Herbert von Karajan 1960sには、スイスのサンモリッツでの録音が何点か含まれています。1964年夏、ヘルベルト・フォン・カラヤンはベルリン・フィルと新しい試みを始めました。
夏休み中(正確には、ザルツブルク音楽祭に出演中の間を縫って)、カラヤンの別荘があるスイスのサモリッツにベルリン・フィルの主要メンバーを集めて小編成の作品を演奏&録音したのです。
サンモリッツでの録音の第一弾として録音されたのが、J.S.バッハのブランデンブルク協奏曲集でした。


1956年にベルリン・フィルの首席指揮者に就任してから8年、フルトヴェングラー色の残るオーケストラに室内楽風の精密かつ柔軟なアンサンブルの実践の場を設けたのです。


・ブランデンブルク協奏曲第1番 ヘ長調 BWV1046
・ブランデンブルク協奏曲第2番 ヘ長調 BWV1047
・ブランデンブルク協奏曲第3番 ト長調 BWV1048
・ブランデンブルク協奏曲第4番 ト長調 BWV1049
・ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV1050
・ブランデンブルク協奏曲第6番 変ロ長調 BWV.1051
ミシェル・シュヴァルベ(ヴァイオリン)
ローター・コッホ(オーボエ)
アラン・シヴィル(ホルン)
カールハインツ・ツェラー(フルート)
アドルフ・シェルバウム(トランペット)
エディト・ピヒト=アクセンフェルト(チェンバロ)

編成の規模は明らかではありませんが、当時の室内管弦楽団と同規模だったと思われます。

参考になる例として、1969年8月31日にルツェルン市がカラヤンに芸術賞を贈呈して記念演奏会が開かれました。その際にバッハのブランデンブルク協奏曲第3番が演奏されていますが、編成は、ヴァイオリンが9人、ヴィオラが6人、チェロが3人、コントラバスが2人だったようです。おそらく、録音時も同程度の編成だったと推測されます。

全6曲とも、最近の演奏に比べてゆっくりしたものですが、実に堂々と弾いています。
おそらく当時としては小編成のはずですが、スーパー・オーケストラの技量満開のバッハです。第2番におけるシェルバウムのトランペット・ソロも実に安定した技巧を聴かせます。第3番の第2楽章(楽譜上は和音二つだけ)は、アクセンフェルトが短いソロを弾いて弦合奏による和音につなげます。
第4番は、最近はブロックフレーテで演奏する事が多いパートをフルートで軽々と吹きこなします。第3楽章のソロ・ヴァイオリンとの絡みでは、シュヴァルベが軽々と弾きこなして完璧なアンサンブルをアピールします。
第5番は、アクセンフェルトのソロやツェラー&シュヴァルベとの室内楽風三重奏も安定した曲運びです。

現在一般的になったピリオド楽器の演奏とは違う古いスタイルですが、ベルリン・フィルの主要奏者たちによるスーパー・アンサンブルの妙技を楽しめる、貴重な記録と言えます。

ヘルベルト・フォン・カラヤンが1960年代にDGへの録音を集めたKarajan 1960s
60年代の特徴の一つに、夏のサン・モリッツでの一連の録音があります。

1964年にJ.S.バッハの管弦楽組曲第2番と第3番、そしてブランデンブルク協奏曲全6曲の録音で始まった夏の録音、1966年~68年にはヘンデルの合奏協奏曲集 op.6全12曲を録音しています。

この演奏、ジャケットの表記が興味深いものでした。
演奏:ベルリン・フィルハーモニー
チェンバロ&リーダー:ヘルベルト・フォン・カラヤン
「指揮」ではなく「リーダー」となっています。

演奏自体は、ピリオド楽器オーケストラが台頭する前の時代、弦の人数も多く演奏様式も現代楽器オーケストラによるものです。最近のピリオド楽器オーケストラによる演奏とは大きくスタイルが異なりますが、ベルリン・フィルの弦楽器セクションの名人芸を堪能できます。

60年代半ばに合奏協奏曲op.6全12曲を録音したオーケストラはあまりなく、大半が室内オーケストラだったので、当時巨匠と呼ばれた指揮者で全12曲を録音したのはカラヤンだけでしょう。

1964年~72年にかけて、夏にサン・モリッツにベルリン・フィルのメンバーと小編成の作品を演奏&録音する活動は、フルトヴェングラーの時代と違ってメンバーに室内楽のようなアンサンブル経験を積ませることを重視したのでしょう。カラヤンが自らチェンバロを弾きながら、指揮棒を持たずに楽団をリードする情景を想像するだけでも楽しいものです。


Karajan 1960s」から、シベリウスの交響曲第4番イ短調 作品63を聴いてみました。



1909年、大病から癒えたシベリウスは北カレリア地方を旅しました。
旅の中、コリ山地で得たインスピレーションを元に交響曲第4番の作曲に着手、1911年に完成しています。第5番が作曲者の生誕50周年祭に向けた祝典的色彩があったのに対し、この第4番は作曲者が「心理的交響曲」と呼んでいるように、病の不安と快気への気持ちが内包されていると言われています。

