エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー(現サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー)の初来日公演(1973年)は大きなニュースでした。
その際にNHKが録音してFMで放送した公演もまた、大きな話題になりました。

そのプログラムの一部、ベートーヴェンの交響曲第4番変ロ長調他を収録したSACDが販売されています。
今までは価格が高くて購入に躊躇していましたが、HMVで割引販売していたので購入してみました。

・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調 Op.60
・リャードフ:『バーバ・ヤーガ』 Op.56
・グラズノフ:『ライモンダ』より第3幕への間奏曲
管弦楽:レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
指揮 :エフゲニ・ムラヴィンスキー

録音 :1973年5月26日、東京文化会館ライヴ(ステレオ)

演奏自体は大変有名なもので、私も当時FM放送をエアチェックして繰り返し聴いた事を思い出します。以前は、ベートーヴェンの交響曲第4番の演奏は、ブルーノ・ワルター指揮コロムビア交響楽団の晩年の録音か、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーの1962年の録音を主に聴いていました。

ムラヴィンスキー指揮のこの演奏は、一聴したところ飾り気のないあっさりした感じでしたが、キビキビしたテンポとそれでいて彫りの深い表現で、以前はわき役と考えられていたこの作品を、大変魅力ある交響曲として表現しています。また、鍛え上げられたオーケストラはまさに「鉄壁のアンサンブル」といえる見事な演奏です。

交響曲の後に収録されている、リャードフ作曲の「バーバ・ヤーガ」と、グラズノフの「ライモンダ」第3幕の間奏曲も、魅力的な歌いまわしでお国物の魅力を聴かせてくれます。

このディスクは、NHKのオリジナル・テープをキングレコードのスタジオで、テレフンケン製テープレコーダにて再生し、DSDトランスファーしたものだそうです。

CDと比較して、特に弱音部が自然な響きでSACD化のメリットがうかがえます。
本当は最新録音のSACDをどんどんリリースしてほしいのですが、このような歴史的録音でも良質なものを良い音でリリースする事は大歓迎です。


4月下旬に、SONYミュージックが過去に発売したシングルレイヤSACDを再発売しました。長年品切れ(というより実質廃盤)だったタイトルを、商品番号・価格とも以前のままの再発売です。

ピエール・ブーレーズが指揮したストラヴィンスキーの『春の祭典』を聴いてみました。

  ストラヴィンスキー/舞踊音楽『春の祭典』
 管弦楽:クリーヴランド管弦楽団
 指揮: ピエール・ブーレーズ
 録音: 1969年7月28日、クリーヴランド
 フォーマット:シングルレイヤSACD

 シングルレイヤのSACDに春の祭典一曲だけが収録された、ある意味贅沢な構成のSACDです。


ピエール・ブーレーズは『春の祭典』を4度録音しています。
1) フランス国立放送管弦楽団 (1963年、コンサート・ホール)    
2) クリーヴランド管弦楽団 (1969年、CBS(現SONYクラシカル) )       
3) クリーヴランド管弦楽団 (1991年、DG)       
4) G.マーラー・ユーゲント管弦楽団 (1997年、DG) 


最初の録音は、ブーレーズが指揮者としてのキャリアが浅いころですが、既にマニアの間では有名になった録音です。ただし、一般に市販されない通信販売専用の商品だったため、このLPを当時聴いた方はあまり多くはなかったでしょう。
この演奏は2度目の録音にあたり、LPの発売当時にもその精密なアンサンブルと強烈な響きで強烈な印象を残していました。今改めて聴いても大変に分解能の高い演奏(と録音)です。変拍子の多いスコアを忠実に表現し、写真でいえば大口径の明るいレンズで撮影したような隅々まで情報量が多い演奏です。

特筆すべきはアンサンブルの精密さで、ジョージ・セルが鍛え上げたクリーヴランド管弦楽団を駆使して、当時これだけ「正確な」演奏をしたのはこの録音だけでしょう。
シングルレイヤのSACDで聴くと、鮮烈さだけでなく演奏自体の解像度が増して聞こえます。過去のCDではフォルテッシモにどうしても限界を感じましたが、SACDでは容量無限大になったような余裕のあるフォルテッシモと繊細なピアニッシモがとても自然に聞こえます。

「演奏の正確さ」でこれに匹敵するのはおそらく一つだけ、1976年に録音されたゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団による演奏(DECCA)だけでしょう。ショルティ盤は、「正確さ」で同等「パワフルさ」ではブーレーズ盤を凌ぐほどのもの凄さです。もっとも、曲自体を楽しめるかどうかは少々疑問ではあります。

今では現代音楽の古典となった、舞踊音楽『春の祭典』として、曲目自体を楽しむには3度目の1991年に録音したDG盤の方が好ましいかもしれません。鮮烈さは後退していますが、全体に余裕を持って曲を描き上げています。「ブーレーズも普通の人になった」とけなす意見も有りますが、1960年代は初演から50年弱のバリバリの現代音楽として捉えていたものを、22年後では余裕を持って解釈できる時代になったのだと思います。
その意味では、時代の変遷を感じるために時々両方を聴き比べるのも面白いかもしれません。



今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン音楽祭。
今回聴いた2つ目の演奏会は、20世紀フランスの大作曲家、フランシス・
プーランクの作品、2台のピアノのための協奏曲とシンフォニエッタです。

ラフォルジュルネ02

演奏は、協奏曲にはリディヤ&サンヤのビジャーク姉妹が登場しました。
ビジャーク姉妹はベオグラード出身、昨年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにも
出演しています。

