ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調 op.88 (1969年8月30日の演奏)
管弦楽: チェコ・フィルハーモニー
ブラームス/交響曲第1番ハ短調 op.68 (1962年8月29日の演奏)
管弦楽: スイス音楽祭管弦楽団(ルツェルン祝祭管弦楽団)
ドヴォルザークは、とても魅力的な演奏です。定評あるクリーヴランド管弦楽団との録音(1970年4月)ほど完璧なアンサンブルではありませんが、基本的な解釈も同じですしテンポ感も似ています。参考までに、2つの演奏時間を比べてみるとほとんど同じと言っていいでしょう。
1969年8月 10:50 + 10:33 + 06:36 + 09:58
1970年4月 10:52 + 10:37 + 06:42 + 09:34
但し、表現は細部において少しずつ違います。ルツェルン・ライブの方が弦のすすり泣きが味わい深く、終楽章の「荒れ」もルツェルン・ライブの方がドヴォルザーク風です。おそらくセルは全体の構造をしっかりと押さえたうえで、細部はオーケストラの自主性を尊重した表現をとったのでしょう。晩年のセルがヨーロッパで公演したライブ録音を聴くと、昔セルの評価にあった「冷たい」「完全主義」「精密機器のような」という表現がいかに表層をなでるだけだったかよく分かります。
今から思い出せば、1969年8月に、スイスのルツェルン国際音楽祭でチェコ・フィルハーモニーが演奏したのは、特別なタイミングでした。
1968年1月、チェコスロバキア(当時)の共産党第一書記に選出されたアレクサンデル・ドゥプチェク氏は「人間の顔をした社会主義」を掲げ、言論や集会の自由や市場経済の導入などの民主化に着手しました。
旧ソ連を中心とした東欧の共産圏諸国はこの流れに危機感を示し、同年8月20日にソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍がプラハに侵攻して事実上の占領下におきました。これによって民主化の流れを抑制、1969年4月に保守派のフサーク第一書記が選出されて、チャコスロバキアの民主化はとん挫します。
この時期、演奏旅行でアメリカに滞在中だったカレル・アンチェルは、そのまま亡命を表明・チェコ・フィルの首席指揮者を辞任してカナダに移住、小澤征爾の後任としてトロント交響楽団の常任指揮者に就任、亡くなるまでカナダに留まりました。
カレル・アンチェルの急な辞任を知り、東ドイツ(当時)のライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団の音楽監督を務めていたヴァーツラフ・ノイマンは東ドイツでの仕事をすべてキャンセル、ライプツィヒの職を辞任して帰国し、チェコ・フィルの首席指揮者に就任します。
翌1969年6月に、チェコ・フィルハーモニーはノイマンに率いられて来日し、東京での4公演の他に名古屋や大阪など全10公演を好評のうちに終了しました。
ルツェルン国際音楽祭に出演したのは、その約2か月後です。チェコ・フィルハーモニーはノイマンの指揮で2公演、セルの指揮で1公演を行いました。ちなみに、ジョージ・セル指揮チェコ・フィル公演の翌日と翌々日は、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルが演奏会を開いています。
このような時期の貴重な記録が、良好なステレオ録音で残されていた事は本当に幸いだったと思います。できれば、同日演奏されたルドルフ・フィルクシュニーがピアノを弾いた協奏曲も聴いてみたいものです。
このCD2曲目のブラームスの交響曲第1番も、ジョージ・セルらしい引き締まった演奏を聴かせます。臨時編成のオーケストラをリハーサルでしっかりと仕上げたのでしょう。快速テンポで緊密なアンサンブルと美しい響きが古い録音からでも伝わってきます。




司会は、団員でNHKアナウンサーの柿沼郭さん。毎回軽妙なおしゃべりで楽しませてくれます。
