝え、緊急扱いで診断してくれた。医者は熱射病と言っていたように思う。点滴か何かをしたように思うが、ともかく病院では嘘のようにすぐに血は止まった。熱射病というのは学校の先生から時々聞いていた。当時は水分をきちんと取るということよりは、帽子を被るようにとか言われていたような気がする。帽子でなんとかなるようなものであれば、心のもちようでなんとかなると思っていた。まして自分は人よりも心の芯が冷えている人間だ。熱射病なんてなるわけがないと思っていた。
しかし、あのような状況で熱射病になるということは、ある意味で自分の完全な敗北を意味した。なぜなら体の芯が暖かくなることを、体自身がそれを拒否しているということだから。運命をこれほど自覚したことはない。自分は心に、そして体に「冷え」を抱えていくしかない人間なのだ。自分はある種の刻印を押された特別な存在なのだ。この一連の体験は私のみる世界を大きく変えた。
私のみる世界はつねに体の芯にある「冷え」を媒介するように意識された。どんな喜びも感動も常にいったんそこに吸い込まれる。そして充分に冷やされてから意識に立ち上るのだ。そして意識に立ち上った喜びや感動もはや喜びでも感動でもない。それはただの亡骸にすぎない。あのころの夏にたまにみかけたセミの抜け殻のようなものだ。確かにセミがこの中にいたという点では驚きがあるが、それが嘘のように乾燥して軽い。その軽さがそれを触る手をいらだたせる。そんな風に中身のないものとしてしか喜びや感動を感じることができない。その反面、恐怖や身体的な痛みには敏感になった。「冷え」は嫌なものは余計に冷やすのだ。
ともかくも私はあの時の敗北が忘れられない。私は一人でサッカーをして、一人で自分に負けたのだ。そして、鼻血という勲章とともに、こっち側の人間であるという敗者の陶酔の中に陥った。高揚感のない、つねに冷めた世界の住人の切符を手に入れたという冷たい陶酔のなかに。