ビジャーク姉妹

オーケストラの香港シンフォニエッタは1990年に発足し99年に再編された、
まだ新しいオーケストラです。

前半の2台のピアノのための協奏曲ニ短調、1932年に作曲された作品ですが
「一応」調性を持っています。彼は20世紀フランスを代表する作曲家の一人
ですが、古典的な調性と現代の響きが奇妙に同居する作品を多く書いてます。

第一楽章、オーケストラの音がやや硬めで導入部の後のきりっとした感じが
ピアノの登場後はなかなか良くなりました。
ちょっぴりモーツァルト風な第二楽章は、2台のピアノの掛け合いもチャーミング、
調性がどんどん変わる第三楽章

シンフォニエッタは1948年の作品です。「シンフォニエッタ(小交響曲)」という
名前ながら、全4楽章で30分弱の交響曲です。出版するまでは、プーランク
自身も交響曲と呼んでいたようです。

香港シンフォニエッタのやや硬めの音色は、ここでも同じです。香港を拠点に
しながら、多国籍の音楽家から構成され、様々な様式の曲を演奏するためか
プーランク固有の洒落た感じよりも、緊密なアンサンブルを重視したような
演奏でした。特に、作品が交響曲なのでこんな感じの解釈もありなんでしょう。

毎年、ゴールデンウィーク恒例のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン音楽祭。
今年も東京国際フォーラムにやって来ました。
今回は、5月3日に2つのコンサートを聴いたので順にご紹介します。

ラフォルジュルネ01

最初は、ハープ奏者の吉野直子さんがオーヴェルニュ室内管弦楽団を
バックに、ロドリーゴ作曲「アランフェス」協奏曲(ハープ版)他の一時間。

オーヴェルニュ室内管弦楽団は、1981年に創設された室内オケです。
過去にDENONに何枚かCDを録音していますが、来日しての演奏も
何度か行われています。

プログラムの一曲目は、ルーセル作曲のシンフォニエッタ op52、
1934年の夏にに作曲された10分弱の軽快な作品です。
編成は弦楽合奏だけで、このオーケストラの有機的なアンサンブルを
楽しむことができました。

二曲目は、ホアキン・トゥリーナ作曲 闘牛士の祈りOp.34、
1925年にリュート四重奏曲として書かれ、その後人気が出たので
楽四重奏版や弦楽合奏版に編曲された作品です。
トゥリーナの作品は、ギター愛好家には有名ですが幅広いジャンルの
曲を書いているようです。

最後が、吉野直子さんをソロに迎えた、「アランフェス」協奏曲。
ロドリーゴ作曲の大変有名なギター協奏曲を、スペインのハープ奏者
ニカノール・サバレタが作曲者に依頼して共同で編曲したものです。
昔、サバレタの独奏とメルツェンドルファー指揮ベルリン放送交響楽団の
演奏でレコードが出ていましたが、ハープ版を生で聴くのは初めてです。
ご存知のように、この曲はソロパートとオーケストラの音量バランスが
難しくて、補助的にPAを入れているケースが多いと思います。

今回、吉野さんが弾くグランド・ハープは音像が明確でパワーも会場に
ちょうど良い感じでした。わずかに残念だったのは、管楽器にエキストラが
加わったオーケストラのバランスが(特に第一楽章)ちょっと悪かった事。
まあ、このバランスも第3楽章では修正されたいましたので、指揮者が
適切に指示を出していたと思います。

なかなか楽しい一時間のミニコンサートでした。
クラウディオ・アバド・シンフォニー・エディションから、モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調と第40番ト短調を聴いてみました。

(写真はBOXセットのものではなく、単売のジャケット)

・交響曲第39番変ホ長調 K.543
・交響曲第40番ト短調 K.550

管弦楽:モーツァルト管弦楽団
指揮: クラウディオ・アバド(指揮)
録音時期:2008年6月9~11日
録音場所:ボローニャ(ライヴ)


この演奏では、大向こうをうならせるような独創的な解釈や表現はありません。
アバドは、ひたすらモーツァルトの書いた楽譜を誠実に再創造するとこうなる、とでも言うような爽やかな演奏です。しかし、決して生ぬるい演奏ではなく、求める音楽レベルは大変厳しく追及しています。その結果、オーケストラが自ら呼吸しているように演奏が息づいています。
例えばテンポでも、アクの強いアゴーギクではなく、僅かに速度を変えて曲の表情を描き出しています。
ピリオド楽器オーケストラに多い急速なテンポではなく、モダン・オーケストラの豪快さもなく、ただひたすらに透明な空気が流れるような演奏は、ある意味衝撃的です。
勿論、若い奏者が大半のモーツァルト管弦楽団は発展途上で、所々硬さや粗さも感じさせます。しかし、最初にリリースされた交響曲集に比べて自然さがやや増したようにも感じられます。

クラウディオ・アバドはベルリン・フィルの芸術監督に就任後、1990年代前半にSONYクラシカルにモーツァルトの交響曲集を録音していましたが、評価はいま一つだったような気がします。日本のファンには「アバドの低迷期」と酷評する人もいました。しかし、当時ウィーンでアバド指揮のグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラの演奏を聴いた時には、「低迷期」とは段違いの素晴らしい演奏を聴かせていました。当時のファンが期待する演奏スタイルとアバドが目指していた方向にズレがあったために、一部のファンがネガティブな感想を連発したのでしょう。

その後、大病から復活したアバド指揮ベルリン・フィルの演奏するベートーヴェンを生で聴きました。外見上の演奏は少し変わったような気がしましたが、アバドは90年代から今に至るまで同じ方向を向いて進んでいると思います。