この演奏は1965年2月に、第5番の録音に続いてベルリン・イエスキリスト教会で録音されました。
カラヤンは交響曲第4番を3回セッション録音で残しています。

1回目:フィルハーモニア管弦楽団(1953年、EMI)
2回目:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1965年2月、DG)
3回目:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1976年、EMI)

生前のシベリウスは、カラヤン指揮の演奏を高く評価していたそうですが、
カラヤン指揮ベルリン・フィルの第4番は素晴らしい演奏です。
交響曲第5番も見事な演奏ですが、この沈潜する深い響きをじっくりと描き出します。
オーケストラの演奏の見事さは1976年盤が1番でしょう。
一方、この曲の内省的側面をバランス良く表現しているのは1965年盤だと感じます。

カラヤン指揮で60年代に録音された交響曲第4番~第7番は、
20世紀後半におけるシベリウス演奏の一つの頂点を極めたものとして、
永く聴き継がれるべき遺産だと思います。


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シベリウスの後期交響曲(第4番~第7番)をまとめてきたなら、
最初にお勧めしたい演奏です。

Karajan 1960sから、シベリウスの交響曲第5番変ホ長調 作品82を聴いてみました。

60年代のカラヤンの録音の中で、シベリウスの後期交響曲集(第4番~第7番)は、彼の録音歴の中でも貴重なだけでなく、シベリウスの交響曲の演奏の中でも特に重要な位置を占めていると思います。
シベリウスの交響曲を得意とする指揮者はは、MONO時代のアンソニー・コリンズ他のイギリスの指揮者たち(ジョン・バルビローリ、コリン・デイヴィス等)、ユージン・オーマンディほか作曲者と親交のあった指揮者を除けば、大半が母国フィンランドや北欧の指揮者に集中しています。

ドイツ・オーストリア系でシベリウスを得意にしている指揮者は多くはなく、カラヤンはその数少ない存在と言えましょう。ただし、選曲にも独自のこだわりがあるようで、例えば交響曲第3番は録音した記録がありません。
逆に、交響曲第5番は演奏回数も多く、録音も4回(ライヴは下記の例ほか、)しています。
1回目:フィルハーモニア管弦楽団(1952年7月、EMI)
(番外:ベルリン・フィルハーモニー(1957年2月、ライヴ録音、SONY)
2回目:フィルハーモニア管弦楽団(1960年9月、EMI)
3回目:ベルリン・フィルハーモニー(1965年2月、DG)
4回目:ベルリン・フィルハーモニー(1976年9月、EMI)

第1回目の録音にも、カラヤンのこの曲に対するこだわりが表れていますが、残念ながら録音が貧弱なため、現在は「壮年期の記録」以上の意味はないと思います。第2回目のステレオ録音はかなりカラヤンの表現を録音がとらえるようになりました。しかし、フィルハーモニア管弦楽団の演奏は1952年盤よりも鈍くなった感じがします。1960年は既にベルリン・フィルの芸術監督に就任後5年たっていますが、この時期に交響曲第2番と第5番をベルリン・フィルではなくフィルハーモニア管弦楽団と録音しています。この時期のベルリン・フィルは、まだフルトヴェングラーの面影を残しており、カラヤンもフィルハーモニア管弦楽団となら自由な音楽づくりができると判断したのかもしれません。

1959年にDGと契約してベルリン・フィルとの録音を本格化させたカラヤンが、ベルリン・フィルの芸術監督就任後10年たって、最高のタイミングで録音したのがこの第5番でしょう。
この第5番を録音した1965年はシベリウス生誕百年の記念の年です。カラヤンとベルリン・フィルは2月に第5番(続けて第4番)を録音した後、同年5月16日に"Sibelius Festival Week"(後のヘルシンキ音楽祭)に出演して、この交響曲第5番を演奏しています。

演奏は、私の知る限り第5番のベスト(No.1)だと思います。
第1楽章冒頭、ホルンと木管群による第一主題の美しさはフルトヴェングラーでは絶対に出せない表現です。第二主題も、ミシェル・シュヴァルベ率いる弦楽器群のシルクのような美しいトレモロや木管群の名人芸が見事なバランスで鳴り響きます。続くスケルツォではオーケストラg勢いを増し、パワーもテクニックも万点(もちろん曲作りも最高)で終結部を迎えます。

第二楽章は、下手な指揮者で聴くとひたすら退屈ですが、カラヤン/ベルリン・フィルは、一種の変奏曲風の楽章を弦のピツィカートと管の絡みをじっくりと歌い上げます。

最終楽章も、弦とホルンによる第一主題から高揚感を見せます。フルート、オーボエ、チェロの第二主題でも、スーパー・オーケストラの名人芸で絶品の美しさです。そしてホルン~トランペットが祝祭的に鳴り響く終結部は、カラヤンの指揮がその絶頂を聴かせて幕を閉じます。

