クラウディオ・アバドの80歳記念に発売されたCDを聴いてみました。
彼が初めて(そして唯一)シューマンの交響曲を録音したものです。

アバド指揮、シューマン/交響曲第2番

ロベルト・シューマン:
・交響曲第2番ハ長調 op.61
・劇付随音楽「マンフレッド」序曲 op. 115
・歌劇「ゲノヴァーヴァ」序曲 op. 81
管弦楽:モーツァルト管弦楽団
指揮: クラウディオ・アバド
録音: 2012年11月18、21日、ウィーン楽友協会大ホール


この演奏は、某著名な評論家が酷評していたものです。
某評論家氏はどうもピアニシモの繊細な表現が苦手なようです。
同氏が推奨する演奏には、「ピアニシモもしっかりと弾き切る」ものが複数あります。
ひょっとして、彼の再生装置が原因かもしれません。
この某評論家が好きな演奏は、たぶんバーンスタイン指揮でしょう。
彼の全身汗まみれになる大熱演は確かにすごい迫力です。
私も、過去にバーンスタイン指揮ウィーン・フィルとの第2番に感動しました。
シューマンは精神疾患でライプツィヒ音楽院を辞任した後、有名なピアノ協奏曲の翌年に完成したこの交響曲は、シューマンの狂気と人生の不条理を絞り出した解釈が多かったようです。


これに対して、アバドの演奏は全く違うものです。
実際に聴いてみた感想は、
「こんなピュアな響きのシューマンは初めて!」
でした。


第一楽章の序奏部は、ふわっとした感じで始まります。
モーツァルト管弦楽団の美しい響き、そしてシルクのような繊細な表現。
繊細ですが、決してひ弱ではありません。
一見地味ですが、シューマンのスコアにある音を残らず抽出する凄味も感じさせます。
第二楽章はリズミカルでスピード感にあふれ、活き活きした音楽を描き出します。
第三楽章にも人生の不条理さは顔を出しません。
過去の演奏では、精神を病んだシューマンの苦しみを「翳り」ある表現で伝える解釈を多く聴いてきました。アバド指揮モーツァルト管弦楽団は、音のコントラストを明確に描き出す事で、「翳り」を秘めた音楽を音に浄化させたかのようです。
この妙なる天国の調べは、彼らのみになし得る技でしょう。
そして第四楽章。
展開部抜きのソナタと長大なコーダの二つからなるフィナーレです。
躍動する第一主題を上品かつ活き活きと、第二主題もしなやかに歌い上げます。
そして、木管に始まる後半のコーダ。
少し愁いを帯びた旋律から参加のような新しい主題に向けて、ここにはドイツの黒い森も心の闇も無く、ただひたすらに音楽を愛する楽師たちの歌が響き渡ります。
このように歌い上げる演奏は、ドイツのオーケストラでは難しいかもしれません。

モーツァルト管弦楽団は26歳以下の若手音楽家が主要メンバーです。
しかし、この演奏では編成を拡大してヴィオラのW.クリストやフルートのJ.ズーン等が参加、まるでルツェルン祝祭管弦楽団の別働隊のような大型(Vnは14+14)編成です。
表面上はソフトなようで、実は噛みしめるほど味が出るこの演奏は、これら名手が集ったオーケストラをアバドが見事に統率した成果なのでしょう。


過去に、「ファウストの情景」や(ブレンデルやポリーニ等と)ピアノ協奏曲での名演を遺してきたアバドがついに交響曲を演奏し、全曲演奏への期待を滲ませましたが、残念ながらこれ一曲だけになってしまいました。

晩年のアバドは、春のルツェルン音楽祭やウィーン公演で、メンデルスゾーンの交響曲第3番、モーツァルトの交響曲第36番、ベートーヴェンの交響曲第4番などを演奏しています。
できれば、これらの遺産も発売してほしいと願うばかりです。