1976年の録音も、ベルリン・フィルの名人芸はある意味この1965年盤以上と言えます。しかしながら、個人的にはその名人芸がやりすぎにも感じてしまいます。カラヤン指揮ベルリン・フィルの名人芸を堪能したいなら1976年盤、シベリウスの作品を最高のバランスで聴きたいなら1965年盤といったところでしょうか。実際には両方を手元に置いておきたい名演です。

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ヘルベルト・フォン・カラヤンがドイツ・グラモフォン(DG)に初録音したR.シュトラウス作曲の交響詩『英雄の生涯』を聴いたので、続いて同じ年に英DECCAに初録音した『ツァラツストラはかく語りき(ツァラトゥストラはこう語った)』も聴いてみました。

・交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』 op.30*
・交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 op.28
・楽劇『サロメ』 op.54~7枚のヴェールの踊り
・交響詩『ドン・ファン』
ヴァイオリンソロ: ヴィリー・ボスコフスキー
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー
指揮:  ヘルベルト・フォン・カラヤン
録音時期: 1959年3月*、1960年6月、9月
録音場所: ウィーン、ゾフィエンザール

ツァラトゥストラ』が録音された1959年は、カラヤンの録音史にとって大きな転換点となった年でした。

第二次世界大戦後、ナチへの協力者として連合軍から公開演奏を禁止されたカラヤンに救いの手を差し伸べたのが、EMIのプロデューサーだったウォルター・レッグです。1946年から12年間、カラヤンはEMIと専属契約を結んでウィーン・フィルやフィルハーモニア管弦楽団と数多くの録音を残してきました。

しかし、1955年にベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者兼芸術監督に内定(契約は1956年)、さらに1956年、ウィーン国立歌劇場の芸術監督に就任してカラヤンを巡る状況が変化します。ベルリン・フィルと専属契約を結んでいたDG、ウィーン・フィルと専属契約を結んでいた英DECCAがカラヤンに接近します。カラヤンは1958年、EMIとの専属契約を更新せずに(その後暫定契約で1960年まで録音を行います)、DG及びDECCAと録音契約を結びました。

DECCAとの最初の録音はDGへの初録音と同じ1959年3月、当時業務提携関係にあった米RCAを通じてアメリカで販売するために、1959年3月にLP4枚分のセッションを集中的に行われました。以下がDECCAへ最初に録音した曲目です。
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 op.92 (1959年3月9~10日)
ブラームス/交響曲第1番ハ短調 op.68 (1959年3月23, 26日)
R.シュトラウス/交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』 op.30 (1959年3月23日、4月9日)
モーツァルト/交響曲第40番ト短調 Kv.550 (1959年3月27, 28日)
ハイドン/交響曲第104番ニ長調『ロンドン』

R.シュトラウス以外は、おそらくDECCAとRCAの意向をくんだ「売れそうな」選曲に見えます。一方、当時のレコード・セールスでは珍しいR.シュトラウスの録音にはカラヤンの意向が反映したと推測します。実際に、アメリカでRCAが「ソリア・シリーズ」という豪華BOXやジャケットが有名なシリーズの第1回発売に、「ウィーン・フィルハーモニック・フェスティバル」というタイトルで、上記から「ツァラトゥストラ~」を除き、シュトラウス兄弟のワルツ&ポルカ集を組み合わせたLP4枚組で発売されました。

「ツァラトゥストラ」の演奏は大変有名で今さら語ることもあまりありませんが、ウィーン・フィルの特徴を活かしたサウンドです。冒頭のオルガンの上に金管が有名なファンファーレを吹きますが、意外にまろやかな音色で後年のベルリン・フィルとの違いが際立ってます。
第6曲で木管や弦楽器が室内楽風に交差する前半は、オーストリアという同じ土壌で育った音楽家同士の阿吽の呼吸ともいえるサンサンブルの妙を楽しむことができます。
主に第8曲で聴かれるボスコフスキーのソロもチャーミングに響きます。

この録音は、スタンリー・キューブリックが監督した映画2001年宇宙の旅(原題:宇宙のオデッセイ)』の冒頭に採用され、その勇壮な旋律と響きが大変有名になりました。「ツァラトゥストラ」を世界中に有名にしたのは、この映画冒頭の宇宙から見た日の出のシーンと断言して差し支えないでしょう。

今回、シングルレイヤのSHM-SACDで聴きましたが、カラヤン生誕100年に発売されたCD、"The Legendary Decca Recordings"(9枚組)と比べてみました。
明らかな違いがSACDのダイナミックレンジが広い事です。ピアノやピアニシモの自然な響きやCDはテュッティ(tutti)で頭打ちになりますがSACDではその窮屈感がない事からSACDの有利さが感じ取られます。
しかしながら、昔購入したLPとの比較ではCDもSACDも音の鮮度が劣っているように感じます。約50年前に録音されたマスターテープの劣化は、残念ながらSACDで判りやすくなってしまいました。あと10年早くSACD化されていたら、もう少し鮮度のある音で楽しめたのかもしれません。