昨年から新メンバーになったベルリン・フィル八重奏団が来日公演を行いました。
1月24日の公演を聴いたので、感想などを書いてみます。

ベルリン・フィル八重奏団

R.シュトラウス(ハーゼンエール編):もう一人のティル・オイレンシュピーゲル
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581(クラリネット:ヴェンツェル・フックス)
シューベルト:八重奏曲 ヘ長調 Op.166 D.803

演奏:ベルリン・フィルハーモニー八重奏団
樫本 大進(第1ヴァイオリン)
マーノ・トマシー二(第2ヴァイオリン)
アミハイ・グロス (ヴィオラ)
クリストフ・イゲルブリンク(チェロ)
エスコ・ライネ(コントラバス)
ヴェンツェル・フックス(クラリネット)
シュテファン・ドール(ホルン)
モル・ビロン(ファゴット)

「もうひとりのティル・オイレンシュピーゲル」:
この曲をを最初に聴いたのは、昔のベルリン・フィル八重奏団でした。
管弦楽作品を5人の演奏家用に編曲したもので、かなり技巧を要します。
冒頭は樫本さんのソロで始まり、以降各楽器の掛け合いやソロが様々な形で絡み合います。今回の演奏では、ヴァイオリンとクラリネットが特に目立っていたようです。
勿論、ホルンとファゴットも相当な名人芸を披露しましたし、最後の処刑シーン(元が打楽器だった部分)をコントラバスが鋭くかつ豪快に聴かせました。

クラリネット五重奏曲:
弦楽四重奏団と客演のクラリネット奏者の組み合わせで演奏される機会が多い作品ですが、今回のような同じオーケストラの団員による室内楽も、また異なる緊密感があります。ここでは、当然フックスさんのクラリネットが活躍しました。勿論、他の弦楽メンバーもしなやかな妙技を聴かせました。

八重奏曲:
ベルリン・フィル八重奏団はこの曲を演奏するために結成された団体なので、最大の目玉商品と言えましょう。
今回はちょっとしたハプニングがありました。
第3楽章の終了間近に、樫本さんの弦が切れてしまったのです。
彼は最後の部分をチョロチョロっと弾いて、第3楽章終了後に一旦引っ込みました。
他の楽団員はニコニコしながら舞台で待ち、樫本さんが戻ってから第4楽章を始め残りは無事に終了しました。
第3楽章と第4楽章の間に小休憩が入ってしまいましたが、後半は名人集団が繰り広げる演奏を堪能しました。全6楽章で約1時間の大作ですが、室内楽とディヴェルティメントをつなぐような構成とも言えましょう。下手な団体が演奏すると退屈にもなりますが、ベルリン・フィル八重奏団の演奏は、小型交響曲(長さは大ハ長調並み)のようなダイナミックさと細やかな表現が両立した力演でした。


アバドの訃報が新聞やネットで駆け巡り、やっと事実を受け入れる気分になりました。
久しぶりにマーラーの交響曲第9番をブルーレイで見て(聴いて)みました。

マーラーの生誕150周年記念の2010年に、ルツェルン音楽祭で演奏されたクラウディオ・アバド指揮の交響曲第9番ニ長調です。

マーラー・
(ジャケットはエゴン・シーレの絵画「4本の樹」から)


マーラー/交響曲第9番ニ長調
管弦楽:ルツェルン音楽祭管弦楽団
指揮: クラウディオ・アバド
収録: 2010年8月19-21日、
会場: ルツェルン(カルチャー&コンヴェンション・センター内コンサート・ホール)


アバドは若い頃からマーラーの作品を得意として、交響曲第9番も何度も録音(録画)しています。
1回目: ウィーン・フィルハーモニー(1987年5月、ウィーン・コンツェルトハウス)
2回目: ベルリン・フィルハーモニー(1999年9月、ベルリン・フィルハーモニー)
3回目: G. マーラー・ユーゲントOrch.(2004年4月、ローマ・聖チェチリア音楽院)
今までは1999年のベルリン・フィルとのライブ録音をよく聴いていました。
アバドが胃がんを患い休業する少し前の演奏ですが、すごい集中力を感じます。
ベルリン・フィルは、過去にバルビローリ、バーンスタイン、カラヤンと第9を録音しています。
バーンスタインとのライブは破たんが多く、一言一会の記録としての価値を聴くもので、
暖かいバルビローリと、重厚華麗なカラヤンの対比を楽しんでいましたが、
アバドの演奏を聴いて、マーラーが表現したかったものはこれだ!と感じたものです。


マーラーの交響曲と言えば、レナード・バーンスタインの指揮が有名です。
激しくドラマティックで彼が全身の力を振り絞るような演奏が特徴です。
これに対して、アバドは楽譜から読み取れる内容を誠実に表現しています。
一見何もしていないようでいて、実は楽譜の読み込みの深さは第一級でしょう。
全曲に渡り、透明感あふれる演奏です。
第4楽章の終結部で照明を落とす演出は賛否両論がありますが、
これもアバドの解釈として、そのまま受け取りたいと思いますし、
最後のピアニシモで消え入るように終わる部分は、音だけに集中できます。


一部の評論家は「アバドは何もしていない」と酷評しますが、大間違い!
アバドが如何に作曲者がスコアに残した表現を再創造しようとしたか、
スコアを見れば一目瞭然です。
アバドを慕う名人達が集ったスーパー・オーケストラ、ルツェルン祝祭管弦楽団、
ここでは、その妙技をマーラーが描きたかった世界を実現するために、全てを捧げているようです。

ルツェルン音楽祭でのマーラーの交響曲シリーズではこの9番が最後になりました。
第8番の演奏が中止になり、何時の日か再度演奏されることを待っていましたが、
残念ながらそれがかなわぬまま、アバドは逝ってしまい1~7,9番の映像が残されました。
後は、ベルリン・フィルと演奏した「大地の歌」が収録されています。
テレビで放送されたものを見ましたが、ぜひ発売してほしいと思います。


本日(2014年1月20日)、悲しいニュースが飛び込んできました。
指揮者のクラウディオ・アバド氏が、1月20日にボローニャ(イタリア)の自宅でお亡くなりになったそうです。享年80歳でした。

クラウディオ・アバド

昨年秋にルツェルン祝祭管弦楽団と来日予定でしたが、健康上の理由で中止、
BBC等海外のニュースでは、長期間病気で療養していたそうです。

クラウディオ・アバドは1933年6月26日にミラノで生まれました。
父親のミケランジェロはヴァイオリニストでヴェルディ音楽院の校長も務めました。


彼の指揮者としての経歴は、実に輝かしいものでした。
1960年に、スカルラッティ生誕三百年記念シーズンにミラノ・スカラ座にデビュー
1965年にウィーン・フィルを指揮してザルツブルク音楽祭にデビュー
1972年にミラノ・スカラ座の音楽監督に就任
1979年にロンドン交響楽団首席指揮者、1983年~1988年まで音楽監督
1986年~1991年にウィーン国立歌劇場の音楽監督
1990年~2002年にベルリン・フィルの芸術監督


彼のベルリン・フィル時代についての評価は賛否両論あります。
一部の高名な評論家は彼を「何もしない」と酷評しました。
アバド指揮のマーラーを例えばバーンスタインと比べるとかなり違います。
ドロドロと汗びっしょりのバーンスタインに比べ、ぐっと爽やかに聴こえるアバド。
しかし、表層的な演奏効果は控えめにしながら、スコアへの追及は厳しいものでした。
ウィーンで、アバド指揮のG.マーラー・ユーゲント・オーケストラを聴きました。
彼としては珍しいシューマンのチェロ協奏曲と得意のマーラーの交響曲第5番。
若い奏者達をしっかりとまとめ、ピュアな表現を追求した凄い演奏を堪能しました。
当時すでにベルリン・フィルの芸術監督でしたが、低迷とは程遠いものでした。

ベルリン・フィル在任中の1993年~2000年頃に団員の約40%が入れ替わりました。
この時代が、アバドの表現ができるオーケストラに生まれ変わる過程だったのでしょう。
奇しくも2000年に胃がんの手術を受けて活動が制限されてしまったのは残念です。
病から復帰直後に、ベルリン・フィルとのベートーヴェン・プロを聴きましたが、
無駄な力みが抜け、なおかつ音楽を奏でる喜びが溢れる名演でした。


ベルリン・フィル退任後は、スイスでルツェルン音楽祭に新たな管弦楽団を組織、
毎年夏の名物となっていました。
また長年にわたる若手音楽家育成は、マーラー室内管弦楽団や、
モーツァルト管弦楽団と共演を重ねてきました。

最近のクラウディオ・アバドの録音について書いた感想があります。
モーツァルト/後期交響曲集(1)
モーツァルト/後期交響曲集(2)
モーツァルト/後期交響曲集(3)
ブルックナー/交響曲第1番


また、アバド指揮の歌劇は、ちょうど12月に発売されたSACDの感想を書きました。
ロッシーニ/「セヴィリアの理髪師」


今日はアバドの追悼ですが、奇しくもカラヤン追悼演奏会の映像を見たいと思います。
モーツァルト/レクイエム(ザルツブルクでのH.v.カラヤン追悼コンサートより)

1月11日(土)に江沢茂敏さんのピアノリサイタルを聴きました。

江沢茂敏ピアノリサイタル

日時:2014年1月11日(土) 15:00~
会場:ヨコスカ・ベイサイトポケット(横須賀芸術劇場、小ホール)

曲目:
J.S.バッハ/平均律クラーヴィア曲集第1巻~
        前奏曲とフーガ第4番嬰ハ短調 BWV.849
F.ショパン/夜想曲第13番ハ短調 op.48-1
A.スクリャービン/左手のための2つの小品~ノクターン変イ長調 op.9-2
A.スクリャービン/幻想曲 ロ短調 op.28
        ◆
J.ブラームス/ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ op.24


最初のバッハは私が普段聴くチェンバロの演奏とは異なり、かなりロマンティックな表情をつけていました。平均律全体をこんな感じだとやや異質に聞こえますが、この日の演奏会のプレリュードととらえれば、面白いかもしれません。
ショパンも夜想曲の中では重く暗い曲を選んでいます。
続くスクリャービンとの組み合わせからこうなったのでしょう。
スクリャービンの2曲は、昨年3月に調布でのリサイタルでも弾いていました。
当時は、硬くなっていたのかやや機械的な演奏だったと記憶しています。
今回は、昨年よりも音楽の流れが充実していました。
特に、幻想曲は何度も弾きこんだのでしょう。
やや重々しい演奏ながら、今後が楽しみになりそうな充実ぶりでした。

休憩をはさんだ後半は、ブラームス。
昨年はソナタ第3番という初期の対策に挑戦していました。
今回は中期の有名な作品なので、楽しみにしていた曲です。
冒頭のテーマは、バッハと違いオリジナルの旋法を尊重した始まりでした。
その後、変奏が進むと徐々に表情豊かになっていきます。
最後のフーガは結構熱演でした。

アンコールにはちょっと変わった曲・・・・・
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の第2楽章、
これをピアノ・ソロだけで弾いたのにはちょっぴり驚きました。
この曲の室内楽版は以前聴いた事がありますが、第2楽章だけとはいえソロは初めてです。

終演後に本人の話を聞けましたが、年末年始に首を寝違えて
結構痛い状況で練習が心配だったそうです。
幸い、秋に今回とほぼ同じ曲目で演奏会をこなした後だったので、
解釈を深める時間にあてる事ができたようです。

一年で、演奏内容がかなり充実してきているので、
今後の活動が楽しみな若者です。